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グローバルダイニング社長の公式発信 危機管理広報の視点から考えて「あり」

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
筆者撮影

「カフェ ラ ボエム」「モンスーンカフェ」「権八」などのレストランを運営するグローバルダイニングの長谷川耕三社長は、政府の緊急事態宣言に対して「時短営業せず平常通り」とする公式見解を「1月7日の状況」として出しました。このような発信は、危機管理広報の観点から「あり」です。その理由について解説します。

事業存続の危機時に自らの考えを発信するのが危機管理広報

危機管理広報(クライシスコミュニケーション)とは、組織の危機発生時に自らの考えを発信する、説明する活動のことです。不祥事報道の際に行われることが多いのですが、企業存続の危機という意味では、今回のような状態も「危機」として企業が認識すれば、長谷川社長のように堂々と発信すればよいのです。その意味では参考になります。

今回の発信を3つの観点から考えます。まずは、タイミング。1月7日は政府が緊急事態宣言を発出した日ですので、タイミングがよさそうですが、この緊急事態宣言の検討は1月4日に発表されていますので、数日検討した結果、7日になったのでしょう。

次に、発表方法。ホームページへの掲載としている点。十分インパクトはありますが、記者会見という選択肢もあっただろうと思います。より強くメッセージを出すのであれば、記者会見の方が報道される機会は増えたはずです。この点は判断が難しい部分ですが、同社の動画検索をすると社長インタビューや決算説明会が表示されないため、動画メッセージは慣れていないようです。

3つ目の着目点は、内容です。直筆サインも掲載して主語を明確にして強いメッセージとしていること。過去のニュースリリースを見ると、社長の考え方を掲載する際には、毎回必ず社長のサインにしている点は好感が持てます。組み立て方もすっきりしています。「平常通り行う予定」とした上で、4つの理由を記載しています。

書き出しは、「現在、『緊急事態』であるのか?私はそう思いません」とご自身の考えを明らかにしています。そして緊急事態の定義として「国民の生命、健康、財産、環境に甚大な脅威となり得る事態と認識している」と、言葉の定義を明らかにしています。さらに「今の日本で、コロナ禍が国民の健康と生命に甚大な脅威なのか?」と自問し、「幸いなことに日本における新型コロナによる死者数は米国と比べると約40分の1と極端に少なく、東洋経済オンラインによりますと累計で3,718人。比較として2018年の『季節性インフルエンザ』の死者数は3,328名。大流行した1998年〜1999年は約10倍の35,000人程の方々が亡くなっている。その時、緊急事態宣言、出ていますか?」とさらに畳みかけるように疑問形で問いを投げかけています。報道されている事実を引用し、考えてほしいという表現で押しつけがましさがない点が好印象です。

「また、新聞にも出ていましたが、厚生労働省の人口動態統計速報によると、2020年10月までの総死者数は2019年と比べて約14,000人減少したとのこと。一番の理由は、インフルエンザの感染が抑えられ、その死者数が激減した事だそうです」、と公表されている事実を取り上げて自分の考えの「根拠」を示しています。1点残念なのは、ここで「幸いなことに」と一言加えてしまった部分は余計でした。たとえ米国と比べて少なくても、避けた方がよい言葉です。削除しても意味は成り立ちます。

2番目の理由は、「ロックダウンを徹底している国々で感染が下火にならず、『時短』や『休業』が感染をコントロールするのに効果ないのは世界規模で証明されている」。ここで「効果がない」と断言していることについてはやや前のめりすぎかもしれません。ニッセイ基礎研究所は、「コロナ禍を上手く乗り切っているのはどの国かー50カ国ランキング(2020年10月更新版)」において、ロックダウンについては、「国によって成功例はあるものの、封じ込め政策の『特効薬』というべき方法は見つかっていないと言えるだろう」とレポートしています。ある程度の効果がある説も残っていますので、「効果がない」と断言するのではなく、「特効薬が見つかっていない」の表現にした方が、より賛同は得られやすい表現となります。

3番目が、「医療崩壊、本当なのか疑問に思っています。冬にウイルス感染症は増えるのは自然の摂理。これに対して(パニックを起こして)、医療崩壊とおっしゃっている国や自治体の関係者、感染症専門家の方々は何の準備もしていなかった?また、死者数は米国などの約40分の1しかいないのに、なぜ医療崩壊?」。この医療崩壊については、日経新聞の藤井彰夫論説委員長も「欧米に比べ桁違いに感染者数や重症者数が少ない日本でなぜ、すぐに医療崩壊の懸念が出てしまうのか。昨夏に感染が一服した段階で、冬場の感染再拡大に備えてなぜ準備が進まなかったのか。これは国民が持つ素朴な疑問だ」(2021年1月8日)と述べています。賛同を得られる意見ではないでしょうか。国民の声を受けて、報道機関がもっと強く報道してもよい内容だろうと思います。

4番目が、「今の行政からの協力金やサポートでは時短要請に応えられません。飲食で19時までの飲食の提供、20時までの営業では事業の維持、雇用の維持は無理です」。これが一番大きな理由だろうと思います。つまり、事業存続の危機であるが故の判断であることがわかります。

企業存続の危機時にトップが自らの考え、立ち位置を発信することも危機管理広報(クライシスコミュニケーション)の範疇です。もっと多くの企業が発信してもよいのではないでしょうか。先例はあります。2020年4月の緊急事態宣言の際に、ユニクロを展開するファーストリテイリングは、会社の方針をホームページに掲載し、営業を続けました。日経新聞や経済メディアは、政府の緊急事態宣言について効果への疑問を呈するなど、経済的観点からの論説をもっと強く押し出してもよいのではないでしょうか。そもそも、政府の判断をチェックするマスメディアが全て同じ方向の報道をすることに違和感を持たざるを得ません。自粛警察による破壊行為や嫌がらせ予防のためにも経済的観点からの報道を期待します。

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長。社会構想大学院大学教授

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