アメリカ大使館が、ベラルーシから米市民は退避せよと勧告。高まる国境の緊張。EU/欧州に壁の復活か
8月21日、在ベラルーシ米国大使館は、米市民に対して、即座にベラルーシを退避すべきとの警告を出した。
米大使館の公式サイトの説明では、リトアニア政府は8月18日、ベラルーシとの2つの国境検問所を閉鎖したことを挙げた。現段階では、検問所は4つ開いている。
そして、リトアニア・ラトビア・ポーランドの政府は、ベラルーシとの国境検問所をさらに閉鎖する可能性があると述べている。
その上で「取るべき行動」として、「ベラルーシ在住の米国民は直ちに出国すべきである。 リトアニアとラトビアとの残りの国境検問所を経由するか、飛行機で発つことを検討してください。 米国国民はベラルーシから陸路でポーランドに入国することは許可されていない。 ロシアやウクライナには旅行しないでください」と警告している。
リトアニアの国境検問所は4カ所、ラトビアとは2カ所。この6つの検問所だけが今、陸路で西側の自由世界――欧州連合(EU)へ通じている扉である。
ポーランドへの陸路の入国は、極めて限定されている。アメリカ人や日本人ですら、原則としてベラルーシから入ることはできない。
◎参考記事(AFP時事):ベラルーシ人にはポーランドへ、たった一つだけ扉が開いている。ベラルーシからバスで隣国へ、抑圧逃れる最後の脱出経路
もし今リトアニアとラトビアが国境を閉じてしまったら、まるで冷戦時代の東西の壁が再現するかのように、東側のベラルーシから出られなくなってしまう。
ただ、西側は無理でも、ウクライナとロシアには行けるかもしれない。ベラルーシとウクライナの検問所は、いま、公式には全部で12カ所開いている(そのうち幾つかは、両国の国民しか利用できない)。ただ現実に通れるかどうかはわからない。
空路で脱出の可能性も残されているものの、陸路が閉ざされる事態になれば、どうなるかはまったくの未知数である。
増大するリトアニア人への不法行為
同じく8月21日、リトアニアは、ベラルーシに旅行しないように、国民に強く勧告した。ベラルーシ滞在のリトアニア人には、既に退避勧告は出ている。
意外に思えるかもしれないが、リトアニア・ラトビア・ポーランドの3国からベラルーシへは、ビザ無しで90日間なら入国できる。
しかし最近、ベラルーシに滞在している、あるいは訪問したリトアニア人に対して、ベラルーシ当局による「攻撃的、かつ挑発的な行動」が増えているのだという。シェンゲンビザ・ニュースが伝えた。
どのような行動かというと、リトアニア国民は、捏造された罪状によって不法勾留される危険性がある。さらに、国境検問所で、当局への協力を強制する脅迫や、心理的な圧力などを含む尋問を受けているという。これは、政府職員や公務員でも同様である。
リトアニア内務省の声明文は「国境での尋問中、スマート・デバイスが旅行者から奪われる。電話、コンピューター、連絡先、通信、その他の情報がチェックされ、それらは後に旅行者に対してだけでなく、旅行者の家族、親戚、知人に対しても使用される可能性がある」と述べたと報じられている。
厳戒態勢、でも(まだ)閉めない国境
ベラルーシと西側の隣国との関係が急速に悪化したのは、2020年のベラルーシ大統領選挙である。
ベラルーシ国民が、ルカシェンコ大統領が不正を用いて再選したと、全国で抗議行動と、反ルカシェンコのデモを起こしたのだ。
西側は、選挙結果を無効とし再選挙を求めたが、大統領は、デモを武力で鎮圧してしまった。
その後起こったのが、有名な移民危機である。
2021年6月、リトアニアやポーランドの国境前に、イラク(クルド人が多かった)やシリアからの難民が集中。リトアニア当局は、ベラルーシ当局が難民グループを組織し、リトアニア等を通じて欧州連合(EU)への入域を支援したことを非難した。
国際社会も、移民という人間を武器として使う非道な行為と、批判した。
翌7月、ベラルーシはリトアニアの外交官をたった1名に削減するよう、決定をくだした。翌8月には、リトアニアは国境を開放して、主要な反政府リーダーだけではなく、弾圧から逃れようとするベラルーシ人市民を受け入れた。
これらは、戦争が始まる前の2021年のことである。
そして今。リトアニアは厳戒態勢を敷いているが、それでもまだ国境を完全に閉めてはいない。ポーランドは既にベラルーシとの物理的な国境の障害物を建設していて、アメリカ人や日本人ですら陸路(と鉄道)で入国できないのとは対照的である。
それには、リトアニアとベラルーシの複雑な歴史が関係しているだろう。両国はまったく違う国、違う民族、違う宗教と思われているが、歴史上はそうとは言えない。
13世紀から18世紀にかけて、リトアニア大公国という大国があった。17世紀の版図は、現在のリトアニア + ベラルーシの国境線と、ほぼ同じだという。この国には、リトアニア人とルーシ人(ベラルーシ人とウクライナ人のルーツと言われる)がいた。
そのためリトアニアの首都ヴィリニュスは、両国が共有する国民的英雄の遺跡があるし、文学でもベラルーシ文学の発祥の地となっているという。
さらに言えば、このリトアニア大公国は、16世紀以降は、ポーランド王国と共通の君主をもつ連邦国家だった。実に大陸のものがたりである。
冷戦が終了した後は、完全にEUやNATOを向いた東欧・バルト3国は、ベラルーシとは異なる道を歩んだが、それでも文化的交流をはじめ、様々な交流を促進する努力がなされてきた。
しかし、今年1月18日リトアニア政府は、国境を越えた協力の原則に関してベラルーシと締結した協定を破棄した。 これは、2006年6月にヴィリニュスで両政府が署名した、隣り合う両国間の国境を越えた協力分野を定めた協定だったのだ。
東西の壁の復活か
アメリカが自国民に退避勧告を出した8月21日、リトアニア大統領国家安全保障顧問のケーストゥティス・ブドリス氏は、LRT(リトアニア国営放送)のインタビューに答え、両国の国境を完全に閉鎖する必要は現時点ではないと述べた。
「もちろん、それは準備されなければなりません。国境を閉鎖することで我が国の治安状況が大幅に改善されるのか、ベラルーシ政権への影響力の手段として機能するかどうかはともかく、今は必要ないと思います」
ベラルーシは、まだかろうじて、西側と首の皮一枚の半分でつながっている。ロシアと西側の間の緩衝的な地位を、ほんの少しだけ保っている。ロシアの唯一の同盟国と言われながらも、決して自国兵をウクライナに送らないベラルーシ。その国が完全にあちら側に行こうとしている。
アグネ・ビロタイテ内務大臣は、情報機関からしかるべき情報を受け取った場合、リトアニアはベラルーシとの国境を完全に閉鎖することができるが、これは他の近隣諸国と共同で行われるべきだと述べた。
同大臣によると、バルト三国とポーランドの大臣は8月下旬にワルシャワで会合し、ベラルーシとの国境を完全に閉鎖する必要がある場合の「地域決定」の仕組みについて話し合う予定だという。
「ここはEUと分ける境界でもあるということを忘れてはなりません。リトアニアだけの国境ではないのです。 だからこそ、そのような決定はすべて調整されなければなりません」とブドリス氏は述べた。
緊張が高まっているのは、ワグネルのせいでもある。
リトアニアとポーランドの指導者らは、ベラルーシには現在約4000人から4500人のワグネル兵士がおり、その一部は両国国境近くに駐留していると述べた。
リトアニア・ベラルーシ間の2つの国境検問所の閉鎖は、ワグネル兵士が入り込んでくる潜在的な脅威に対応して行われた。
◎参考記事:とうとう火薬庫に火がつくのか。ロシアの飛び地カリーニングラードとスヴァウキ回廊、リトアニアの列車問題
ポーランドでは、毎年恒例の「国軍の日」軍事パレードが8月15日に行われたが、前日の14日、同国内務省は、ロシア人スパイ二人を拘束したと発表。二人は公共の場所でビラ300枚を配布、そこに書かれたURLを見ると、ワグネルの勧誘につながったという。
「ワグネル・グループを支持する3000点以上のプロパガンダ物を所持していた。それはモスクワで彼らに渡されたものだ」と当局は説明、NATOに警告を発している。
同様のワグネルの脅威は、リトアニア等にももたらされている。
8月下旬に決められるという「地域決定の仕組み」についての話し合い。その場で、団結した国境閉鎖も同時に決まるかどうかはわからない。
でも、アメリカの自国民への警告を、決して軽んじてはいけないと思う。アメリカは絶対に報道されない何かを知っているはずだ。もし筆者がベラルーシにいるのなら、できるだけ早く、1週間以内には退去しようとするだろう。
8月下旬ではないにしても、必ず近いうちにEUの境界は閉鎖されるのだろう。かつて東西を分断した壁が、まるで復活するかのように。そしてヨーロッパ人は、ベラルーシとの最後の一つの扉を閉めていいのか、最後の瞬間まで苦悩するだろう。
「欧州に二度と壁をつくりたくない」という悲願で創設された欧州連合。また壁が、今度はその内と外を隔てる境界としてつくられるのだ。そしてそれは、NATOの壁であった。
NATOに守られないEUなど存在しえなかった――そんな簡単なことにほとんどのヨーロッパ人は無自覚で、EUのもたらす平和と繁栄と自由を享受してきたのだった。アメリカに守られてきた日本人と同じように。
外務省と在ベラルーシ日本大使館はどうしているか
この記事を書いている22日未明(日本時間)の時点では、外務省と在ベラルーシ日本大使館は、まだベラルーシ全土に退避勧告を出していない。
ウクライナとの国境周辺地域には「レベル4:退避勧告」が出ているが、ベラルーシ全土では「レベル3:渡航中止勧告」のままである。
(ただし「同国にて必要かつ急を要する用務等がない場合には、商用便による帰国の是非を検討されるようお願いします」と、出国を促してきた)。
緊張下にある国に滞在するなら、アメリカとフランスの自国民への警告は必見だと筆者は思っている。日本は、早々と危険の警告を出すが、近づく危機への対処は、これらの国のほうが先んじている。何千年も海に守られてきた日本人は、どうしても国境閉鎖の感覚に鈍いところがあると思う。
アフガニスタンの時もそうだったが、事態は突然急速に変わることがありうる。
◎参考記事:退避は、もうほぼ時間切れ。24ヵ国の自国民とアフガニスタン関係者らの避難状況は。日本との比較。
アメリカと日本では裾野が全然違うので、おそらくベラルーシにいるのはもう、大変限定されている日本人だけなのではないかとは思う。でも、心配だ。
アメリカ大使館の渡航者向けの忠告では、常にパスポートとヴィザは携帯しているように、米国政府の援助に頼らない緊急時対応計画を立てるように、等とのことだった。どうかお気をつけて。