Yahoo!ニュース

デュオというセッションを進化させた10年目の邂逅〜『After The Rain』評

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家
(写真:アフロ)

人気コミック「BLUE GIANT」で、主人公の宮本大が誰かの演奏に参加するのではなく、“自分のバンド”を組むことに固執するところが描かれ、興味深かった。

セリフにも、ジャズはロックと異なり、バンドを続けていくことで音を育てるというより、そのときそのときの“出逢い”を重視するという内容のやり取りがあって、なるほどとうなづく。

もちろん、バンドとしてのサウンドを追求するジャズも存在するし、一体化とは逆のベクトル(つまりバラバラ)で成立させるコンセプトのバンドもジャズならではと賞賛されたりする。

ジャズが“セッション"というスタイルの一期一会的合奏を重視してきた背景には、既得権益を守ろうとする体制が差別を生む温床であり、それに対する抵抗運動に通じるものがあったのではないかと推察している。

それはともかく、ジャズにおいてもバンド志向と呼べるプロジェクトは存在していたし、一期一会では表現できないサウンドをめざすという意味でセッション一辺倒ではなかったとも言える。

Double Rainbow『After The Rain』ジャケット写真(筆者撮影)
Double Rainbow『After The Rain』ジャケット写真(筆者撮影)

Double Rainbowの新作を聴いていたら、頭のなかでこんな“ジャズとバンド”についての論考がぐるぐると巡り始めてしまったのだが、それはやはり10年ぶりの新作『After The Rain』が、2人にとってどんな延長線のうえに築こうとしたサウンドなのかを、無意識に探り出そうとしながら耳を傾けたからだったのではないかと思う。

Double Rainbowは、海外を飛び回っていた宮本貴奈が拠点を日本に移す直前の2012年に、日本のライヴで出逢った小沼ようすけと意気投合して結成したピアノとギターのデュオ・ユニット。

小沼ようすけは1999年のギブソン・ジャズ・ギター・コンテストで優勝し、ジャム系バンド AQUAPITの活動でアンダーグラウンドシーンをザワつかせる一方で、2001年に“ジャズ・ギタリスト”としてメジャー・デビューを飾る。

2007年にリリースした6枚目のリーダー作『Beautiful Day』でサーフィンを軸とした自らのライフスタイルをサウンドに反映させ、以降も『Jam Ka』などで、オーソドックスな“ジャズ・ギター”の枠に捉われない活動を続けている。

2012年のDouble Rainbow結成は、そうした小沼ようすけの表現活動に変化のあった時期のエポックのひとつで、2013年にリリースされたDouble Rainbowの1作目『Voyage』も全編でアコースティック・ギターを奏でた演奏が収められている。

今回、『Voyage』を聴き直してみたのだけれど、カヴァー曲を除いてスケッチ的なオリジナル曲が多く、デュオとして描こうとする“景色”を小沼ようすけと宮本貴奈が絶妙なバランスで塗り分け、なるほど音楽的な意気投合とはこうやって“間合い”を取り合えることを言うのだなと改めて感心させられたりしていたのだが、実は巧者同士によるデュオ・ユニットの“見本”のようにも感じられて、お尻がムズムズしてしまったというのも正直なところ。

巧いんだけど、巧すぎるんだよね……、といったところかな。

それはつまり、“セッションでの成功例”のようなものじゃないだろうか、というところからイメージが暴走して冒頭の駄文につながっていったわけだけれど、一方で『After The Rain』は、もうまったくバンドと呼ぶしかないサウンドになっていて、10年という歳月で蓄積した2人のエントロピーが融合し反応しなければ生まれなかったのだろうなぁと驚いたり嬉しかったりしているわけなのだ。

結局、10年前のアルバム・リリースのあとは、2人ともほかの活動が忙しくなって、続編の計画もありながら継続が困難という状況に陥ってしまい、とてもバンドと呼べるような体制にはなれなかったわけだが、こうした中断期間が音楽活動に良くも悪くも影響するだろうと思っていたから、3年ぐらい毎年ツアー組むようなレギュラー活動を続けて、サード・アルバムないしはセカンド・アルバムとベスト盤を作って活動終了──なんてこともザラにある業界だし、そうならなくてよかったと思っている。

Double Rainbow再開のきっかけは、2021年10月に静岡・浜松で開催された第29回ヤマハジャズフェスティバル(の前日)で、ヤマハジャズフェスティバルのステージは宮本貴奈がトリオ編成で出演、途中から小沼ようすけがゲストで絡んでくるという趣向だった。ボクは現地で取材していたのだけれど、宮本貴奈の(弾き語りも含めた)多面的な活動を凝縮させたプログラムに圧倒され、Double Rainbowの共演歴がある小沼ようすけが現われていた認識はあったものの、Double Rainbowを意識することはなかったと記憶している。

しかし、そのときすでにDouble Rainbowの“第二幕”は始まっていて、公開収録というかたちで10年ぶりのDouble Rainbowの現在進行形が収録され、世界に発信されることになった。

アルバム・タイトルにもなっている「After The Rain」は、ジョン・コルトレーンの『Impressions』に収録されている美しいバラード。

当然、「“After The Rain”とかけて“Double Rainbow”ととく、そのこころは……」となるわけだけれど、“雨後の虹”をイメージさせる流れるような2人の連携は、“対峙するデュオ”でも“併走するデュオ”でもない、お互いがDNAの螺旋を生み出していくような“自然の摂理”を感じさせるものだと言ってしまうと、大げさだろうか……。

いや、その“自然さ”こそがこのデュオという“バンド”の拠って立つところであって、もしかしたらその機が熟すのに必要な10年だったのかもしれない──と思いながら、消えかけていく虹の余韻を楽しんでいる。

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

富澤えいちの最近の記事