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「文科省調査で判明…“英語達者”教師で生徒が伸びないワケ」という記事について

寺沢拓敬言語社会学者

2017年12月26日追記

この記事を出典を示さずに、高校生向けに講演で使用しているという学者がいると小耳に挟んだ。居酒屋や内輪の小話としてならまだしも、高校生向けの話でそのような行為をするのは学者として恥ずかしくないのだろうか。1万歩譲ってめんどうくさいのはわかるが(ただし、1万歩くらい譲らないとわからないが)、出典は明記してもらいたい。

以下の記事が話題になっていた。

文科省調査で判明…“英語達者”教師で生徒が伸びないワケ | 日刊ゲンダイDIGITAL

デキない先生に教わった方がいいかも――。先日、文科省が公表した2016年度の「英語教育実施状況調査」。都道府県の中高生だけでなく、教員の英語力も公表されているが、意外な結果だった。教員と生徒の成績がかみ合っていないのだ。

…中略…

高校教員では、89.1%の香川県がトップ。全国平均が62.2%だから圧倒的なのだが、香川の高3は全国平均36.4%を下回る34.0%。教員はデキても、生徒は伸び悩んでいる。…中略… 中学生の調査でも注目すべきトレンドがあった。中3の成績トップは奈良だが、教員の成績は平均をやや上回る程度。他に、中3の成績上位の千葉(4位)、群馬(7位)、埼玉(8位)の教員は全国平均を下回っている。どうして教師と生徒の成績がかみ合わないのだろうか。

英語ができる(と自己申告した)教員が多ければ多いほど、英語ができる生徒(教員による報告)が少なくなるということである。

この不思議な現象、最初見た時はかなり興味深かった。一体どういう要因が働いているのだろうと思い、自分でも再分析してみた。すると、そのような現象は存在しないことがわかった。つまり、記事の内容は誤報である。

しかし、SNS上では以下のように真に受けている人も多いので(それは仕方ないことだが)、訂正情報をアップしておく。

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負の相関はない(むしろ正の相関)

データを入手し、中学高校別に散布図にして並べてみた。

なお、ここで「見なし」と書いてあるものは、ある基準を越えていると見なせた者である。たとえば、高校生の英語力関して、「英検準2級取得率」が記載されていたが、それに加えて「英検準2級相当の英語力がある者の割合」という集計結果もある。前者と後者の合計が「見なし」の値である。

高校

高校教員の英語力×高校生の英検 (1)
高校教員の英語力×高校生の英検 (1)
高校教員の英語力×高校生の英検 (2)
高校教員の英語力×高校生の英検 (2)

図からわかるとおり、「英検準1級以上取得教員の多い都道府県のほうが、生徒の英語力が低い」などといった負の相関などなかった。分析にかけた時間を返して欲しくなった(笑)――PDFの集計表からデータ形式 (.csv 等) に変えるのはなかなか面倒くさかった。

高校教員では、89.1%の香川県がトップ。全国平均が62.2%だから圧倒的なのだが、香川の高3は全国平均36.4%を下回る34.0%。

図を見ると、たしかに「教員の英語力が高い」香川県の場合、生徒の英語力は振るわないのだが、第二位・第三位の福井県・石川県はいずれも生徒の英語力も高い。全体としては正の相関があるので、たまたまトップの香川県が振るわなかっただけである。

中学

中学教員の英語力×中学生の英検 (1)
中学教員の英語力×中学生の英検 (1)
中学教員の英語力×中学生の英検 (2)
中学教員の英語力×中学生の英検 (2)

中3の成績トップは奈良だが、教員の成績は平均をやや上回る程度。他に、中3の成績上位の千葉(4位)、群馬(7位)、埼玉(8位)の教員は全国平均を下回っている。どうして教師と生徒の成績がかみ合わないのだろうか。

これも同じこと。「どうして教師と生徒の成績がかみ合わないのだろうか」と疑問を投げかけているが、何てことはない、成績がかみあっていない県(奈良、千葉、群馬、埼玉)をピックアップしただけである。

なお、上記、正の相関ではあるものの、たいして強い相関ではないので注意が必要である。「ほら、教師の英語ができたほうが生徒もよくできるようになるんだ!」と短絡的に結論付けないほうがよい。都道府県のように特定のグループ別に集計された数値は、グループ内の個々のばらつきが無視されてしまうので、一般的に相関が高くなりやすい。また、第三の変数による擬似相関が生じる危険性は、グループの集計値を使った散布図ではいっそう高くなるので、この程度の相関(0.3-0.5)は大げさに扱わないほうがいいだろう。

また、そもそも論として、この調査が英検取得級をバイアスなく反映しているとは考えづらい。というのも、この調査は自己報告に基いているからだ。つまり、英検取得級証明書のようなものを提出させ、集計したわけではないということである。したがって、「文科省の調査に対する積極度」みたいなものを反映しているだけとも考えられるのである。つまり、「文科省の調査に対し、文科省が喜ぶような回答をする教員が多い自治体であれば、生徒の状況についても喜ぶような回答をするはずだ」と考えれば、そこそこ相関が出ているのも不思議ではない。

一般論として、「英語ができる教員が多いほど生徒もできるようになる/英語ができない教員が多いから生徒もできない」という俗説にはたいした根拠はないと思う。一方で、この記事でさも真実のように言われている「英語が苦手な教員だからこそ、生徒のつまづきもわかる」という話にはさらに根拠がないように思う。英語が得意な教員にも苦手な教員にも生徒視点に立てない教員は多数いる。その逆もまた然りで、英語がよくできる教員にもそれほどではない教員にも、教えるのが上手な人は山ほどいる。

言語社会学者

関西学院大学社会学部准教授。博士(学術)。言語(とくに英語)に関する人々の行動・態度や教育制度について、統計や史料を駆使して研究している。著書に、『小学校英語のジレンマ』(岩波新書、2020年)、『「日本人」と英語の社会学』(研究社、2015年)、『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014年)などがある。

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