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本当に『だしパックの煮すぎ』で、ヒスタミン中毒が起こったのか? 医師が考察

堀向健太医学博士。大学講師。アレルギー学会・小児科学会指導医。
(写真:アフロ)

『だしパックの煮すぎが原因? 保育園の給食で食中毒 東京』という記事が、SNSで大きく拡散していました(※1)。

症状のあったお子さん方の早い回復を願うとともに、『本当にだしパックが原因だったのかな』と疑問に思ったこともあり、簡単に解説をすることにしました。

(※1)だしパックの煮すぎが原因? 保育園の給食で食中毒 東京

ヒスタミン中毒と食中毒

そもそも『ヒスタミン中毒』という言葉自体が誤解を招きやすい病名ですよね。

というのも、『食中毒』というと、細菌の感染による胃腸炎を思い浮かべます。たとえば、『サルモネラ菌』とか『ビブリオ菌』ですね。

実は食中毒は、細菌の感染だけで起こるわけではありません

食中毒とは、『食品や飲料を摂取することで起こる健康被害の総称で、微生物・寄生虫・化学物質・自然毒などが原因となる』とされています(※2)。つまり、食中毒は、細菌の感染でなくとも化学物質(食物に残存した洗剤など)や毒物(毒きのこなど)によるものも含むことになるのです。

その食中毒を起こす化学物質にひとつが、『ヒスタミン』です。

(※2)臨床とウイルス 47(5): 378-390, 2019.

ヒスタミン中毒とは?

以前、ヒスタミン中毒に関しては詳しくご紹介しました(※3)。

(※3)夏に多い『青身魚のうそアレルギー』とは?アレルギー専門医が解説

簡単におさらいしましょう。

魚の筋肉には『ヒスチジン』というアミノ酸が多く含まれていて、魚の筋肉にいる細菌の作用で、『ヒスタミン』に変わってきます(※4)。

このヒスタミンを多量に食べると、アレルギーと『同じような』症状が出てくることがあるのです。

これを『ヒスタミン中毒(スカムロイド中毒、サバ中毒などといった別名もあります)』といいます(※5)。

アレルギー症状もヒスタミンによって起こる事が多いので、症状の区別がつきにくいのですね。

アレルギーとは、免疫的な作用が関係して、『自分の体からヒスタミンが作られて起こった場合』を指します。

そして、ヒスタミンを多く食べて起こった症状は、自分自身の免疫的な作用が関係していないので、アレルギー症状ではなく『食中毒』というのですね。

イラストACより筆者作成
イラストACより筆者作成

(※4)日本食品微生物学会雑誌 2019; 36:75-83.

(※5)Stratta P, Badino G. Scombroid poisoning. CMAJ 2012; 184:674-

魚の多くにはもともとヒスタミンが微量含まれています

『ヒスタミン中毒』は、アレルギー症状と見分けのつきにくい、しかしアレルギーではない症状を起こすということがわかりました。

では、どれくらいの量のヒスタミンが食品に含まれていると、ヒスタミン中毒が起こりやすくなるのでしょう。

これには個人差がありますが、大人1人当たり22~370mgと報告されています(※6)。

(※6)日本食品微生物学会雑誌 2019; 36:75-83.

給食によるヒスタミン中毒の報告では、イワシの蒲焼きで90~3600 ppm、マグロフライで70~2700 ppm、イワシつみれで958ppmのヒスタミンが検出されたそうです(※6)。

少し特殊な例としては、アンチョビや魚醤があります。

とはいっても、東京で入手された国外産の41の魚醤のうち75%は100ppm未満でだったとされています(※6)。

1ppmとは百万分の1の濃度で1mg/Lと同義です。つまり、ヒスタミン1000ppmの食品を50g摂取したとしましょう。1000g=1Lと換算すると(魚ですので正確ではないですが)、ざっくり計算でヒスタミン50mgを摂取したことになります。

では、今回の報道にあっただしパックは、どれくらいのヒスタミンが含まれていたのでしょう。

残念ながら、報道では『だしパックに微量検出された』としか書かれていないので、よくわからないとしか言えません。

しかし、今回の報道での話題は『だしパック』です。

魚そのものを食べたわけではありませんし、その中から抽出される量はけっして多くはないでしょう。

ヒスタミンは、加熱につよい化学物質ですが、煮出し時間が長くなった場合に煮出された量が増えたとしても、やはり症状を起こすほど多くはないのではと推測されます。

鮮魚でもヒスタミンは微量に含まれます

では一般的に、ヒスタミンは『微量にも含まれていない』のでしょうか?

オマーン産の生鮮魚378匹、冷凍魚441匹、缶詰290個、乾燥魚24匹にヒスタミンが検出されるかどうかを検討した研究があります。

すると、鮮魚で41.8%、冷凍魚で61.0%、缶詰で78.9%、乾燥魚で91.6%でヒスタミンが検出され、ヒスタミン濃度はそれぞれ平均2.6 mg/kg、5.8 mg/kg、3.1 mg/kg、104 mg/kgだったとされています(※7)。

『微量』という意味であれば、多くの魚で検出されることになります。

(※7)Food Chem 2013; 140:777-83.

ヒスタミンは、加熱により作用が弱まることはありません。

ただし、燻製にする前の魚の状態で、ヒスタミンの含有量が変わるのではないかという報告がありますので(※8)、ひとつの可能性としては、出汁に加工する前に『ものすごく』ヒスタミンが増えていた…可能性はありますが、それでも出汁という料理形態でどこまでヒスタミンが溶け出してくるかはなんともいえません。

(※8)Journal of food protection 1998; 61:1064-70.

ややこしくなってきたのでまとめましょう。

1) 魚にはヒスチジンというアミノ酸が含まれており、菌による作用でヒスタミンが増えることがある(特に常温)

2) ヒスタミンは一定以上を摂取すると一部のひとにアレルギーと似た中毒症状を起こす可能性が高くなる

3) 魚そのものに、もともと微量にヒスタミンが含まれている(が、多くはヒスタミン中毒を起こすことはない)

4) 保存が不適切だった魚や、アンチョビや魚醤でヒスタミンの濃度が大きく増えヒスタミン中毒が起こった事例が報告されている

5) ただし、魚そのものを摂取しない『だしパック』でヒスタミン中毒を起こすほどのヒスタミン量になるかどうかは十分な検討を要する

個人的には、本当に10分と記載があるだしパックを45分煮出したからヒスタミン中毒を起こしたのかどうかは再度検討を要するのでは考えます。

もちろん、だしパックそのものに物凄く多い量のヒスタミンが含まれていた可能性は残りますが、普段の給食において『だしパック』への過剰な心配は必要なく、今回の症状はだしパックよりも別の要因があったのではないかなあ…と考えています。

※2020/11/17 14時追記

ツイッターのフォロワーから以下の情報をいただきました(※※)。

検食(きつねうどん、きざみ揚げ)の5検体から8mg/100g、20mg/100gを検出されたそうです。量としてはかなり少ないといえそうですが、『絶対症状がでない』とはいえないという量といえそうです。

一方で、だしパックの残品からはは5mg未満/100gだったそうです。だしパックからの検出は極めて少ない量の検出であり、やはり別の原因も考えていくべきではないかなあと思えました。

(※※)食中毒の発生について~墨田区内の保育園で提供された給食で発生した食中毒~

 

医学博士。大学講師。アレルギー学会・小児科学会指導医。

小児科学会専門医・指導医。大学講師。アレルギー学会専門医・指導医・代議員。1998年 鳥取大学医学部医学科卒業。鳥取大学医学部附属病院・関連病院での勤務を経て、2007年 国立成育医療研究センターアレルギー科、2012年から現職。2014年、米国アレルギー臨床免疫学会雑誌に、世界初のアトピー性皮膚炎発症予防研究を発表。医学専門雑誌に年間10~20本寄稿しつつTwitter(フォロワー12万人)、Instagram(2.4万人)、音声メディアVoicy(5600人)などで情報発信。2020年6月Yahoo!ニュース 個人MVA受賞。※アイコンは青鹿ユウさん(@buruban)。

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