認定率は0.2%「難民に冷たい日本」―専門家、NPO、当事者らが語る課題と展望
混迷し続けるシリア情勢、ミャンマーでのロヒンギャ迫害など、ここ数年、世界の人権状況はますます深刻なものとなり、戦火や迫害から避難を余儀なくされた人々の数も約6560万人(国連難民高等弁務官事務所「グローバル・トレンズ2016」)と、過去最大規模となっている。そんな中、日本は今年1月、難民認定を管轄する法務省が「難民申請の厳格化」を決定。他の先進国に比べ極端に難民の受け入れ人数が少なく、「難民に冷たい国」として、国際社会の批判を浴びている日本であるが、その「難民鎖国」ぶりがさらに悪化するのではないかと国内の専門家らからも懸念されている。何故、日本は難民の受け入れ人数が少ないのか。今後のあるべき政策や制度はどのようなものか。NGOや研究者、法務省、そして、当事者である難民らに聞いた。
■なぜ日本の難民認定数は少ないのか?
日本も加入している難民条約は、締約国に対し、迫害から逃れてきた難民を受け入れ庇護することを求めている。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のまとめによると、2016年にドイツは26万3622人、米国が2万437人、イギリスも1万3554人を難民認定したなど、各国が大勢の難民を受け入れていた一方、日本は28人と文字通り桁違いに少ない。昨年の統計では、難民認定申請者の処理数1万1361人に対し、認定者数はたったの20人。約0.2%という狭き門だ。
なぜ、日本の難民認定数は、こうも少ないのか。筆者が法務省に問い合わせると「地理的に遠い、言語の壁などの要因から、避難を余儀なくされている人々が多い国からの難民申請者が少ないためであって、日本が難民を拒絶しているわけではない」と回答する。
「昨年の難民認定申請者のうち、フィリピン、ベトナム、インドネシア等の紛争国とは言えない国からの申請者が全体の7割。他方、イラクやシリアなどUNHCRの報告書『グローバル・トレンズ』での難民発生国の上位5カ国からの申請はごくわずか」「我が国における難民認定申請者の多くが、真の難民ではなく、就労目的の申請なのではないか」(法務省)。
一方、認定NPO法人「難民支援協会」広報部コーディネーターの野津美由紀さんは、法務省の主張に異を唱える。「日本での難民認定申請者の出身国の上位20カ国と、『グローバル・トレンズ』での世界の難民認定数の出身国の上位20カ国を比較してみると、コンゴ民主共和国、ミャンマー、イランなどの国々が重なっています。特に、コンゴ民主共和国は、世界で上位5ヶ国に入るほど多くの難民を出しており、各国の平均認定率は6割に達しています」(野津さん)。
やはり、本来、難民条約に基づき庇護すべき人々を助けられていない、ということのようだ。
■シリア難民ですら難民認定されないことも
法務省は、筆者の問い合わせに対し、「グローバル・トレンズでの難民発生国上位からの難民認定申請に対しては、受入数こそ異なるものの、難民認定や人道配慮の在留許可の比率で言えば、他の先進諸国に劣るものではない」と説明する。ただ、当の難民達に聞くと彼らの状況はやはり厳しい。
2012年にシリア北部ハサケ県から、避難してきたヨセフ・ジュディさんも、日本で難民として申請した一人だ。同国のアサド政権に対するデモの運営にかかわったため、治安当局から追われるようになり、治安部隊員らはジュディさんの母親を殴りつけ、彼の行方を尋問した。シリアでは反政府的とみられた人々が次々に拘束され、拷問の挙句、殺害されている。ジュディさんに差し迫っていた危険は極めて高かったが、来日後行った難民認定申請の結果は「不認定」であった。
ジュディさんは、人道配慮の在留許可は得られたものの、日本語教育や職業紹介など、難民認定された人々のための定住支援が受けられない。1年毎に更新される人道配慮の在留許可は、法務省側の判断で更新されないこともあり、不安定な立場だ。また、シリアからの亡命の際、ブローカーがジュディさんのパスポートを持ったまま姿を消した上、日本で生まれたジュディさんの末娘は、シリア当局に出生届も出せず、無国籍状態になってしまっている。そのため、日本で難民として認定され、パスポート代わりとなる「難民旅行許可書」を得ることをジュディさんは切望している。
2015年3月、ジュディさんは難民不認定の不服申し立てを提訴したが、今年3月、東京地裁は「反政府活動によりアサド政権がジュディさんを迫害するという客観的な証拠がない」として、ジュディさんの訴えを退けた。東京地裁判決を受けての会見で、ジュディさんは「このような判決であれば、世界中のシリア難民が、難民でないということになる」「アサド政権は化学兵器をも使って人々を虐殺している。どうして、私達が直面している危機を理解してくれないのか」と悔しさをにじませた。ジュディさん含め、昨年末までの日本におけるシリア人難民申請者は約80人で、認定は12人にとどまっている。
■ロヒンギャ難民が語る日本の矛盾
ミャンマーで迫害されているイスラム教徒ロヒンギャの人々も、日本では十分な庇護を受けられていない。自身もロヒンギャ難民であり、日本にいるロヒンギャ達の相談役であるゾーミントゥさんは「先日、河野太郎外相は、ミャンマー隣国バングラデシュに避難しているロヒンギャへの支援を発表しました。そのこと自体はとても有難いのですが、では、なぜ日本政府は自国に逃げてきているロヒンギャを助けないのでしょうか?」と首をかしげる。
「現在、茨城県の牛久市にある入国管理局の収容所に、二人のロヒンギャが拘束されています。難民不認定になり、在留資格がないとされたからです。しかも、仮放免も認められず、1年以上も収容施設に閉じ込められたままなのです」。
ゾーミントゥさんはミャンマーでのロヒンギャへの迫害の激しさを訴える。
「1980年代から既にロヒンギャはミャンマーでの国籍を奪われ、『バングラデシュからの不法移民』という扱いを受けてきました。ロヒンギャの村々はミャンマー軍によって厳しく管理され、自由は全くありませんし、少しでも歯向かえば逮捕されます。特に2012年以降の弾圧はすさまじく、何千人もの一般市民が殺され、何百人もの女性がミャンマー軍兵士らにレイプされています。数百の村々が焼かれ、私の生家も燃やされてしまいました。だからこそ、70万人ものロヒンギャがミャンマー国境から逃げ出しているのです。私達が直面している危機の深刻さを、難民認定の審査でも考慮してもらいたいのです」(ゾーミントゥさん)。
■ガラパゴス的で不透明な法務省の難民審査
現地情勢や人権状況の厳しさが明白な国・地域からの難民が、日本では難民としてなかなか認定されないのは何故か。NPO法人「国連UNHCR協会」理事長で東洋英和女学院大学大学院教授の滝澤三郎さんは「法務省の『難民』の定義が狭いことがあります」と指摘する。
「1951年に成立した難民条約は難民を、『人種、宗教、国籍、政治的意見やまたは特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受ける恐れがあるために他国に逃れた』人々と定義しています。この定義は東西冷戦の中での『政治亡命者』を念頭につくられたもので、難民の大半が紛争を逃れる『紛争難民』である今日の状況に合っていません。しかし法務省は条約を厳格に解釈し、『紛争難民』を『難民条約上の難民』であると認めません。また、『迫害のおそれ』についての認定基準も厳しい。『個別把握論』といって、その個人が具体的に狙われていることを証明しないといけませんし、極めて激しい迫害でないと『迫害』と認めません。ですから、シリア内戦のような無差別攻撃から逃げてきた難民が、それをもって『迫害のおそれ』を主張しても、却下される根拠となっています。日本の難民認定の厳しさは世界に知られており、本来救われるべき難民も日本に来ることを避けてしまうのです」(滝澤教授)。
前出の難民支援協会・野津さんも「日本の難民条約の解釈は独特」と指摘する。「UNHCRが難民の庇護についてのガイドブックをまとめているので、これに従ってどのような人々が『難民』であるか、『迫害のおそれ』とは何か、ということを評価していくべきではないでしょうか」。
難民認定を申請する側の立証基準が極めて高い一方で、難民側に主張・立証するための十分な機会が与えられ、公正に手続きがなされているかも課題だ。「難民認定審査での面接では、必ずしも適切な言語による中立的な通訳が手配されておらず、証拠書類は日本語での提出が求められるなど、しっかりと主張を伝えることが非常に難しいのが現状です。審査において些細な誤訳は致命的ですが、面接の録音・録画はされず、調書も日本語でのみ作成されるため、通訳に問題がある場合に検証することが非常に困難です。難民不認定の場合に、その理由が十分に開示されないことも問題です。国が不認定を下す判断根拠となる情報を知らなければ、難民本人や弁護士は反証する機会を得ることができないからです」(野津さん)。
難民認定の審査の不可解さという点では、トルコからの難民認定申請者が直面する壁がある。トルコからの難民認定申請者はその多くが、少数民族のクルド人だ。過去数十年、トルコ当局はクルド人に対して、独自の言語を使わせない、村を焼き払い、強制移住させるなどの弾圧を行ってきた。だが、トルコ籍クルド人に対し、日本の法務省・入管当局は異常に厳しい。クルド難民弁護団事務局長の大橋毅弁護士は「今までトルコ籍クルド人が難民として認定されたケースは一例もありません」と言う。
「法務省は定期的に、トルコ治安当局とテロ対策で協議を行っていて、そちらが法務省の本来の業務。もし、トルコ治安当局がやっていることを人権侵害として認定したら協力関係にヒビが入ってしまうということでしょう」(大橋弁護士)。
筆者は、法務省に対し、大橋弁護士が指摘する問題についても問い合わせたが、その回答は「難民認定数は国籍でカウントしており、民族ごとで数えているわけではない」というものであった。
■日本が「難民鎖国」の汚名をそそぐには
今年1月に法務省は、「難民申請を厳格化」を発表。就労目的を抑制し、審査を迅速にするとしている(関連記事)。だが、こうした運用の見直しも、上記のような日本の難民認定制度が抱える問題点をクリアするものではない。では、日本に逃げてきた難民を助けるためにはどうしたらよいのだろうか。
前出の滝澤教授は「難民認定の審査を行う組織を変えることも必要かもしれません」と語る。
「現在、難民認定の審査を行っているのは、法務省の入国管理局です。外国から来た人々を管理し、取り締まる組織が、同時に難民を庇護するということは両立しにくい。ですから、法務省の中でも人権を扱う、人権擁護局に難民認定審査を担わせることが良いのかもしれません。入国管理から人権擁護に重心が移り、国際的なイメージも変わるでしょう。また、外務省が留学生としてシリア難民を受け入れたり、民間企業が難民を従業員として雇用したりという試みも行われています。法務省の入国管理局による難民認定以外の、難民の受け入れを模索していくことも必要なのでしょう。そのためにも、報道の役割が重要です。難民について、日本ではネガティブなイメージで語られがちですが、難民には技術や才能、意欲のある人も少なくありません。難民を助けることのポジティブな面をもっととりあげてほしいと思います」(同)。
迫害を受けて逃れてきた人々を、危険が待ち受けるところへ送り返すことは、国際法の原則に反する。また、難民を入国管理局の収容所に閉じ込めることも、国連の人権関係の委員会から繰り返し改善を求められていることだ。日本は「難民鎖国」のままで良いのか。国民的な議論が必要だろう。
(了)
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