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脳腫瘍で逝った猫を看取った夫婦の前に「ガリガリの野良猫」が...ニャンコの魔力とは?

石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
撮影は飼い主のIさん 治療前の后梅ちゃん

Iさんから「目ヤニをだして目が腫れている野良の子猫を預かっています。診察してもらえますか?」とLINEが入りました。

Iさんは、保護猫の大福ちゃんの飼い主でした。大福ちゃんは鼻腔内リンパ腫を完治させましたがた。しかし、新たに脳腫瘍が見つかり脳の手術もしましたが、天国に逝ってしまいました。

Iさんは、もちろん猫は好きで保護猫や野良猫の保護活動に関心があり、意識の高い人でした。その一方で、もう猫は飼えないと思っていました。

そんなIさん夫婦の前にガリガリの子猫がやってきたのです。一時預かりのつもりが、思わぬ展開が。

お盆休みなので、少し預かっているだけ

Iさんは、猫を飼うことは、20年近く生活をともにすることなので、そう簡単なことではないことをよく理解していました。その一方で、猫は、好きなので、保護猫活動をしている人から頼まれて一時預かりは前から行っていたそうです。

筆者の目の前には、痩せほそった黒い子猫が目ヤニを出していました。野良猫なのに、威嚇することもなくおとなしくIさんに抱かれていました。

治療の甲斐もあってその子猫は、后梅(こうめ)ちゃんと名付けられ、目の腫れもなくなり、Iさんはとても喜んでくださいました。筆者も小さい命を救うことができてたいへん嬉しいです。

后梅ちゃんは、猫カリシウイルス感染症という病気になっていました。なぜ、后梅ちゃんが、Iさんに飼われるようになったのかを、先代の猫の大福ちゃんから遡ることにします。

大福ちゃんは、リンパ腫が完治しましたが、脳腫瘍で天国へ

撮影はIさん 大福ちゃん
撮影はIさん 大福ちゃん

Iさんご夫婦は、猫を飼うのは保護猫と思い行動してきた人たちです。先代の大福ちゃんも保護施設から成猫で引き取り、大切に飼われていました。引き取ったときから、下部尿路疾患というオシッコが出にくい病気を持っていました。

それも承知のうえで、大福ちゃんを飼っていました。下部尿路疾患は克服できましたが、そんなある日、大福ちゃんは、シーツの上に鼻血を出しました。猫は、鼻水を出すことはありますが、鮮血を出すことはほとんどなく、それが出るとがんの疑いがあることをIさんは知っていました。

家族の一員である大福ちゃんが、がんであるかもしれないと思うと、Iさんは居ても立っても居られなくなり、大阪の大きな動物病院を巡りCTなどの画像診断の結果、鼻腔内リンパ腫であることが判明。

大福ちゃんは、大学付属の動物病院で放射線治療を受けて、リンパ腫が小さくなりましたが、寛解しないので筆者の病院に来院。免疫誘導の治療などをして、寛解から完治になりました。Iさんは「大学付属の動物病院で完治と言われました」と嬉しい報告をしました。

そんな大福ちゃんが、ある日、痙攣発作を起こしました。2次診療で画像検査の結果、脳腫瘍であることが判明。そして脳外科専門の動物病院で手術をしました。しかし、大福ちゃんは、脳腫瘍を克服できず天国に逝きました。

このように保護猫を慈しみ、できる治療は全てする飼い主は、そう簡単に猫を飼うことができなかったのです。

なぜ、Iさんは后梅ちゃんを飼う決心をしたのか?

撮影は飼い主のIさん 治療後の后梅ちゃん
撮影は飼い主のIさん 治療後の后梅ちゃん

后梅ちゃんは野良猫でした。不妊去勢手術をしようと捕獲器を置いたところ、捕まったので、手術しました。外に戻す予定でしたが、あまりも小さいので捕獲主のところで面倒を見ていました。

后梅ちゃんと同じように保護した子は、新しい里親がすぐに見つかったそうです。

「后梅は、保護されたときは、ガリガリであまりかわいくなかったので、里親が見つからなかったの。目ヤニも出ていたし、それで、私がお盆休みだったので、一時的に預かったんです」とIさんは、教えてくれました。

Iさんは、后梅ちゃんは猫風邪にかかっている程度だと思って、筆者の動物病院に連れてきました。

筆者が、后梅ちゃんの口を開けると舌に潰瘍ができていたので、猫カリシウイルス感染症だということが判明しました。血液検査の結果、貧血とアルブミンと総合たんぱく質が低いので低栄養だということもわかりました。野良猫なので、無理もないかもしれません。でも状態は、あまりよくなかったのです。

后梅ちゃんは、生後4カ月ぐらいなのに、見た目はガリガリで生後2カ月を少し過ぎたぐらにしか見えない子猫でした。

診断の結果を聞くとIさんはいたたまれなくなったそうです。猛暑のなか懸命に生きていた子猫は、I家では、むじゃきに子猫らしく遊んで威嚇したりすることもなく天真爛漫に遊んでいるそうです。

大福ちゃんは、ぽっちゃりした猫で6キロほどありましたが、后梅ちゃんは、まだ2キロもありません。后梅ちゃんは外という過酷な環境で生活し、体の調子もあまりよくないので、猫に理解がある人しか飼えないことをIさんはわかっていました。

筆者は、大福ちゃんのことは理解していましたが、后梅ちゃんをぜひIさんに飼ってもらいたくて「もう離乳も終わっているので、栄養状態だけ気をつければ、つきっきりで世話をしなくても大丈夫ですよ。」と後押しをしました。

素直で健気な后梅ちゃんの命を守ってあげたいと、Iさんご夫婦は思われたそうです。

「お盆だし、大福が連れてきてくれたのだと思います、いろいろと考えますが、飼うことにしました」と笑みをこぼして、Iさんは報告してくれました。

猫カリシウイルス感染症の后梅ちゃんの今後は?

撮影は飼い主のIさん 知育のおもちゃで遊ぶ后梅ちゃん
撮影は飼い主のIさん 知育のおもちゃで遊ぶ后梅ちゃん

后梅ちゃんは、治療の効果もあり、まだ少しクシャミはしますが、肺炎などにもならず元気にしています。

后梅ちゃんは、症状を示さないまま体内にカリシウイルスを保有するキャリア猫です。カリシウイルスは主に扁桃腺に潜んでいると考えられています。

カリシウイルスの保有する猫なので、ストレス、免疫不全を引き起こす病気、免疫抑制剤の投与、老化、栄養不足などによってウイルスがぶり返すことがあります。

后梅ちゃんは、Iさんのところで飼われて、完全室内飼いになり、血液検査の結果、猫エイズウイルス感染症や猫白血病ウイルス感染症といった病気は持っていませんでしたので、少し安心です。

意識の高いIさんの下で、后梅ちゃんは、かわいい猫に生まれ変わり知育のおもちゃで遊んでいます。

猫を飼いた人は多くいますが、Iさんのような人が増えると日本の野良猫事情ももっと改善されるのでしょう。后梅ちゃんも室内を荒らしたりすることなく、元気にしているそうです。

まねき猫ホスピタル院長 獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は食事療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医者さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らしていた。

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