Yahoo!ニュース

<ウクライナ東部>「住民を必ず救う」ミサイル攻撃下で救助続けるポクロウシク警察医療隊(1)写真13枚

玉本英子アジアプレス・映像ジャーナリスト
警察医療隊を率いるサヴェンコ隊長(2024年2月・ポクロウシク・撮影:玉本英子)

ウクライナ東部ドネツク州ポクロウシク(ポクロフスク)。ロシア軍が迫る町は、連日、ミサイル攻撃にさらされていた。この町で、住民の救助活動を続ける警察医療隊に密着した。取材は今年2月下旬。 (取材:玉本英子・アジアプレス)

◆「負傷住民を置き去りにはしない」

ポクロウシクに入ったのは、雪の舞う2月下旬。35キロ先の激戦地、アウディイウカはロシア軍の猛攻で陥落し、その後方の要衝の位置するポクロウシクには、ウクライナ軍の部隊が集結し、張り詰めた空気が漂う。街角には軍用車両が行き交い、兵士の姿が目立つ。

ポクロウシクはロシア軍の絶え間ない攻撃にさらされていた。ここではS-300やイスカンデルMなどのミサイルが多く、軍事施設や行政機関だけでなく、住宅地にも撃ち込まれる。

警察医療隊は、ミサイル攻撃の現場で救護活動に出動するほか、前線地域からの住民を避難させる任務にあたる。(2024年2月・ポクロウシク・撮影:玉本英子)
警察医療隊は、ミサイル攻撃の現場で救護活動に出動するほか、前線地域からの住民を避難させる任務にあたる。(2024年2月・ポクロウシク・撮影:玉本英子)
取材時、市の人口は8万5千人だった。避難した住民もいる一方で、占領地域からの脱出民が逃れてきた。その後、ロシア軍が進撃するなか、住民のほとんどが脱出。(2024年2月・ポクロウシク・撮影:玉本英子)
取材時、市の人口は8万5千人だった。避難した住民もいる一方で、占領地域からの脱出民が逃れてきた。その後、ロシア軍が進撃するなか、住民のほとんどが脱出。(2024年2月・ポクロウシク・撮影:玉本英子)

住民の犠牲があとを絶たず、救出に駆け付ける消防隊や警官も負傷している。ロシア軍は同じ場所に時間差を置いて、攻撃する手法を多用しているため、消防レスキュー隊は安全を確認してからでないと現場に入れない。だが、国家警察が編成した特別医療隊は、危険を顧みず駆け付け、救護活動にあたる。


ポクロウシクで警察医療隊を率いるのは、オレクサンドル・サヴェンコ隊長(36)だ。侵攻前はマリウポリの警察署にいたが、ロシア軍に制圧され、家族とともに脱出。ポクロウシクに転任した。

<ウクライナ>ミサイル攻撃の現場で住民救出に出動する消防隊員たち(ザポリージャ) 写真11枚

隊員のボディカメラ映像。警察医療隊が現場に駆け付けた直後、ミサイル第2波が炸裂。血まみれになりながらも住民の救護を続けた。10人が死亡。子どもを含む86人が重軽傷を負った。(2023年8月・警察映像)
隊員のボディカメラ映像。警察医療隊が現場に駆け付けた直後、ミサイル第2波が炸裂。血まみれになりながらも住民の救護を続けた。10人が死亡。子どもを含む86人が重軽傷を負った。(2023年8月・警察映像)


ボディカメラで撮影された映像を、隊長が見せてくれた。

ミサイルの爆発で立ち上る黒煙、パトカーの割れたフロントガラス、苦痛に唸り声をあげながらハンドルを握る血まみれの手…。現場に入った隊員は負傷しながらも、住民の救出にあたる。

隊長は言う。
「ミサイル攻撃があると、その着弾現場にまず最初に駆け付ける。我々も危険にさらされるが、住民を置き去りにはしない。隊員全員がその思いを共有している」

2月、ポクロフシク南方セリドヴォの病院へのミサイル攻撃。破壊された病院の前で、被害状況を説明するサヴェンコ隊長。(2024年2月・ポクロウシク・撮影:玉本英子)
2月、ポクロフシク南方セリドヴォの病院へのミサイル攻撃。破壊された病院の前で、被害状況を説明するサヴェンコ隊長。(2024年2月・ポクロウシク・撮影:玉本英子)
アウディイウカ制圧のあと、ロシア軍はポクロウシクへ向けて進撃し、ついに近郊3キロまで迫った。(地図作成:アジアプレス)
アウディイウカ制圧のあと、ロシア軍はポクロウシクへ向けて進撃し、ついに近郊3キロまで迫った。(地図作成:アジアプレス)

◆幼い子どもが犠牲に

ミサイル攻撃や砲撃では、子どもも犠牲になっている。ルスラン・フバノフ隊員(32歳)は、昨年11月に起きた病院へのミサイル攻撃で、真っ先に現場に入り、瓦礫の下敷きになった生後6か月の女児を救い出した。

「罪のない子どもがどれだけ犠牲になっているか。そしてその命を救えなかったときの無念さは耐え難い」

<ウクライナ>「戦争は人間の悲しみそのもの」集合住宅を襲った巡航ミサイル(ウマニ) 写真11枚

病院へのミサイル攻撃で、フバノフ隊員は病院へのミサイル攻撃で、真っ先に現場に入り、瓦礫の下敷きになった生後6か月の女児を救い出した。(2023年11月・警察映像)
病院へのミサイル攻撃で、フバノフ隊員は病院へのミサイル攻撃で、真っ先に現場に入り、瓦礫の下敷きになった生後6か月の女児を救い出した。(2023年11月・警察映像)
この取材後、フバノフ隊員は病院から患者を搬送する際、ミサイル攻撃に巻き込まれ、重傷を負った。ゼレンスキー大統領は声明で彼を「英雄」として称えた。(2024年2月・ポクロウシク・撮影:玉本英子)
この取材後、フバノフ隊員は病院から患者を搬送する際、ミサイル攻撃に巻き込まれ、重傷を負った。ゼレンスキー大統領は声明で彼を「英雄」として称えた。(2024年2月・ポクロウシク・撮影:玉本英子)


警察医療隊のパトカーには、子ども用の小さなボディアーマー(防弾ベスト)とヘルメットが積んであった。危険地域から子どもを避難誘導するのに使われる。アーマーは防弾防爆素材でできていて、オレンジ色になっている。子どもを避難させるときに見失わないようにするためだ。

「自分にも、幼い娘がいる。負傷する子どもを目にすると、自分の娘に重なります。幼い命を何としても守りたい」

フバノフ隊員は、子ども用ボディアーマーを手に、そう話した。

子ども用ボディアーマーとヘルメット。前線地域から子どもを安全に避難させるときに着用させる。「子ども」と書かれている。(2024年2月・ポクロウシク・撮影:玉本英子)
子ども用ボディアーマーとヘルメット。前線地域から子どもを安全に避難させるときに着用させる。「子ども」と書かれている。(2024年2月・ポクロウシク・撮影:玉本英子)

◆占領地域出身の警官も

警官の出動任務中の犠牲や負傷もあいついだため、医療隊は若い警官に医療講習の時間を設けている。

「出血時はまず止血。ひとつひとつの動作が生死を分けるから気を抜くな」
オレクサンドル・チヴェンコフ隊員(34)が、止血帯を見せながら厳しい口調で説明する。これまで警官が死傷した現場をいくつも見てきたからだ。昨年には、彼自身もミサイル攻撃で負傷した。

止血帯を見せながら、応急処置の手順を警官に説明すチヴェンコフ隊員。(2024年2月・ポクロウシク・撮影:玉本英子)
止血帯を見せながら、応急処置の手順を警官に説明すチヴェンコフ隊員。(2024年2月・ポクロウシク・撮影:玉本英子)
チヴェンコフ隊員も、昨年、ミサイル攻撃の現場で第2波攻撃を受け、負傷。「とつひとつの動作が生死を分ける。住民の命を必ず救う」との思いで医療講習を続ける。(2024年2月・ポクロウシク・撮影:玉本英子)
チヴェンコフ隊員も、昨年、ミサイル攻撃の現場で第2波攻撃を受け、負傷。「とつひとつの動作が生死を分ける。住民の命を必ず救う」との思いで医療講習を続ける。(2024年2月・ポクロウシク・撮影:玉本英子)

真剣な表情で講習を受ける若い警官たちのなかには、ロシア軍に制圧された町の出身者も少なくなかった。まだ占領地域に親族が残ったままという警官もいた。

警官になって3年目のマリア巡査は、マリウポリ出身だ。侵攻後、家族は国外に避難したが、自身は東部にとどまり警官の職務を続けることを選択した。

「この戦争は、心も体も打ちのめすほどの重い試練となった。危険は覚悟している。それでも住民のためになりたい、命を救いたいという思いは、以前よりも増している」

<ウクライナ>命が断ち切られる日々、占領地からの避難民がミサイルの犠牲に(ザポリージャ)写真13枚

ポクロウシク警察にはマリウポリなどロシア軍に占領された地域の出身者も少なくない。写真右端がマリア巡査。(2024年2月・ポクロウシク・撮影:玉本英子)
ポクロウシク警察にはマリウポリなどロシア軍に占領された地域の出身者も少なくない。写真右端がマリア巡査。(2024年2月・ポクロウシク・撮影:玉本英子)


警官たちは勝利を願いつつも、戦況悪化のなかで日に日に過酷さを増していることも実感していた。


ロシア軍はいま、ポクロウシク近郊3キロまで迫り、住民のほとんどが脱出した。進撃の速度は増しつつあり、いずれ市内で攻防戦となれば、バフムト、アウディイウカに続き、双方に多大な犠牲が出るうえ、町全体が深刻な破壊にさらされることになる。

ポクロウシクは原料炭の生産拠点であり、陥落すれば鉄鋼供給にも大きな影響がおよぶ。西のドニプロ、北のコンスタンチウカに通じる軍事的要衝でもある。(2024年2月・ポクロウシク・撮影:玉本英子)
ポクロウシクは原料炭の生産拠点であり、陥落すれば鉄鋼供給にも大きな影響がおよぶ。西のドニプロ、北のコンスタンチウカに通じる軍事的要衝でもある。(2024年2月・ポクロウシク・撮影:玉本英子)

西側から供与された対地雷・防爆装甲車MaxxProと、その後方にはハンヴィ。ポクロウシク近郊は軍用車両がひっきりなしに行き交っていた。(2024年2月・ポクロウシク・撮影:玉本英子)
西側から供与された対地雷・防爆装甲車MaxxProと、その後方にはハンヴィ。ポクロウシク近郊は軍用車両がひっきりなしに行き交っていた。(2024年2月・ポクロウシク・撮影:玉本英子)


アジアプレス・映像ジャーナリスト

東京生まれ。デザイン事務所勤務をへて94年よりアジアプレス所属。中東地域を中心に取材。アフガニスタンではタリバン政権下で公開銃殺刑を受けた女性を追い、04年ドキュメンタリー映画「ザルミーナ・公開処刑されたアフガニスタン女性」監督。イラク・シリア取材では、NEWS23(TBS)、報道ステーション(テレビ朝日)、報道特集(TBS)、テレメンタリー(朝日放送)などで報告。「戦火に苦しむ女性や子どもの視点に立った一貫した姿勢」が評価され、第54回ギャラクシー賞報道活動部門優秀賞。「ヤズディ教徒をはじめとするイラク・シリア報告」で第26回坂田記念ジャーナリズム賞特別賞。各地で平和を伝える講演会を続ける。

玉本英子の最近の記事