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記者が戸惑いながら質問「企業の感染公表は危機管理として正しいか」 プロの回答は?

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
(写真:アフロ)

「社員が感染したらプレスリリースすべきなのか」といった質問をよく受けます。さらに、数日前今度は、地方の報道機関から質問がありました。記者からの質問は「なぜ企業は社員の感染者を発表するのか。それが危機管理というものなのか」と。電話口の記者は明らかに戸惑っていました。記者もどうとらえればよいのか疑問に感じたようです。そこで、陽性者が出た場合の危機管理広報について解説します。

リスクの分類からすると、パンデミックは企業不祥事とは異なり、社会全体のリスクとなります。工場で爆発事故が起きた場合には、管理者である工場には説明責任が発生しますから、いつどこで事故が起きて、有害物質が拡散しているのかどうかといった情報開示は求められます。しかし、企業の過失ではなく、企業努力では防ぎようがない自然災害や今回のようなウイルスの場合は、別の対応になります。2月に一部の著名な上場企業からは公表されるケースは確かにありました。あの時点では、公表の判断はありだったとは思います。なぜなら、あの時期には今回の新型コロナウイルスについて、その危険性、致死率などほとんど情報がなかったからです。不特定多数の方と接触する社員であったりしたらなおさらでしょう。また、感染した社員が重症で周囲もバタバタと倒れている状態であれば、リスク情報の開示は必要だといった判断はあります。もっともやってはいけないことは、「批判されるからとりあえず公表しておこう」です。企業ブランド維持のため、社員の陽性状況を発表してしまうと、地方ではすぐに特定されて社員や家族が攻撃の対象になってしまいます。安易な公表は社員を危険にさらすことになる、ということです。企業ブランドと社員を危険にさらすリスクを天秤にかけて企業ブランドを選択する判断は避けるべきです。

しかし、トップや著名人などは違う判断になることがあります。ボリス・ジョンソン英国首相が感染したことが本人から公表されましたが、国のトップの場合には、コロナに限らず健康情報は影響が大きいため公表は必要です。著名人がこのウイルスが原因で死亡した場合にも、最重要ステークホルダーであるファンが多いことからも公表は求められると言えます。むしろ公表することが本人の評判を守ることになるのです。このように公表するかどうかは、影響性や著名性に合わせた判断となります。

では、今の時期はどう判断したらよいのでしょうか。相変わらず、毎日のように都道府県別にPCR検査陽性反応者数が発表されるため、企業経営者として自社も発表しなければならないと焦ってしまう気持ちはわかりますが、現在の状況は以前とは異なっていることを認識する必要があります。

新型コロナウィルスは、致死率が高くない、PCR検査をして陽性であっても無症状の人が多い、持病や高齢者以外は軽症であることなどです。菅官房長官と安倍総理も同じ説明を繰り返しています。直近では、8月6日広島原爆の日に記者会見で安倍総理は次のように述べています。

その人数だけみれば4月の緊急事態宣言の時の数を超えていますが、現状はその時の状況とは大きく異なっています。4月末の重症者数が328人に対して足元では104名、5月の死亡者数は460名に対し、先月は37名。その背景には比較的症状の軽い若者の感染者数が多いことに加え、これまでの知見の蓄積を踏まえて治療の選択肢の幅が拡大していることもあります。感染者数が増えているのはPCR検査数が増えているためで、最近では1日5万件を実施しています。無症状の濃厚接触者数は7000件から2万件の実施件数。医療体制も整備も進んでいます。病床数は2万床を確保し、重症者用は全国100名の患者に対して2500床病床数が確保されています。入院期間も3週間から1週間に短縮しています。

と4月とは状況が異なっていると明確に説明しています。新規感染者数だけに目を奪われないでほしいとうことです。

そして「感染拡大をできるだけ抑えながら、社会経済活動との両立をしっかりと図っていきたい」と訴えています。

9日の長崎原爆の日でも同じ内容であり、さらに下記のように今度は比率を用いて説明しています。

「新規感染者人数だけを見ると感染拡大しているように見えるが、無症状の方も含めてPCR検査をしているためだ」「重症者化のリスクは1%、亡くなった方の8割は70歳以上」

どう説明すれば、人々は数字を見てくれるんだろうか、といった疲れた叫びのようなものを感じました。

そして、再度雇用、経済に向けて舵取りをする言葉に力がこもりました。

「4-6月のGDPはマイナス20%。リーマンショック以上のインパクトで雇用に影響する」

「感染をコントロールしながら、経済との両立を図るのが政府の方針である」

一方、専門家による発信も報道されています。東京都医師会は定例記者会見で「PCR検査拡充を」「介護分野で取り組んでいること」など主張していますが、これらの内容は、4月から変化がありません。新しいことはなく、自分達の取り組みをアピールしたり、意見を述べているだけです。なぜ、注目されて報道されるのかは不明です。誰もが記者会見をして思うことを主張できますので、医師会が存在を誇張するのが悪いとはいいませんが、バランスが欠けているように感じます。今は瀕死の運輸や旅行業界が、もっと存在感を示して、訴える会見をしてもよい段階ではないでしょうか。

私達は、「withコロナ」で新しいスタートを切っています。政府も経済を両立させる方針です。総理が述べているように、検査数が増えれば陽性者は増えるが、死亡者は増えない、さまざまな知見も蓄積されています。今は社員の陽性率を発表するかどうかと悩む段階ではありません。「一度発信すると決めたから変えられない」「反対意見を言いにくい」といった空気に流されていないでしょうか。状況は変わるのですから、方針も変えてもよいはずです。経済を再生し、雇用維持のため、力強く訴え、通常の情報発信活動に戻していってもよい時期ではないでしょうか。

【参考サイト】

安倍総理 8月6日 記者会見

https://www.youtube.com/watch?v=4vC6zaH2_lE

ANN NEWS 安倍総理8月9日記者会見

https://www.youtube.com/watch?v=-RismIVamkg

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長。社会構想大学院大学教授

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