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スペイン風邪から100年〜我々は何を学ぶべきか

石田雅彦科学ジャーナリスト
米国カンザス州に設置された陸軍病院から世界中へ感染が広がった可能性も

 世界で死亡者が約4000万人とも5000万人ともいわれているインフルエンザのパンデミック(世界的感染流行)「スペイン風邪」から100年が経った。我々はスペイン風邪から何を学ぶべきなのだろうか。

100年前のパンデミックとは

 インフルエンザに気をつけたい季節がやってきた。今年はすでに9月頃から感染者が出始めていたが、世界でも中東からニューヨークに着いた旅客に集団感染の疑いが出るなど衛生当局は注意喚起している。

 インフルエンザが気になる季節だが、新型インフルエンザが大流行する危険性は高く、政府が対策を講じつつある。政府は内閣官房に新型インフルエンザ等に関する関係省庁対策会議を設置し、2018年6月には対策ガイドラインを改定した(2018/10/12アクセス)。過去数十年間にヒトが経験したことがないHA型またはNA亜型のインフルエンザ・ウイルスがヒトの間で伝播して流行したときにこれを新型インフルエンザ・ウイルスと呼ぶとされ、このウイルスに感染して起きるのが新型インフルエンザということになる。

 2017〜2018年の冬のシーズンのインフルエンザは世界で猛威をふるい、米国では約8万人が亡くなったとされている。このインフルエンザはH3N2型だったが、過去にはいろいろなタイプのウイルスがパンデミックを起こしてきた。

 1918〜1919年にかけて世界に広がったのがスペイン・インフルエンザ、いわゆるスペイン風邪のウイルスで、これはA/H1N1亜型だった。また、1957〜1958年のアジア・インフルエンザはA/H2N2亜型、1968〜1969年の香港インフルエンザはA/H3N2亜型となっている。

 この中でも最も人類に甚大な被害を与えたのが、スペイン風邪だ。このインフルエンザ・パンデミックは、20〜40歳代の死亡率が高く年齢別の死亡率をグラフにすると「W」字型になること、細菌性肺炎、鼻からの出血、皮膚が青紫に変色する(チアノーゼ)といった特徴を持っていた(※1)。

 20世紀初頭、まだ抗生物質が発見されていなかったし、ウイルス学も発達しておらず、医薬的な技術はインフルエンザ・ウイルスに対してほとんど無力だった。患者の隔離、手洗い、うがい、防毒、集会や移動の抑制などしか手立てがなく、流行を抑えることができなかったといわれる。

 スペイン風邪のウイルスは1920年代に免疫を持ったヒトに対する感染を終えたが、ブタでは進化を続け、2009年にパンデミックを起こしたH1N1型との関係が示唆されている。つまり、スペイン風邪のウイルスの遺伝子は依然としてヒト以外の動物の間で往き来し、いつそれが変異してヒトに感染するかわからないというわけだ。

スペイン風邪で全滅した北米の村

 現在ではワクチンもあり治療方法も進歩し、公衆衛生的な知見も蓄積され、政府行政などによる防御態勢も整えられている。1918年のスペイン風邪と同じ程度の毒性を持つウイルスがパンデミックを起こしたら、最悪の場合、世界で1億4700万人が亡くなるとの予測もあるが、当時の環境や複雑な流行メカニズムが再現する危険性は低い(※3)。

 一方、交通機関が発達してライフスタイルも多様化し、気候変動の影響もあってインフルエンザが流行する別の側面が生じつつあるのも事実だ。高速度で人間や動物を含む物質が移動し、生活習慣と抵抗力が変化して途上国人口も増え、気候変動によって従来のウイルスの異種間変異の常識が通用しなくなっている。

 インフルエンザ・ウイルスがパンデミックを起こすためには、ウイルスのタイプ、トリやブタなどの感染宿主での変異、環境、ワクチンの不備など多種多様な要因が絡み合う必要がある。それぞれの要素について対策を練り、早期探知情報収集・状況把握・ウイルス型の判別・ワクチンの手当、家畜や野生生物のウイルス型変異の研究などの準備しておけばパンデミックを防ぐことは可能だ。

 筆者は北米アリゾナ州を旅している際、荒れ果てて廃墟となった無人村に出くわしたことがある。墓石をみると、ほとんどの没年が1918年だったことに衝撃を受けた。

 スペイン風邪で一村全滅したというが、そもそものパンデミックの発源地は米国カンザス州の陸軍病院だったのではないかといわれている。そこから世界中へ伝播したというわけだ。

 1957年のアジア・インフルエンザも2009年のインフルエンザもスペイン風邪のウイルスと同根とみなされている(※4)。スペイン風邪のウイルスの子孫は、100年経ってもまだ地球上に生き残っているのだ。

※1:G. Dannis Shanks, "Insights from unusual aspects of the 1918 influenza pandemic." Travel Medicine, doi.org/10.1016/j.tmaid.2015.05.001, 2015

※2:Alain Gagnon, et al., "Is Antigenic Sin Always “Original?” Re-examining the Evidence Regarding Circulation of a Human H1 Influenza Virus Immediately Prior to the 1918 Spanish Flu." PLOS PATHOGENS, doi.org/10.1371/journal.ppat.1004615, 2015

※3:Kirsty R. Short, et al., "Back to the Future: Lessons Learned From the 1918 Influenza Pandemic." frontiers, doi.org/10.3389/fcimb.2018.00343, 2018

※4:Mark Honigsbaum, "Spanish influenza redux: revisiting the mother of all pandemics." THE LANCET, Vol.391, Issue10139, 2492-2495, 2018

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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