『SPY×FAMILY』の世界、“情報の力で国民を守る”公安調査庁にはどう見える?
マンガ・アニメともに注目を集めている『SPY×FAMILY』。昨夜に第2クールの1話目が放送され、SNSなどで大きな話題となった。
SPY×FAMILYのあらすじは国家のスパイであるロイド(暗号名:黄昏)、殺し屋のヨル(暗号名:いばら姫)、他人の心を読むことができる超能力者のアーニャがお互いの素性を隠したまま家族になるところから話が始まるが、現実のスパイはどんな存在なのだろうか?
今回は、日本の情報機関のひとつである公安調査庁の渉外広報調整室に、現実のスパイについてのお話を伺った。
■実際はけっこう地味な仕事が多い公安調査庁
――まず公安調査庁とはどんな組織なのでしょうか?
公共の安全に影響を及ぼすおそれのある国内外の諸情勢のほか、近年では経済安全保障やサイバーなどの新たな脅威についても、必要な調査を行って収集した情報を分析・評価し、官邸を始めとする関係機関に提供しています。
「情報の力で、国民を守る。」が、私たちのキャッチフレーズです。
――なんとなく「怖い組織」という印象があります。
名前が厳めしいので、そうしたイメージがあるかもしれません......。
ただ、実際は地味なデスクワークも多く、格闘などもやりません。
――そうなんですね!具体的にどういう仕事が多いのでしょうか?
情報収集がメインです。なかでも一番得意としているのは「人から話を聴くこと」です。
また、ネット上の情報や新聞、論文などから得られる公然情報(オープンソース)を活用したりすることもあります。
――今回はSPY×FAMILYの解説をお聞きしたいのですが、公安調査庁の方は実際の業務でスパイと関わることはあるのでしょうか?
「スパイ」という言葉はいろんな使われ方をするので、一般的なイメージと合っているかはわかりませんが、他国による情報収集活動のうち、我が国の公共の安全や安全保障に反するものは防ぐ必要があります。
近年では、我が国企業や大学等が保有する技術・データ・製品等の獲得に向けた他国の動きに関心が集まっています。
――「この件は調べるが、この件は調べない」といった基準はどうやって決められているのでしょうか?
「破壊活動防止法」や「団体規制法」といった法律に従い、政府の情報ニーズなども踏まえながら決定しています。
――初歩的な質問ですが、警察とはどう違うのでしょうか?
よく間違えられるのですが、公安調査庁は法務省の組織であり、警察庁とは組織が違います。
たとえば『名探偵コナン』の安室さんも「公安」と呼ばれていますが、あれは「警察の公安部門」で、我々とは別の組織ですね。
――同じ「公安」という名前で間違えがちですが、全然違う組織なんですね...!
あとは、公安調査庁は警察と違って逮捕権を持っていません。
拳銃のような武器や、緊急走行できるパトカーもありませんし、そこは大きく違いますね。
――仕事をするうえで危険な目にあうことはあるのでしょうか?
SPY×FAMILYほど危なくはないです(笑)
公安調査庁ができて70年ほど経ちますが、殉職した者はいません。
――国外情勢の調査も行うとのことですが、海外の公安の方とトラブルになったりしないのでしょうか?
我々が調査を行うのは基本的に国内ですし、あらゆるトラブルの可能性を排除できるよう事前に入念な準備を行ってから調査に当たっています。
――公安調査庁は全体で何名ぐらいなのでしょうか?
いまは1700名ぐらいです。東京・霞が関の公安調査庁のほか、全国各地に公安調査局・事務所があります。
――家族や友人に「公安調査庁で働いている」と言ってもいいのでしょうか?
特にルールはないですね。
私は家族に伝えていますが、なかには言っていない人もいます。公安調査庁にもいろんな仕事があるので、誰にどこまで言うかはその人の裁量によるところが大きいです。
■特殊マスクで別人になりすますことはない
――『SPY×FAMILY』は、スパイ・殺し屋・超能力者が、お互いの素性を知らないまま家族になるというお話ですが、実際これはありえるのでしょうか?
「身分を伏せて情報を聴く」ということは実際ありえます。
ただ、スパイ×ファミリーのように「完全に一緒に住んで、私生活の全てをささげて情報を得る」というのはちょっとないですね。
――身分を伏せるというのは具体的にはどのような......?
公務員として、法律に反しない範囲で行っています。
――SPY×FAMILYでは特殊マスクで別人になりすますシーンもあります。
特殊マスクを使っている人はいないと思います。
(スパイ×ファミリーの主人公の)黄昏とは違いますね。
――小道具などはいかがでしょうか。
うーん......ないですね! よく言われるのは「我々の武器は熱い心と冷静な知能だけ」という言葉です。
どの国でも、実際の情報機関は派手な仕事ではなく、地道な努力を積み重ねていると思います。
――情報を集めるまでにどれくらいの時間をかけるのでしょうか?
ケースバイケースですが知らない人にすぐになんでも話してくれる人は多くないので、関係者との信頼関係は必要です。
こちらの仕事を理解してもらって、お話を聞かせていただけるような信頼関係を構築するために、かなりの年月を要する場合もあるものと思います。
――普段は聞けない仕事内容がお聞きできて大変おもしろいです!
■公安調査庁の隠語はあるが教えられない
――スパイ作品あるあるに「暗号」がありますが、実際に業務で暗号を使うことはあるのでしょうか?
いまはデータの送信手段そのものがセキュアになっており、やり取り自体に暗号文を使うことはないですね。
ただ、私たちにしかわからない隠語や略語などはあります。
――たとえばどういう隠語があるのでしょうか?
うーん、お答えは遠慮します(笑)
――わかりました(笑) 調査対象者が使っている暗号を解読することもあるのでしょうか?
もし暗号が使われていたら解読に全力を尽くすとは思いますが、実際の業務は「いろんな情報を集めてきて、それを組み合わせたり過去の例と比べたりして分析をする」という方が近いです。
聞き込みが多いと言いましたが、同じことでも人によって話が違うことがありますよね。そういった断片的な情報を組み合わせて、事実をあぶり出していくというイメージです。
――SPY×FAMILYの主人公である黄昏は特殊なスパイ教育を受けていますが、公安調査庁ではどういった研修をされているのでしょうか?
公安調査庁研修所での研修のほか、先輩や上司について、実際の仕事を覚えていくといったいわゆるOJT(※オンザジョブトレーニング)での教育も行っています。
身につけるべきスキルでいくと、語学のほか、最近だとIT系の知識なども生かす機会が多いかもしれません。あとは信頼関係を築くための方法、情報の分析方法などですね。
――黄昏はスパイ組織の中でヒーロー的な扱いを受けていますが、実際にこういったヒーローのような存在の方はいるのでしょうか?
基本的には、組織として事前に入念な準備を行った上で業務に当たりますが、情報収集の現場では、最終的に個人個人の判断が重要になる場合もあります。
その中で、実績を残された先輩職員の中には組織内で尊敬を集める方もいます。
また、分析官として、関係官庁等からその能力を高く認められている方もいます。
――公安調査庁にはどうやったら入れるのでしょうか?
他省庁と同様、国家公務員採用試験に合格した方たちの中から採用します。
情報やインテリジェンスに関わりたいといった志望動機を持つ方も多いようです。
――黄昏はスパイのスカウトを受けますが、実際スカウトはあるのでしょうか?
語学能力等の専門知識・能力を有する人材等について、選考で採用することもあります。
――公安調査官に向いているのはどんな人ですか?
黄昏たちのような特殊能力を持っている必要はありません。公安調査庁では個々人がそれぞれの強みを生かして任務に当たっています。
あえて言えば、様々なことに対する好奇心、チャレンジ精神。また、情報収集の現場では、自分から様々な工夫をしていかないといけない部分もあるので、創造力や自分で考える力も大切です。
さらに、公安調査庁の仕事というのは、すぐに報われたり、成果がわかりやすく形になるものとは限りません。
「縁の下の力持ち」という立場であっても、モチベーションを維持できる人は向いていると思います。
「公共の安全を守るために役に立ちたい」という情熱があれば、様々な個性を生かして活躍できるのが公安調査庁の仕事です。
――なるほど。大変おもしろかったです。本日はありがとうございました!