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スコットランドでHPVワクチンが子宮頸がんに勝利

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
14歳未満のHPVワクチン接種で子宮頸がん発症はゼロという調査結果がでました。(写真:アフロ)

14歳前にHPVワクチンを接種した結果

 1月は子宮頸がんの啓発月間でした。ヒトパピローマウイルス(HPV)感染で発症する子宮頸がん予防のため、2006年に北米でHPVワクチンが導入されてから17年以上になります。HPVワクチンは欧州やその他の国々にも普及し、今では接種対象に男子を含めている国も少なくありません。

 HPVワクチンの有効性は、これまでにも各国の研究で検証されてきましたが、子宮頸がん啓発月間が終わりに近づいた1月25日に、スコットランドから「14歳未満でHPVワクチン接種を受けた女性では、子宮頸がんの発症がなかった」という研究結果が、査読付き医学誌 Journal of the National Cancer Institute(JNCI)に発表されました。(注1)

 スコットランドでは、2008年に12歳から13歳の女子を対象(キャッチアップ接種は18歳まで)に、子宮頸がんの約8割の原因となるHPV16型と18型を防ぐ2価ワクチンの学校接種を導入しています。

 1988年から1996年に生まれた女性を対象としたこの観察研究によれば、2020年7月時点のスコットランドの子宮頸がんスクリーニング検査データにあった約45万人のうち、239人が子宮頸がんを発症していました。しかし12歳から13歳の間にHPVワクチン接種を受けていた人に限ると、ワクチンの接種回数に限らず、一人も浸潤性子宮頸がんを発症していなかったのです。

 一方、14歳以上でHPVワクチン接種を受けた女性の中には、子宮頸がんの発症が29件ありました。それでもワクチン未接種の女性の子宮頸がん発症率が10万人に対し8.4例だったのに対し、14歳から22歳までに3回接種を終了していた人の発症率は10万人に対し3.2例だったので、大幅なリスク低減になっています。

HPVワクチンは子宮頸がん発症を予防する

 性交渉体験によりほとんどの女性がHPVに感染します。HPVには200種類以上のタイプがあり、16型、18型を中心に少なくとも15種類が子宮頸がん発症に関連しています。HPVワクチンには、すでに感染しているウイルスを排除する効果はないので、ワクチン接種前にこうしたタイプのHPVに感染していると子宮頸がんになる可能性が残ります。したがって、性交渉体験をする以前の若い年齢で接種しておくことで、最大限の効果を期待できるのです。

 HPVへの感染は自然に排除されることも多いですが、持続的な感染が続くと、数年から数十年かけて子宮頸部異形成(前がん病変)を経て、子宮頸がんを発症します。HPVワクチン導入に際しての臨床試験や、導入から間もない時期の有効性確認は、ワクチンが標的とするHPV型の子宮頸部異形成の発生を予防できるかどうかの検証でした。しかし今では、このスコットランドからの報告のように、HPVワクチンによって、実際に子宮頸がんの発症がゼロまたは大幅に減少したことを示す研究結果が出てきているのです。

 例えば2020年にも、スウェーデンで2006年から2017年の間に10歳から30歳だった女性167万人あまりを対象に、4価のHPVワクチン接種者と未接種者の子宮頸がん発症率に関する追跡研究の結果が発表されています。この研究でも、同国での推奨通り17歳までにワクチン接種を受けていた人は、未接種者に比べて30歳までに子宮頸がんを発症した率が88%も減少したことがわかりました。(注2)

子宮頸がん罹患率が高いままの日本

 先進国ではHPVワクチンの接種と検診により子宮頸がんの罹患率は低下し続けています。スコットランドやオーストラリア、カナダなど、学校でHPVワクチン接種をしている国の女子の接種率は80%を超えています。学校接種ではない米国の接種率はそれより低く63.8%、ドイツでは47.2%です。(注3)

 子宮頸がん罹患率もワクチン接種率の高いオーストラリアは10万人に対して5.3例、カナダでは6.6例、また米国でも10万人に対して6.3例、ドイツは7.1例となっています。

 一方、日本ではHPVワクチンの副反応に対する懸念を受けて政府がHPVワクチンの推奨を控えていた時期がありました。そのため接種率が1%以下という期間が続き、日本の子宮頸がん罹患率は10万人に対して12.5例と、突出して高くなっています。(注4)

子宮頸がん年齢調整罹患率の国別比較(2022年) 出典:国際がん研究機関(IARC)
子宮頸がん年齢調整罹患率の国別比較(2022年) 出典:国際がん研究機関(IARC)

 今でも日本では、年間3000人近い女性が子宮頸がんのために亡くなっています。命が助かっても、治療のために出産できなくなる場合もあるのです。

 日本でも2022年度からHPVワクチン接種の積極的勧奨が再開されましたが、同年の接種率は7.13%とまだとても低い状況です。2023年4月からは、子宮頸がんの原因となるHPV型の9割以上を防ぐ9価ワクチン(シルガード9)も公費で受けられるようになりました。1997年4月2日から2007年4月1日までに生まれた女性で、HPVワクチンの定期接種を逃してしまった人も、2025年3月まで、9価ワクチンを公費で受けられます。

 また20歳以上の女性には、2年に1度の子宮頸がん検診(子宮頸部の細胞診)が推奨されています。こちらも日本の検診受診率は43.6%と低いです(米国は73.9%、注5)。HPVワクチン対象年齢のお子さんを持つ皆さん、ぜひHPVワクチン接種の確認をしてみて下さい。また20歳以上の女性は子宮頸がん検診も含めた自分の体のメンテナンスを、今年の予定に加えてください。

 次回はHPVワクチンと子宮頸がん予防についての最新情報を、ニューヨークのコロンビア大学メディカルセンターで産婦人科に関する臨床研究に取り組み、現在は国立病院機構横浜医療センター産婦人科に勤務する、鈴木幸雄医師にお話を伺います。

参考リンク

知ってください HPVと子宮頸がんのこと 国立がん研究センター がん対策研究所のわかりやすいリーフレット

(注1)Invasive cervical cancer incidence following bivalent human papillomavirus vaccination: a population-based observational study of age at immunization, dose, and deprivation | JNCI: Journal of the National Cancer Institute | Oxford Academic (oup.com)

Cervical cancer plummets after HPV vaccination in Scotland, but rising disease rates in poor US counties | CIDRAP (umn.edu)

(注2)Study Confirms HPV Vaccine Prevents Cervical Cancer - NCI

(注3)Human Papillomavirus (HPV) vaccination coverage (who.int)

(注4)Cancer Today (iarc.fr) 

(注5)Increase the proportion of females who get screened for cervical cancer — C 09 - Healthy People 2030 | health.gov 

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』(エスコアール)がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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