炭鉱で栄えた海岸の駅で過ごした夏の朝の想い出 根室本線 尺別信号場【後編】(北海道釧路市音別町)
平成31(2019)年3月16日に廃止されて信号場となった根室本線 尺別駅。前編では駅の歴史と現在の様子をお届けした。後編では現役最末期の平成30(2018)年8月20日に撮影した写真を元に当時の様子を振り返ってみたい。
丈の高い草が繁る駅前の様子は駅があった頃も今も変わらない。廃屋の数は少し減ったように思うが、倒壊したか解体されて片付けられたのだろう。駅舎自体は廃止後も大きく変わった点は少なく、目に見える変化としては駅名が取り外されて窓が塞がれたくらいなものだろう。
片流れ屋根の駅舎を跨線橋の上から撮ったこの写真は、跨線橋が撤去された今となっては二度と撮れない写真になってしまった。生い茂った草のせいで駅前からだと海はよく見えないが、跨線橋に上ると駅前の草原の向こうに水平線が見えた。
東の海から朝日が昇り、駅を明るく照らす。何気に撮った一枚一枚が二度と撮れない光景ばかりだ。駅名標の右隣に記された直別駅も尺別駅と同時に廃止されている。
5年前の夏の朝、筆者がなぜこの駅で日の出を見ていたかというと、いわゆる「駅寝」をしていたからだ。あまり褒められたことではないが、大学一年から二年にかけて旅行中の宿泊費を節約しつながら一つでも多くの駅を降りるため、筆者はいくつかの駅で駅寝をした。尺別駅はそんな駅の一つだが、この駅で見た日の出の美しさは今でも忘れることができない。
尺別駅のホームは相対式2面2線。上下の線路の間には広い空間があり、この駅が栄えていた頃にはこの間にももう一本線路が敷かれていたのだろうと推測できる。廃止になってしまうような駅だと、大抵の場合利用者が元々多くないので、ホームには上屋がないことが多いのだが、尺別駅の場合は炭鉱で栄えていた駅ということもあってか、ホームにもしっかりとした上屋があった。駅裏にもかつては側線があったはずだが、元の草原に還ってしまって痕跡を探すことは難しい。
駅のかつての繁栄を示すかのように待合室も広めで、内部には12人が座れるだけのプラベンチが設置されていた。ベンチは比較的新しいものだが、利用者も少なくなったこの駅で、果たしてベンチが埋まることがあったのだろうか。壁には尺別鉄道や炭鉱についてのプリントが貼られていたが、書籍やホームページなどからのコピーで、おそらく著作権者の許可もJRの許可も得てなかったのではないかと思われる。
この日、駅近くの海岸では早朝にも関わらず何人かの釣り人が釣竿を構えていた。この光景は駅が無くなった今でもあまり変わらないに違いない。
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