オートバイのあれこれ『全米ロードレースを制したカワサキ・2ストトリプル』
全国1,000万人のバイクファンへ送るこのコーナー。
今日は『全米ロードレースを制したカワサキ・2ストトリプル』をテーマにお話ししようと思います。
カワサキにはかつて、「グリーンモンスター」と畏(おそ)れられたレーシングマシンがありました。
『H2R』。
H2Rとは、今も高い人気を誇る絶版モデル『750SS マッハⅣ』のエンジンを使った市販レーシングマシンです。
750SSの空冷2ストローク3気筒エンジンをレース用にチューニングし、『H1R』(『500SSマッハⅢ』ベースの市販レーサー)の車体へ搭載されていました。
ハイスピード時に車体の浮き上がりを防ぐため、カウルにスタビライザーが装備されるなど、川崎重工の航空機開発ノウハウが織り込まれていたのもポイントです。
カワサキのワークスレーサーとしては1972年(昭和47年)からレースを走るようになり、オンタリオ200マイルロードレースにて初勝利を挙げ、その後73年には全9戦中5勝という圧倒的な戦績でAMAロードレース選手権(全米選手権)の年間チャンピオンを獲得しました。
デビュー3年目の74年には、デイトナ200マイルレースやFIM(国際モーターサイクリズム連盟)がWGPとは別に創設した『フォーミュラ750』、そして日本国内のロードレース等、ますます活躍の場を増やしていきます。
しかしこの頃になると、水冷エンジンを搭載したヤマハの『TZ750』などが現れ始め、空冷のH2Rは勝つことがだんだん難しくなっていきました。
ライバルが急激に進化するなかで、カワサキもH2Rばかりに頼っていられなくなり、とうとう後継マシンとして水冷エンジンを搭載した『KR750』を開発。
KR750にバトンを託す形で、H2Rは74年を最後にワークスレーサーを引退したのでした。
画像引用元:川崎重工