建設費?中国人?いえ、新築マンションを値上がりさせたのはミレニアル世代のスマート錬金術
新築マンションの価格が上がっている。その理由について、いろいろなことが言われているのだが、販売の現場を実地に取材していると、首をかしげるものが多い。それよりも、ミレニアル世代と呼ばれる30代、40代のマンション購入法が価格上昇に大きな影響を及ぼしていると考えられるのだが、その説明を行う前に……。
今あげられている「価格上昇の理由」を検証したい。
まず、「建設費が上がったので、マンション価格が上昇している」という説について、具体的な数字をあげてみよう。
鉄筋コンクリート造のマンション建設費(資材費含む)は、現在坪あたり100万円強。10年前、建設費が安かった時代から比べると1.5倍ほどになっている。
値上がり幅は大きいのだが、それが都心マンションの大幅値上がりにつながったといえるのだろうか。
建設費が安かったとされる2012年、東京23区内の新築マンション平均価格は5283万円だった。これに対し、2022年は23区内で8236万円まで上がった(すべて、不動産経済研究所調べ)。
23区内の新築マンション平均価格はこの10年間で、3000万円弱上がったことになる。これに対し、都心マンション1戸あたりの平均建設費は10年間でおおよそ1400万円から2000万円になった。1戸あたり約600万円の上昇だ。
3000万円ほど値上がりしたうち、600万円は建設費の上昇が及ぼしたもの。つまり、マンション価格が上昇した一部(5分の1程度)は建設費が上がったためと考えられるのだが、値段が上がった責任の多くを建設費上昇のせいにするのは無理がある。
中国人は高くなった新築より、安い築古の中古を好む
中国人がマンションを爆買いするために、価格が上がった、というのもよく聞く説明だ。しかし、新築マンションの販売現場で中国人購入者が増えた、という話はない。特に、中国本土からの購入は皆無に等しい。
以前、ある週刊誌が完成したばかりの都心超高層マンション1棟の登記簿を調べたところ、中国籍の所有者は1人もいなかったと報告されたこともある。
そもそも、中国本土の人は高額化した新築マンションを好まない。狙うのは値段の安い物件で、建物が老朽化した中古マンションも積極的に購入する。日本人が手を出さない物件を安く買うのが、特徴的な購入法だ。
主に格安の中古マンションを狙うため、新築マンションの価格上昇に中国人が影響していることはない。
つまり、建設費の上昇も、中国人のマンション購入も、新築マンションの価格が上がったことの説明としては無理がある。にもかかわらず、「マンション価格上昇は、建設費が上がったため」「中国人が爆買いするため」との説明が多く用いられるのは、それで多くの人が納得するからだろう。簡潔に話すことができ、話がまとまるので、都合がよいわけだ。
では、販売の現場を歩き、実感したし、納得できる「マンション価格上昇の理由」とは何か。じつは、気になる動きがある。
それは「マンションを買えば儲かる」という現代の錬金術がミレニアル世代と呼ばれる30代、40代に広まっていることだ。
新築マンション価格が上がるのは、いつも「買えば儲かるとき」
これまで、40年近くマンションの取材を続ける中、何度か「マンションが飛ぶように売れて、価格が大きく上がった時期」があった。
●モデルルームを見るために3時間待たされ、しかも3つあるモデルルームのうち見学できるのは1つだけ……。
●販売センターで配られるパンフレットが品切れになり、A4サイズのモノクロコピー10枚ほどをホッチキスで留めたものが渡された……。
●抽選販売なので慌てる必要はないのに、申込みする人が夜明け前から並んで待っていた……。
いずれも、過去に経験した「マンションが飛ぶように売れた時期」のエピソードだ。現在も、最終段階に入った「HARUMI FLAG」の選手村マンションで、びっくりするような高倍率の抽選が生じるなど一部マンションに同様の現象が起きている。
飛ぶように売れる新築物件が出ると、新築マンションの値上がりが生じる。
では、どんなときに「マンションが飛ぶように売れる」状況が生まれるのか。
その理由は、いつも決まっている。
「今買えば、儲かる」という物件が出て、それを狙う人が増えるときだ。
本当に儲かるので、自分で買う
「今買っておけば、3年後に間違いなく3000万円儲かる」
そんな投資話を勧められても、普通は簡単に信じない。「そんなに儲かるなら、アンタが買え」である。
じつは、今、新築マンションでは「アンタが買え」を実践している人が多いのだ。
2010年から12年にかけて、都心の新築マンションを買った人は、2015年頃に中古で売ると、買ったときよりも2000万円以上高くなる事態が多発した。都心マンションであれば、まず間違いなく値上がりしたのである。
マイホームとして使っていた住居を売却して利益が出た場合、3000万円までは税金がかからない(3000万円特別控除)ため、利益がほとんど手元に残る。
大いに儲けた人はもう一度新築マンションを買った。
そのなかには、儲けた成果をブログ等で披露する人もいるので、「儲かるマンションを買え」の教えが、この数年で30代を中心にするミレニアル世代の間で急速に広まった。夫婦共働きで、まだ子供がいない世代、そして情報をフルに活用する人が多い世代である。
そういえば、自分のまわりでもマンションを繰り返し買う人がいる、と思い当たるフシがある人も多いのではないか。
子供がいない共働き世帯であれば、短期間でマイホームを売却し、転居しても面倒が少ない。家の中にモノが少ないミニマリストであれば、なおさら転居が苦にならない。短期間でマンションを売り、次を買うという行動がしやすいのだ。
そのミレニアル世代は、ネットで得た情報で、値上がりしやすい新築マンションの条件を学ぶ。物件探しもスマートなのだ。
そんな購入者が増えた結果、都心立地のマンションや凖都心、近郊外の駅前再開発マンションばかりが人気を集め、価格が大幅に上がるという現象が生じた。
首都圏の場合、郊外のマンションは価格が落ち着いたままなのに、平均価格がバブル期を超えるほどに上昇したのは、一部の「値上がり間違いなし」の物件が価格を上げたからだ。
価格が大きく上がれば、その他の世代、たとえばすでに一戸建てを所有しているシニア世代もマンションを1つ買っておこうか、と考える。人気が広がり、価格はさらに上昇した。
この現象は地方都市でも起き、中心部や再開発エリアに建つマンションは価格が上がっても勢いよく売れてしまう。
つまり、「今買えば、儲かる」と考えられるマンションに購入者が殺到したから、全体の平均価格が上がり続けたのである。
都心マンションでは、マネーゲームの様相も
「今買えば、儲かる」と考えられるマンションに購入者が殺到……そう書くと、転売目的の購入者が増えた、と思われがちだ。しかし、その解釈は短絡的で、実情に即していない。
もし、都心マンションを購入し、未入居のまま転売したら、どうなるか。
高く売れた分(利益)に対して税金が発生してしまう。7000万円で新築購入した住戸を未入居のまま1億円で転売すれば、利益はざっと3000万円。しかし、所得税や地方税で手元に残る額は半減する人が多くなる。
その税金を払わないで済ますため、すぐに転売せず、とりあえずマイホームとして住む。前述した「3000万円特別控除」を活用するのである。
3年から5年住むことで、最新マンションの快適な暮らしを満喫できる、という楽しみもある。その間、住宅ローンの返済が生じるが、変動ならば、金利はゼロに近い。管理費と修繕積立金は“家賃”と割り切り、中古で売却すれば投じたお金が丸ごと戻ってくるどころか、増えて戻る。そして、「3000万円特別控除」で、3000万円までの利益には税金がかからない。
つまり、「すぐに転売する」ではなく、「数年、新しいマンションの生活を楽しんだら、びっくりするくらい高く売れちゃった」状態なのだ。なんとも、うまい話である。
もちろん、「高く売れる」という予想が的中しただけの話。予想が外れれば損をした、という意味では投資の一種となる。しかし、この数年、都心マンションや再開発マンションで予想が外れることがなかった。
結果として、新築マンションを購入した後3年とか5年で売却し、次の新築マンションを買う、という動きが加速した。
1つめのマンションを購入・売却することで2000万円とか3000万円の儲けが出た。次のマンションでも同じようにして、さらに次も……新築マンションの価格が上がり続けたことで、マネーゲームの様相も生じた。
このことは今まで明らかにされたことはなかったため、価格上昇は中国人が爆買いしているだけとか、建設費が上がったため、と思っていた人が多いだろう。
しかし、都心マンションが価格上昇している間に、簡単に3000万円儲けている人たちがいた、と聞けば心中穏やかではいられないのではないか。だったら……と財布と印鑑を持ってマンションの販売センターに向かう人も出てきそうだ。しかし、今から動いても、果たして儲かるかどうか。
それについては、続編新築マンション錬金術、「今買えばスマートに3000万円儲かる」はまだ通用するのかで書かせていただいた。