デジタル移行への布石か、焼き畑ビジネスか|ガネット買収で誕生する巨大新聞チェーン
発行部数で全米2位の新聞チェーン、ゲートハウスが、全米最大のガネットを買収し、空前の巨大新聞チェーンが誕生することになった。
263の日刊紙、合わせて870万部を傘下に擁する全米最大の巨大新聞チェーンは、数の上では単独で世界一の読売新聞の800万部を超えることになる。
今回の狙いは、「デジタル移行のための猶予期間を手にする」ことだという。
合併による削減コストは年間2億7500万ドルから3億ドル(292億円~319億円)に上るという。
ネットの拡大で苦境に立たされている米国の新聞社はこの数年、生き残りをかけて統合による規模の拡大を強め、デジタル移行にも力を入れてきた。
巨大新聞チェーンの誕生は、その一つの節目といえる。
ただ、この買収は必ずしも、前向きな動きとは受け止められていない。
巨大新聞チェーンは、さらなる巨大化を目指して買収を続け、コスト削減から利益を絞り出す――そんな焼き畑ビジネスの号砲、との可能性も指摘されている。
●全米2位が1位を買収する
ゲートハウスの親会社、投資ファンドのニュー・メディア・インベストメント・グループ(NEWM)は5日、ガネットを13億8000万ドル(1470億円)で買収すると発表した。
新会社名はガネット。新会社の出資比率はニューメディアが50.5%、ガネットが49.5%。
ガネットは全国紙のUSAトゥデーのほか、デトロイト・フリー・プレス、アリゾナ・レパブリックなどの有力紙を含む100を超す日刊紙と1000を超す週刊紙などを発行。一方のゲートハウスは、150を超す日刊紙と300を超す週刊紙を発行している。
発行部数で見ると、2018年末で、現在でも全米最大のガネットは690万部、2位のゲートハウスは180万部で、買収後の新ガネットは合計で870万部となる。
現在3位のマクラッチ―は170万部。ガネット買収後は2位にはなるが、その差は圧倒的だ。
メディアコンサルタントのケン・ドクター氏は、発行部数で2位のゲートハウスが1位のガネットを買収する狙いとして掲げられているのは、規模のメリットを生かし、コストを削減することで、デジタル移行を行うための時間的猶予を手に入れることだ、としている。
ただ、市場の反応は芳しくない。
ガネット買収が発表されてから2日で、ニュー・メディアの株価は25%も下落している。
●ソフトバンクの名前
今回の買収劇には、ソフトバンクの名前も登場する。
ソフトバンクは2017年2月、投資ファンド「フォートレス・インベストメント・グループ」を33億ドル(約3752億円)で共同買収している。
このフォートレスが、今回のガネット買収の主役、ゲートハウスの親会社であるニュー・メディア・インベストメントの管理会社なのだ。
ソフトバンクCEOの孫正義氏は2016年12月、当選したばかりのトランプ大統領と面会し、「米国企業への500億ドルの投資と5万人の新規雇用の創出」を約束している。
3カ月後に発表されたフォートレスの買収は、その約束の一環と目されていた。そして、全米2位の新聞チェーンが外国企業の所有になることに、波紋も広がっていた。
ただ、フォートレスの当時の運用資産は700億ドル。この中でニュー・メディアの資産は13億ドルを占めるに過ぎなかった。
またフォートレス買収の3カ月後、ソフトバンク・ビジョン・ファンドが設立される。ハイテク系を中心に運用資産900億ドルの巨大ファンドを加えたポートフォリオの中で、オールドメディアのビジネスであるニュー・メディアの存在感はさらに小さくなる。
ドクター氏は、ソフトバンクにおけるニュー・メディアの位置づけは「例外のようなもの」と見立てている。
フォートレスは、ニュー・メディアから管理業務を請け負い、その委託料収入を得る、という関係だ。
だが今回のガネット買収のリリースで、フォートレスとニュー・メディアの管理業務の請負契約は2021年いっぱいで終了する、と述べている。
●相次ぐメディア買収合戦
この数年の米新聞界のキーワードは「スケール(規模)」。そのための買収合戦の連続だった。
今回、ゲートハウスに買収されたガネットも、2016年にはロサンゼルス・タイムズやシカゴ・トリビューンを擁するトリビューン・パブリッシングに買収攻勢をかけた。
※参照:「トロンク祭り」トリビューンの社名変更とメディアの生き残りをかけた買収騒動(06/04/2016)
その後も、ガネットとトリビューンの統合をめぐる動きは浮かんでは消えてきた。
一方では、米新聞業界は、リストラの嵐も吹き荒れていた。ガネットも今年1月、大規模な報道局のリストラを実施。
※参照:米メディア、1日で1000人のリストラ明らかに(01/25/2019)
※参照:2週間で1700人規模のリストラ、米メディアで何が起きているのか(02/02/2019)
今回、買収側となったゲートハウスも、5月に数十人規模の報道局のリストラを行っている。
●未来はあるのか?
ノースカロライナ大学の調査では、2004年から2018年の間に、1800紙が廃刊となり、全米の約半分となる200の郡が地元紙不在の「ニュース・デザート(砂漠)」と呼ばれる状況になっている。
デジタル移行にも影が差す。
デジタル広告は10%以上の伸びを示すが、その6割以上はグーグルとフェイスブックの2社だけで占めているのだ。
デジタル広告に依存するモデルは、この残されたパイを奪い合うビジネスになる。
※「スケールか死か」米メディアで起こる地殻変動(11/18/2017)
生き残り戦略として「スケール」を目指す買収合戦は、新ガネット誕生でひとつの節目を迎えたように見える。
そして、空前の巨大新聞チェーンの誕生は、新聞ビジネスがデジタル移行を完遂できるかどうかの、試金石になりそうだ。
だがケン・ドクター氏は、こんな関係者の談話を紹介する。
うまくいったとしても、この新会社は業界の統合をさらにリードする可能性が高い。
つまり膨大な数の新聞社を束ね、コスト削減を推し進めることで利益を出す、という「スケール」戦略はこれで終わりではないということだ。
そして、ドクター氏はこう指摘する。
ゲートハウスのガネットの統合は、レースの終了を告げるチェッカーフラッグではない。レースのスタートを告げる号砲なのだ。
その結果として、報道局の力はますます衰退する――そんな危険性をはらんでいる。
(※2019年8月7日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)