産婦人科医が教える子宮頸がん予防のホントのところ 下
HPVワクチンと子宮頸がん検診で、子宮頸がん撲滅も
日本では若年層の子宮頸がん罹患率が増加しており、毎年3000人近い女性が子宮頸がんのために命を落としています。前回に続き、国立病院機構横浜医療センター産婦人科の鈴木幸雄医師に聞きました。鈴木医師は、これまで10年近くHPVワクチンと日本の子宮頸がん予防についての研究、活動を行ってきた「女性のヘルスケアの味方」です。
Q HPVワクチンを接種しなくとも、子宮頸がん検診を受けて前がん病変で発見すれば、子宮頸がんを予防できると主張する人もいます。そうした主張について、どう思われますか。
鈴木医師 子宮頸がん検診は思うほど精度が完璧なものではありません。事実、細胞診でみつかりにくい腺がんは、がん検診を受けていても進行した状態で見つかることもあります。がん検診はあくまで早期発見のための二次予防であり、病気にならないようにする一次予防とは役割も効果も違うのです。HPVワクチンのように、病気を原因から予防(一次予防)することに勝る予防法はありませんよね。
Q オーストラリアは2030年までに、英国は2040年までに子宮頸がんを撲滅する目標を持っています。(注1)子宮頸がんの撲滅なんて可能なのでしょうか。
鈴木医師 撲滅と聞くと病気が全くなくなることをイメージすると思いますが、子宮頸がんにもHPVが原因でないタイプも稀に存在します。こうしたものはワクチン接種で予防できませんが、子宮頸がんの原因のほとんどがHPVであることを考えれば、限りなくゼロに近づけることは現実的に可能な目標です。実際にオーストラリアや英国ではそれが現実的になりつつあります。
Q HPVワクチンを3回も接種することに、不安や負担を感じる人もいると思います。米国では15歳までに9価ワクチンを2回打つのが一般的です。
鈴木医師 日本でも9価ワクチンの1回目接種を15歳までに受ける場合は、6カ月から12カ月の間隔を空けて2回目を接種すれば終わりです。負担も少なくなり良いことですね。
Q スコットランドの研究では、14歳未満でHPVワクチンを接種した人は、接種回数に限らず子宮頸がんを発症した人はいませんでした。世界保健機関(WHO)はHPVワクチンは1回でも有効だと2022年に発表し (注2)、英国やアイルランド、オーストラリアは1回接種に切り替えたようです。北米では、まだ1回接種は導入されていませんが、今後、接種回数は世界的に変わっていくのでしょうか。
鈴木医師 はい、WHOは9-14歳の女子に対して1回または2回接種を行うことを推奨しています。一方で、まだまだ1回接種のエビデンスは不足しています。そのためすぐに1回接種が日本で導入される可能性は高くないと思います。将来的に2回接種からさらに接種回数を減らすことができるかは、今後HPV感染が撲滅に向かっていく中で変わっていく可能性はあります。
Q HPVワクチンの効果は、どのくらいの期間続くのですか。人生の後半で再びHPVワクチンの接種が必要になりますか。
鈴木医師 2価、4価ワクチンでは10年以上免疫の効果が続いていくことが分かっていますし、最も新しい9価ワクチンについても10年までの免疫持続効果が示されています。また2008年頃から国家プログラムとしてHPVワクチン接種を進めてきたオーストラリアでは、4年後の2028年に10万人当たりの新規患者数が4人(がんの排除基準)と非常に低くなる見込みであることからも、長期的な効果がデータとして得られてきています。そうしたデータから現時点では再度の接種の必要性は言われていません。
Q 多くの国で男子もHPVワクチンを接種しています。スコットランド、スウェーデン、オーストラリア、カナダ、ノルウェー、ポルトガルなど男女ともに接種率が80%を超える国もあります。日本でも男子のHPVワクチン接種に助成する自治体もでてきました。推進すべきでしょうか。
鈴木医師 すでに分かっているように、HPVは全てのがんの5%の原因を占めており、子宮頸がんだけでなく、世界的には中咽頭がん(のどのがんの一種)も問題になっています。男女の接種率が上昇することで、こうしたHPVに関連するがんに対する集団免疫獲得が期待されると思います。HPV感染は性別に偏った問題ではないので、男子に対しても、日本でも早期に定期接種化されることを期待したいですね。
Q 子宮頸がん検診については、2024年度から準備が整った自治体からHPV検査が導入されると聞きました。導入されたら、30歳以降は従来の細胞診ではなく、HPV検査を受けた方がいいのですか? HPV検査の利点は何ですか。HPV検査が導入されても、30歳になるまでは細胞診を受けた方が良いのですか?
鈴木医師 日本では子宮頸がん検診は20歳から69歳までの2年毎の細胞診、もしくは30歳から60歳までの5年毎のHPV検査が推奨されています。現時点では自治体の補助などの面では細胞診がまだ一般的ですが、今年の4月からは各自治体でも、正式にHPV検査を子宮頸がん検診として導入するところが増えていきます。HPV検査の利点はより精度が高いとされていることや、検診間隔が5年に広がることにあると思います。20歳から30歳までは細胞診で2年毎に検診し、30歳以降はHPV検査も利用可能となっていきますね。選択肢が広がることは非常に良いことだと思います。
Q 最後にHPV感染、子宮頸部異形成、子宮頸がんと妊娠の関係について教えてください。どのような状況で妊娠が難しくなるのですか。
鈴木医師 HPV感染は、子宮頸部異形成(子宮頸がんの前段階)や子宮頸がんを引き起こすことはお分かりいただけたかと思います。これらの多くは20-40代で年齢を追うごとに増えていきます。晩婚化、晩産化の流れもある中で、妊娠前にこうした病気がみつかれば、仮にがんの前段階であっても円錐切除術と呼ばれる子宮頸部の一部を切除する手術が必要で、この手術によって流産、早産のリスクは飛躍的に高くなります。また、もちろん子宮頸がんが見つかれば子宮摘出が必須のことも多く、妊孕性(妊娠するための機能)を温存することができなくなってしまいます。将来の妊娠という視点からもHPV感染の予防、子宮頸がん検診は女性のライフステージを考えて非常に重要と思います。
鈴木医師 繰り返しになりますが、HPV感染をワクチンによって予防することで、子宮頸がんをはじめとするがん全体の5%の原因となるウイルスから、身を守ることができます。そして子宮頸がん検診をきちんと受けていただくことで、子宮頸がんの心配は限りなくゼロに近づいていきます。是非ご自身、パートナー、お子さんのために必要な予防をしていただければと思います。
前回の産婦人科医が教えるHPVワクチンのホントのところ 上 はこちらから
鈴木幸雄 MD, PhD(米コロンビア大学メディカルセンター産婦人科、国立病院機構横浜医療センター、横浜市立大学医学部産婦人科学教室)
2008年旭川医科大学卒。2020年横浜市大大学院卒。横浜市大医学部産婦人科学教室所属。2018年には横浜市医療局にがん対策推進専門官として出向。2020年よりコロンビア大学産婦人科博士研究員。子宮頸がんの予防やHPVワクチン接種などの課題に長らく取り組んでいる。専門は産婦人科、婦人科腫瘍、女性ヘルスケア。
参考リンク
注1)Elimination of cervical cancer - HPV Vaccine - Cancer Council
NHS England » NHS sets ambition to eliminate cervical cancer by 2040
注2)WHO updates recommendations on HPV vaccination schedule
子宮頸がんとその他のヒトパピローマウイルス (HPV) 関連がんの予防ファクトシート 2023公開|国立がん研究センター (ncc.go.jp)
ヒトパピローマウイルス感染症~子宮頸がん(子宮けいがん)とHPVワクチン~|厚生労働省 (mhlw.go.jp)