本当は怖い「加熱式タバコ」〜真夏のホラー
アイコス(IQOS)やプルーム・テック(Ploom TECH)、グロー(glo)といった加熱式タバコは、従来の紙巻きタバコに比べて有害物質が少ないとPRされている。有害物質が低減されれば健康への害も低くなると考えるのが自然だが、実はこれは恐ろしいホラーなのだ。
新型タバコに対する懸念
WHO(世界保健機関)は、2019年7月26日にタバコ問題に関するグローバル・レポートの7回目の改定を行った。この中で加熱式タバコや電子タバコを含む新型タバコについての懸念が表明され、これらは新たな技術によるタバコ製品であり、登場してから時間が経っていないため、健康への影響に関するエビデンスはまだ少ないと述べている。
また、加熱式タバコなどの新型タバコに関する科学的な研究の多くは、当事者であるタバコ産業側から出てきていることもあり、利益相反の観点からもそのエビデンスが正しいのかどうか、おおいに疑問が残ると指摘している。実際、2009年12月から2017年11月6日までに出版された研究論文31のうち20に、タバコ産業の関与があったことがわかっている(※1)。
さらに、新型タバコ製品に対する各国の規制がバラバラになりつつあるが、タバコ製品である以上、各国が批准するFCTC(たばこ規制枠組条約)の規制適用対象なのは明らかであり、マーケティングなどについても従来の紙巻きタバコ製品と同様に厳しく監視する必要があるとしている。
タバコ会社の違法行為
消費者庁は、2019年6月21日、不当景品類及び不当表示防止法の禁止規定違反で、アイコスを国内販売するフィリップ・モリス・ジャパンに対し、アイコスの値引きキャンペーンの延長を不当として加熱式タバコでは初めて行政処分をした。
どうしてアイコスの販売でこのような違反行為が行われたのだろう。加熱式タバコの市場はすでに飽和状態になり、コンビニエンスストアなどで各タバコ会社の安売り合戦が行われ始めているからだ。喫煙者が減っているのに加え、紙巻きタバコからの移行喫煙者が一巡し、需要の伸びが鈍化している。
さらに日本では改正健康増進法が一部施行され、行政機関や学校、病院で受動喫煙防止対策が強化され、タバコを吸える場所が少なくなりつつある。2020年4月1日から全面施行されれば、飲食店の多くが店内禁煙にすると予測されるため、こうした喫煙環境はより厳しくなるだろう。
これは日本に限らず世界的な傾向だ。タバコ会社は喫煙者を紙巻きタバコから加熱式タバコのような新型タバコへ切り替えさせ、中長期的な収益確保に邁進している。
その一方、喫煙者が増え続けている発展途上国では、盛んに紙巻きタバコを売り続けている。ようするにダブルスタンダードで、タバコ会社が喫煙者の健康懸念のために加熱式タバコを開発したというのは真っ赤な嘘だ。
加熱式タバコは真夏のホラーか
では、加熱式タバコの健康への害は本当に低くなっているのだろうか。前述したWHOのレポートによれば、電子的にニコチンを供給するシステム(Electronic Nicotine Delivery systems、ENDs)は間違いなく健康に有害であり、従来の紙巻きタバコに比べて有益という証拠はないと述べている。
そもそも紙巻きタバコの有害性は凶悪だ。環境汚染物質の基準と比べても数10倍〜100倍以上の有害性がある。仮に、加熱式タバコの有害物質が1/10〜1/100になっているとしても環境基準をクリアするレベルでは到底ない。
また、紙巻きタバコを1日20本吸う喫煙者がそれを1日5本の1/4の量に減らしても、リスクはごくわずかしか減らないことはよく知られている(※2)。これは受動喫煙についても同じだ。吸わされるタバコ煙が少なくなっても、害が正比例で下がるわけではない。
つまり、タバコ煙には、これくらいなら大丈夫という閾値はなく、たとえ1本でも健康へのリスクがある。加熱式タバコの有害物質が少なくなっていても、健康へのリスクが下がるわけではないのだ。
Aはタバコを吸う本数と虚血性心疾患の危険性との間の関係、Bは能動喫煙と受動喫煙のタバコ煙曝露に関する複数の大規模疫学調査をメタ解析した結果をまとめたもの。縦軸がリスク、横軸が本数。上下のグラフのどちらも少ない本数からリスクが急激に立ち上がり、喫煙に容量的なリスク低減効果のないことがわかる。Via:Malcolm R. Law, Nicholas J. Wald, "Environmental Tobacco Smoke and Ischemic Heart Disease." Progress in Cardiovascular Diseases, 2003
資金提供など、タバコ会社からの影響を受けない加熱式タバコ(アイコス)の研究は次第に増えてきている。ラット(ネズミの一種)を使った実験では、血管を傷つけるという結果が出ているし(※3)、アイコスを吸って重症の急性好酸球性肺炎になった日本人患者の症例報告も出ている(※4)。電子タバコに比べて加熱式タバコのほうが有害性が高いという研究も多い(※5)。
加熱式タバコについて以上をまとめれば、紙巻きタバコと比べて有害物質が少なくなっているとしても、まだ健康への害は多いと考えられる。量を減らしてもリスクは減らないのだ。また、加熱式タバコが明らかに健康へ害を及ぼすという研究も最近になって増えている。
だが、こうした研究には時間がかかる。タバコ会社はそれを見越し、加熱式タバコを含む新型タバコとタバコ部分の銘柄を続々と市場に投入している。
一方、タバコ規制をする側は新型タバコの登場で混乱している。例えば、改正健康増進法で加熱式タバコは紙巻きタバコと違う扱いになっている。
この恐ろしいホラーは、季節を問わず続いている。水俣病など過去の公害規制に関する苦い経験を活かし、厚生労働省などの規制当局は加熱式タバコについて、害のないことがわかるまで「疑わしきは規制」という態度で臨んで欲しいものだ。
※1:Erikas Simonavicius, et al., "Heat-not-burn tobacco products: a systematic literature review." Tobacco Control, doi: 10.1136/tobaccocontrol-2018-054419, 2018
※2-1:Malcolm R. Law, Nicholas J. Wald, "Environmental Tobacco Smoke and Ischemic Heart Disease." Progress in Cardiovascular Diseases, Vol.46, No.1, 31-38, 2003
※2-2:Terry F. Pechacek, et al., "How acute and reversible are the cardiovascular risks of secondhand smoke?" BMJ, Vol.328, 2004
※3:Pooneh Habavizadeh, et al., "Vascular endothelial function is impaired by aerosol from a single IQOS HeatStick to the same extent as by cigarette smoke." Tobacco Control, Vol.27, Issue Suppler 1, 2018
※4-1:Takahiro Kamada, et al., "Acute eosinophilic pneumonia following heat‐not‐burn cigarette smoking." Respirology Case Reports, Vol.4, Issue6, 2016
※4-2:Toshiyuki Aokage, et al., "Heat-not-burn cigarettes induce fulminant acute eosinophilic pneumonia requiring extracorporeal membrane oxygenation." Respiratory Medicine Case Reports, Vol.26, 87-90, 2019
※5-1:Konstantinos E. Farsalinos, et al., "Carbonyl emissions from a novel heated tobacco product (IQOS): comparison with an e‐cigarette and a tobacco cigarette." Addiction, Vol.113, Issue11, 2099-2106, 2018
※5-2:Sukhwinder Singh Sohal, et al., "IQOS exposure impairs human airway cell homeostasis: direct comparison with traditional cigarette and e-cigarette." ERJ, Vol.5, Issue1, 2019