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「ガザ 世論調査」の危うさ

土井敏邦ジャーナリスト

【ガザ世論調査への疑問】

 「1月20日の「朝日新聞」国際面のトップ記事の見出しに私は「えっ!」と声を上げてしまった。

 「犠牲2・4万人 ハマス支持なお高く」

 「ガザガザ42% ヨルダン川西岸44%」

 記事によると、「パレスチナ政策調査センター(ハリル・シカキ代表)(筆者注・所在地はヨルダン川西岸)が昨年末に発表した世論調査」によると数字だという。この調査は「昨年11月22日~12月2日、両地区の住民計約1200人を対象に行わられた」と記されている。

 世論調査が行われた「昨年11月22日~12月2日」といえば、イスラエル軍の激しい攻撃の中、ガザ住民が逃げ惑い、百数十万人が住居を失い、2万人近い住民の死者が出ていた大惨事の真っただ中だったはずだ。そんな非常事態のなかで、「誰が、誰を対象に、どういう手段で、『世論調査』ができたのか? 

 この記事を書いた記者も、真っ先にその素朴な疑問を抱かなかったのだろうか。その誰もが抱くだろう疑問を記者はシカキ氏に投げかけなかったのか。もし実際問うていたのなら、多くの読者が知りたい答えをなぜ記事にしなかったのか。もし問わなかったのなら、この世論調査の信ぴょう性には欠かせないこの基本情報を全く確かめずに、この記者はその数字を信用して、注釈もなく、そのまま記事にしたのか。

 もう1つの疑問。エルサレムの特派員なら、何度もガザを取材し、ハマス政権の強権政治下で住民がどれほど当局の弾圧を恐れているか見聞しているはずだ。つまり、ガザ住民が公に「ハマス非難をする」ことがどれほど危険なことかは知っているはずである。そんな住民が、見も知らぬ「調査員」からの電話などで、「ハマスを支持するのか」と問われ、本音を率直に吐露するだろうかと、記者は疑わなかったのだろうか。

 さらに、もう1つ、もっとも重大な疑問だが、10月7日のハマスの攻撃の結果、イスラエル軍の前例のない激しい攻撃で、少なくとも2万人5千にん近いの住民が殺害され、住民の大半が住む家だけではなく、生活そのものを破壊され、食料や水など生活必需品さえ手に入れるが難しく飢餓寸前に追い込まれている人びとが、その原因を作ったハマスを「42%」が支持することがありうるだろうか。

破壊されたガザ市内(撮影・ガザ住民)
破壊されたガザ市内(撮影・ガザ住民)

【追い続けたガザ住民のハマス観】

 長年、ガザを取材してきた私が、「ガザ住民のハマス観」 にとりわけ注目し始めたのは、2014年ガザ攻撃の最中とその以後だった。攻撃の最中は、自分の家がイスラエル軍に破壊されても、「ハマスを支持する」と語っていた住民たちが、攻撃によって家族や住居を失った住民に直接、援助の手を差し伸べず、海外からの莫大なアラブ諸国などからの支援金も自分たちの手に届かないことによる住民のハマスへの不信、怒りを増幅させていく。その実態を、私は「攻撃」後の現場で目撃してきた。

 さらに、強化されたイスラエルによる“封鎖”によって、ガザ経済はひっ迫し、住民は前例のない“貧困”にあえぐようになる。しかしハマス政府は十分な支援をしてくれないと住民たちは訴えた。その貧困状態に耐えられず、とりわけ若い世代の間で、イスラム教では禁止されているはずの“自殺”が広がり、ガザ脱出を試みる者が急増した。若者たちが「生きさせろ!」と立ち上がったデモも、ハマス警察によって力でねじ伏せられた。ハマス政府への住民の不満と怒りは住民の間に鬱積(うっせき)していた。

 そんな中、突然起こったのが、去年10月7日の「ハマスのイスラエル襲撃事件」だった。約1200人の一般市民の殺戮と二百数十人の人質。イスラエル人にとって建国以来経験したことのない「大惨事」だった。その報復は、異次元の規模になることは外国人ジャーナリストの私でさえ予想はできた。果たして、実際に起こっているのが、前代未聞のガザの破壊と殺戮だった。

 「この事態をガザ住民はどう受け止めているのか?とりわけこの大惨事(住民はこれを1948年に起こったイスラエルによるパレスチナ人の殺戮と追放「ナクバ(大災厄)」になぞらえて、「第二のナクバ」と呼ぶ」を招いたハマスをどう見ているのか?」、ガザの甚大な被害の実態とともに、私が最も知りたかったことだった。

 幸い、ガザ地区で暮らす旧知の現地ジャーナリストMとSNSで連絡が取れた。事件から2週間ほど経ってから、私は「メッセンジャー」を通して、7~10日に一度の頻度でMから現地の情報を得て、カメラに収録してきた。

その一部を紹介する。

(Q・一般のガザ住民はハマスが10月7日にイスラエル市民に何をしたか、知っているんですか?ハマスによってイスラエル人の一般市民1200人が殺されました。それについて住民は情報を得ているんですか?)

 「私は知っています。ハマスは、キブツの住民などイスラエルの一般市民をとても残忍な手段で殺害しました。眠っている子どもや80~90歳の老女たちさえも。これはひどいやり方です。私個人としては、イスラエルの一般市民を殺すことには反対です。私の意見に同意する人は少なくないはずです。しかしそんなことをSNSで流すことはできない。ラジオなどで声を上げることはできない。だからそんな意見は自分の中に閉まっておくのです。大声でそんな意見を言うことは難しいのです」(10月24日)

(Q・最初のメールでの連絡で、あなたは「住民はハマスの攻撃を支持している」と私に伝えてきましたが、今でも住民はハマスとハマスの行動を支持しているのですか?)

 「最初は多くの住民はハマスの行動を支持しました。この戦争の最初は、「ハマスがイスラエルを攻撃した。強力な軍事力を持つイスラエル軍と市民に甚大な被害をもたらした。ハマスは強力な力をもっている。エルサレムやヨルダン川西岸でイスラエルがやっていることに懲罰を与えてくれた。だからハマスを支持する。」と言っていました。

 しかし日々、ハマスの行動の支持は減少しました。日々のイスラエルの報復、破壊が住民の生活を圧迫し、ひどい影響を及ぼしはじめると、最初はハマスの行動を支持していた人たちも、支持する住民数は減少してきたんです」

(Q・ハマスの行動への住民の支持が変わったのは、いつ頃ですか?)

 「私はいつもFBや旧ツイッターで、人びとがどういうことを話題にしているかをモニターしています。ハマス批判へと流れが大きく変わったのは、アルアハリ病院への攻撃(10月17日)で約600人が殺された時です。人びとは大きな衝撃を受けました。その事件のあとSNSで「お前たち(ハマス)はパレスチナ人住民を殺している。戦争を始めて、虐殺されたパレスチナの無辜の市民のことなんか気にしていないんだ!」といった、ハマスへの直接の批判が始まりました」

(Q・2014年ガザ攻撃の時も、戦争中はハマスを支持していたが、戦後、住む場所も生活の糧も失った住民がハマスへの怒りを明らかにしました。今回も同じことが起こると思いますか?)

 「この戦争も同じ状況です。イスラエルの攻撃が激しくなると、住民がホームレスになり、食料や医薬品がなくなる事態になると、平穏に暮らせなくなってきました。例えば私自身も、毎日2~3時間しか眠れない。爆発音を怖がって泣く子どもたちの世話をしなければならない。私と同じように、住民たちはよく眠れないと思います。食事も十分とれない。平穏な心理状態も保てない。これが世論に反映されていきました。

 そのうちだんだんハマスを非難し始めました。人質をとっていることに対しても、「私たちにはそんな人質な必要ない。その人質を取り戻すためにイスラエルはさらに反撃するのだから」というふうに、です。そのようにして、ハマスを批判する声は、だんだん大きくなっていったのです」

(Q・実際、住民の怒りはどこへ向かっているんですか?ハマスか、イスラエルか?)

 「両方です。イスラエルは集団的な虐殺を行っています。ものすごい数の住民を殺しています。今は死者が8500人も達しています(10月31日現在)。イスラエルがものすごい暴力を一般住民に対して行っていることに怒っています。

その一方で、ハマスに対する怒りが増しています。ハマスがこのひどい戦争を引き起こしました。私たちはまったく何の準備もできていないのに、です。食べ物もなく、医薬品もない。パンもない。そんな状況の中で、なぜこんな状況になるとわかっていて、戦争を引き起こしたのか。ガザ住民の間に何の準備もできていない状況の中で。

しかもハマスは停戦も呼びかけない。その間に何千人という住民が殺されているんです。だからこの状況の中で、住民はハマスを非難し攻撃しています。そしてすぐに停戦をするように要求しています。住民は完全に疲れ果てているからです。ガザでは実際、飢饉が起こっています」(10月31日)

 (Q・今、ハマスに対する住民の今の感情をもっと教えてください)

 「いまはハマスに対する侮蔑し罵る言葉をカメラの前で、恐れず語るようになりました。SNSを観ると、とても多くの人々がハマスを侮蔑し罵っています。マーケットへ行く路上でも、多くの人がハマスを侮辱しているのを耳にします。ハマスの指導者たちをも罵っています。彼らがカタールのぜいたくなホテル暮らしをし、普通の生活をしている。ガザの住民がこれほど苦しんでいるのに、と。

ハマスのやり方によってほとんどの住民は苦しんでいるんです。だから人びとは批判することに、まったく恐怖心はありません」(11月10日)

 「大多数の住民は、「もうハマスはたくさんだ!」と思っています。ハマスから受けた苦難はこの戦争だけではありません。2007年にガザを支配してからずっとです。だからハマスのために、住民はいやというほど苦しんできました。この戦争がその住民の感情をさらに増加させました。

 大多数の住民はガザの支配が終わることを望んでいます。ハマスがガザ地区を17年間支配してきたが、ガザ地区を破壊しました。ほとんどの住民は貧困に苦しんでいます。子どもたちは栄養不良で苦しんでいます。多くの住民は失業中です。しかもハマスの腐敗もあります」(11月27日)

 「いま犯罪が蔓延しています。いまガザでは2種類の銃撃があります。1つは、イスラエル軍からの銃撃です。もう一方で、“内戦”が起こっています。飢餓と空腹のために、ハマスと有力ファミリーとが外部からの食料支援物資をめぐって争い、銃撃戦となっているのです。毎日、犯罪や衝突が発生しています」(12月8日)

      ハマスの戦闘員(撮影・土井敏邦)
      ハマスの戦闘員(撮影・土井敏邦)

【「ハマス」批判は、「パレスチナ」批判ではない】

 1月20日放映の「ETV特集―私たちは何を目撃しているのか―」の中で、私のMへのインタビュー映像が紹介された。するとSNSで、「あれは『ハマス批判』、つまり『反パレスチナ』の映像で、イスラエルに味方をする番組だ」といった趣旨の批判する声が上がった。。

 それは違う。「ハマス」を批判することは、「パレスチナ」を批判することではない。そもそもそう批判する人たちのいう「パレスチナ」とは何をさすのか。

 パレスチナ問題の根源は、イスラエルの“占領”、“植民地主義”であることは言うまでもない。しかしそれを強調するために、自分たちを苦しめているパレスチナ内部の問題、矛盾を覆い隠すことを、パレスチナ人民衆は望んでいるのだろうか。

 「イスラエル対パレスチナ」という二項対立でパレスチナ問題を描き単純化することはわかりやすく見える。しかし内部矛盾や為政者と民衆の乖離に目を背け、無視し、パレスチナ民衆もハマスも「パレスチナ」と一括りにして論じることが、ほんとうに民衆の苦悩を代弁していることになるのだろうか。

 私の“立ち位置”は明確だ。私がよって立つ視点は、パレスチナ、ガザの“民衆の視点”にある。パレスチナの民衆にとって、「それが望ましいことであるか、否か」の基準で、私は「パレスチナ」で起こっていることを判断する。

その視点からすれば、ハマス政府がやってきたこと、とりわけ10月7日のハマス武装組織のあの襲撃を、私は強く非難する。

その理由は、あの攻撃は、「レジスタンス」「解放闘争」ではなく、一般民衆への「テロ」だからだ。音楽祭に集まった若者たちへの無差別乱射、キブツの住居で無差別に老人、子どもたちもの惨殺、女性へのレイプ(実際被害者たちが訴えているし、すでに世界のメディアで報道されている)などの行為は、「テロ」であり、決してパレスチナ人民衆を利することにはならないからだ。

 その証拠に、あの事件が、今の約2万5千人(瓦礫の下に埋もれたままの行方不明者を入れれば、3万人を下らないはずだ)の死者を出し、80%を超えるガザ住民が住居を奪われ、冬の寒さの中でテント生活を強いられ、また生き残った人たちが十分な食料も水もなく飢餓状態に追いやられ、さらに復興が絶望しされるほどに、ガザ地区全体を壊滅状態にする結果を招いた。そして民衆たちが「人間らしく、尊厳を持って生きる」権利を奪ったのだ。

 もちろん、この“ジェノサイド”に実際に手を下している調本人はイスラエル軍であり、イスラエル政府だ。彼らこそ、真っ先に糾弾されるべきであることは言うまでもない、自明のことだ。

 しかしハマスは、そのきっかけ、口実、「大義名分」をイスラエルに与えてしまった。その責任は免れないはずだ。

 だからこそ、ガザの民衆はハマスに激しい怒りを抱いているという、MによるSNSのリサーチや周囲の住民への聞き取りによる報告は、「42%ハマス支持」の世論調査よりも、はるかに信ぴょう性が高いと私は判断するのだ。

 繰り返すが、「朝日新聞」の記者は「42%のハマス支持」という世論調査の結果に、なぜ疑問を抱かなかったのだろうか。紙面にはその世論調査の数字は、「確かめられた事実」でもあるかのようにカギカッコも付けず掲載されている。

 それはある意味、ガザの民衆を「あの残酷な襲撃事件に大半が賛同し、自らの大惨事にも拘わらず、それを引き起こしたハマスを無条件に支持する狂信者たち」でもあるかのように伝えることにならないか。それはガザの民衆を貶め、愚弄しているようにさえ私には思えるのだ。

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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