Yahoo!ニュース

北朝鮮が警戒する「出稼ぎ労働者がロシアで新型コロナ集団感染」情報と「彼らの帰国」

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
ウラジオストクの町並み=2019年9月(写真:ロイター/アフロ)

「ロシア極東ウラジオストクやその周辺で、わが国の出稼ぎ労働者が多数、新型コロナウイルスに感染した」。こんな情報が中国やロシアに滞在する北朝鮮関係者の間に出回っている。PCR検査などによって感染が確認されたわけではないが、感染をうかがわせる症状のある人が少なくないと噂され、ウラジオストクにある北朝鮮の総領事館からも本国に通報されたという。

◇「新型コロナ感染? 現地で対応を」

 中国駐在の北朝鮮ビジネスマンが持つ情報によると、ロシア極東で新型コロナウイルスの感染が広がり、ウラジオストクなどに滞在する北朝鮮労働者の間で「ロシアでは十分な治療を施してもらえない」との懸念が広がった。労働者の中には「諸外国が実施したような政府チャーター機による帰国」を熱望する声も上がったそうだ。しかし、北朝鮮当局にはそうした余力はなく、現地の北朝鮮総領事館が拒否。すると、一時帰国を求める現地労働者の小規模な抗議行動まで起きたという。

 それでも、北朝鮮当局が「あくまでも現地対応」とする指示を変更することはなく、結果的に新型コロナウイルス感染の症状を示す労働者が数十人単位で発生、うち数人が重症化して死亡したという。

 ウラジオストクを中心とする沿海地方の人口は191万人ほど(2018年推計)。日本の在ウラジオストク総領事館によると、7月2日時点で感染者4458人で、うち48人が死亡している。ロシア全体では、世界保健機関(WHO)によると、感染者68万1251人、死亡1万161人(ともに同月5日現在)と感染拡大が止まらない状況が続く。

 北朝鮮労働者に新型コロナウイルスの検査が施されたとの情報はなく、北朝鮮の総領事館も現地滞在者の感染状況を把握しているか不明だ。

 北朝鮮労働者の感染はロシア以外の国でも発生している恐れがある。「国家間の往来が正常化されたあと、ウラジオストクなどの労働者が大挙して帰国する事態を、当局は強く警戒している」(中国在住の北朝鮮ビジネスマン)そうだ。

◇「制裁による撤収」は完了せず

 北朝鮮は枯渇する外貨を稼ぐため、多数の労働者を海外に派遣してきた。

 かつて筆者が取材した北朝鮮指導部に近い関係者によると、労働者派遣は▽朝鮮人民軍兵士を数百人単位で建設作業員に仕立て上げてロシアやモンゴル、中東諸国に派遣する▽中国や東南アジアにある北朝鮮食堂の従業員として若い女性を数十人単位で送る――というのが主流だった。ほかにも台湾にIT関連の労働者▽アフリカ諸国に医師――らを派遣する例もあった。

 朝鮮労働党の内部資料(13年8月1日付)によると、金正恩第1書記(当時)はこんな指示を出していた。

「外貨稼ぎの基地をしっかり作り、(外貨の)発生源を積極的に見つけ出せ」

「より多くの外貨を稼ぎ、地方産業工場の生産を正常化させ、人民生活を向上させることに使うべきだ」

 これを受け、2012年後半ごろから党や内閣などの機関で人材派遣による外貨獲得の動きが活発化していた。

 一方、受け入れ側も北朝鮮労働者を歓迎し、特にロシアは積極的に受け入れてきた。沿海地方が豆満江を隔てて北朝鮮咸鏡北道と接している関係で、沿海地方にとって北朝鮮は労働力の供給源となり、多くの北朝鮮労働者が土木工事や林業などに従事してきた。

 日本の総領事館によると、2012年にアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議がウラジオストクのルースキー島で開催されるにあたり、関連インフラ建設のため北朝鮮労働者300人以上が駆り出されたこともあったという。

 北朝鮮は相次ぐ核・ミサイル実験によって厳しい制裁を受け、海外で約10万人とされた労働者も昨年12月までに本国に送還するよう求められた。一方で今年1月下旬の段階で、ロシア滞在の労働者が約1000人いることが判明。またロシアは、北朝鮮労働者に観光ビザや就学ビザでの入国を認める例を大幅に増やしたとされ、北朝鮮労働者は目的を偽って外貨稼ぎを継続している疑いも出ていた。

◇党会議で感染症対策引き締め

 朝鮮労働党は7月2日、「新型コロナウイルス防疫のための6カ月間の活動総括と国家非常防疫活動の強化」などを議題に、党政治局拡大会議を党本部庁舎で開いた。

 金正恩党委員長は半年間の防疫活動を分析し、「世界的な危機の中でもウイルスの国内侵入を徹底的に防御し、安定した防疫態勢を維持している」と評価したうえで「誇らしい成果である」と自賛した。

 一方、周辺国の状況について「再感染・再拡散が続いており、その危険性が解消される展望が不確実な状況」との認識を示し、「防疫で慢心したり気を緩めてはならない」と訓示した。

 そのうえで「伝染病流入の危険性が完全になくなるまで非常防疫活動を強化しなければならない」と最大限の警戒を指示した。

 公開された写真によると、参加者全員がマスクをしていなかった。北朝鮮はこれまで新型コロナウイルスによる感染者はゼロと主張している。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

西岡省二の最近の記事