デジタルで囲い込み着々 任天堂とソニーの戦略 ゲーム機の数だけで優劣論じるのが難しい時代
ソニーの家庭用ゲーム機「PS5 Pro」が今月7日に11万9980円で発売されるものの、どこまで売れるか未知数です。また任天堂も「ニンテンドースイッチ」が発売8年目に突入、年間出荷台数がここ3年減少する一方、後継機種の詳細はいまだに謎のまま。両社とも、ゲーム機をガンガン売る気がなさそうにも見え、モヤモヤする人もいるのではないでしょうか。
◇“勝者のイス” 昔は一つ 今は二つ
それはゲームビジネスの戦略が、従来と変わってきているからではないでしょうか。
両社の決算を追うと、ゲーム機の出荷台数は発表しつつも、ずいぶんゲーム機の利用率の割合の高さ……アクティブユーザーの数をアピールしていることに気づきます。任天堂は、ニンテンドースイッチの年間出荷数が減っているので理解できますが、PS5は2024年3月期に年間2000万台を突破。にもかかわらず、PS5は今がピークで、出荷数は今後下降線になることを経営陣が口にするほどです。
話は変わりますが20年前、ゲームビジネスの“勝者のイス”は一つのみでした。実際、任天堂は初代PSとPS2の勢いに圧倒され、ソニー(旧SCE、現SIE)も、ニンテンドーDSとWiiに押され、ゲーム機の出荷数が伸びなかった側は、業績が伸び悩みました。
ですが今は両者の業績は、高いレベルで維持しています。任天堂の売上高は、ニンテンドースイッチの年間出荷数のピーク(2021年3月期)から3年が経過した今でも1兆6000億円超の高水準をキープ。そしてソニーのゲーム事業も売上高(2024年3月期)が4兆円を突破しました。今のゲーム業界は“勝者のイス”が二つある感じです。
◇デジタルの収益で成長
では、なぜここまで両社の業績が伸びたのでしょうか。10年前との違いは、デジタル販売と、それに付随する有料のネットワークサービスの存在です。
任天堂のデジタル販売ですが、新型コロナウイルスのタイミングで急増し、その後も着実に伸びています。ダウンロード専用ソフト、追加コンテンツ、有料サービス「Nintendo Switch Online」などをまとめた「デジタル売上高」(2024年3月期)は、約4400億円。ゲーム専用機のソフト売上高に占める「デジタル売上高」の割合は50%を突破して過去最高となりました。
そしてソニーのゲーム事業のデジタル販売ですが、さらに強烈です。2024年3月期のソフト販売の売上高で、パッケージソフトの約1800億円に対し、デジタルソフトは約8500億円。そして追加コンテンツを指す「アドオンコンテンツ」だけで1兆円を突破。そして「プレイステーションプラス」などの「ネットワークサービス」のカテゴリーで5000億円以上を稼いでいます。
つまり、今のゲームビジネスには、ゲーム機、ソフト(デジタル含む)、追加コンテンツ、有料ネットワークサービス……複数の「柱」があることが分かります。するとゲーム機の売上の比重は相対的に低くなるわけです。
特に有料のネットワークサービスは、非常においしいところです。月額、年払いで、企業は安定収益が得られます。ゲームソフトのヒットは「水もの」ですから、経営面ではかなり助かるでしょう。
任天堂の有料サービス「Nintendo Switch Online」の会員数(2023年9月)は3800万以上。ソニーの有料サービス「PlayStation Plus」の会員数(2023年3月時点)は4740万人。ゲームに対して積極的に課金をしてくれるありがたいファンであり、巨大なコミュニティーで、両社のビジネスの生命線になりつつあります。
◇ソニーのゲーム事業 売上高は任天堂の2倍以上
このような流れになると、ゲーム機の累計出荷台数と、企業の売上高が必ずしも一致するとは限らないのも納得できるでしょう。
ニンテンドースイッチは累計出荷数が1億5000万台を突破し、複数のソフトが次々とヒットを飛ばしました。一方でPS5は、日本の視点で見ると、話題にはなってもスイッチのように爆発的に売れたイメージがないと思います。
しかし事実として、ソニーのゲーム事業(SIE)の売上高は4兆2000億円。任天堂の売上高は1兆6000億円なので、2倍以上の差があります。
ここから分かることは、ゲーム機の台数、日本市場のパッケージゲームの販売ランキングだけを切り取って、「任天堂は~」「ソニーは~」と言うのは、現実に合わなくなっていることです。もっと言えば、少子高齢化が進む日本市場で振るわなくても、海外市場の方が稼げる現実です。
もちろん、ゲーム機が売れることは、任天堂にとっても、ソニーにとっても、もちろんプラスです。そして日本市場ももちろん大事です。しかし、もうゲーム機を普及させるのは当たり前のことで、その先の話が重要になります。具体的には、世界中のユーザーを対象に歓心を買い、自社のサービスを利用してもらうことです。そこがないと高収益を望むのは難しいからです。
その観点に立つと、任天堂やソニーなどの大手ゲーム(エンタメ)会社が、なぜ近年映像コンテンツに力を入れているのかも、理解できるのではないでしょうか。ゲーム機の出荷数だけを追いかけると、映像ビジネスは「余計なこと」と思うかもしれませんが、そうではないのです。
◇ユーザーの囲い込み着々
さらにネットワークサービスの利点は、利用者のさまざまなデータを入手できることにもあります。ゲーム機の稼働率もそうですし、ソフトの購入者の性別や年齢、好み、どこまで遊んだかなども分かります。データに基づいた効率的なプロモーションもでき、期間限定の値下げも容易。そしてパッケージと違って「売り切れ」もなく、機会損失がありません。
いずれも昔のパッケージ販売が主体の時代には、十分にできなかったこと。任天堂もソニーも、デジタルでのユーザー囲い込みを着々と進めており、既に大規模な有料会員を獲得しています。そこにプラスして、ゲーム機やソフトの売り上げがあり、ソフトがヒットをすればさらに稼げる……という構図になっています。
もはやゲーム機の出荷台数だけを見て、両社の優劣を判断するのは難しいし、ゲーム機の投入タイミングを予想するのも大変。記事を書くメディアにとって困った時代なのです。
据え置き型のゲーム機と、携帯ゲーム機を統合したことで、巨額の売上高を失ったと思われたのに、現実はWiiやニンテンドーDSの全盛期に匹敵する高収益をたたき出した任天堂。そして10年前と比べて売上高を約4倍にしたソニーのゲーム事業。
両社が好調な業績を維持し、中長期的にさらなる成長を目指せるのか。今後の動きに注目です。