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30歳から明らかなジェンダー格差に直面。だから脚本家として、つねに女性の役を多く作ると意識する

斉藤博昭映画ジャーナリスト
俳優業も経て『夜明けまでバス停で』のオリジナル脚本を手がけた梶原阿貴。撮影:筆者

一本の映画が観た人の人生を変えることもある。もっと言えば、社会全体を変える可能性だってある。

現実的に映画がそのようなパワーを秘めているかどうかを問われれば、素直に「イエス」と答えるのは難しい。しかし観た人の心に、うっすらとでも刻印された何かが、いつの日かその人の生きる指針になるかもしれない。それが何人もの心に起こり、さざ波が静かに広がることも……。

脚本家の梶原阿貴も、その可能性を信じている。1990年、映画『櫻の園』で俳優としての活動をスタートさせた彼女は、脚本の仕事も手がけるようになり、2007年の「名探偵コナン」や、2008年の「ゴルゴ13」といったTVアニメを経て、ドラマ、映画で脚本家としてのキャリアを重ねてきた。その梶原のオリジナル脚本による新作が、現在公開中の『夜明けまでバス停で』だ。

タイトルからわかるとおり、2020年の11月、東京・幡ヶ谷のバス停で起こった、ホームレス女性の殺害事件が題材になっている。しかし、この作品、実際の事件や被害者を克明に再現したわけではない。事件はあくまでも、モチーフ。もちろん、あの夜の事件へと導かれるスリリングな展開もあるのだが、主人公の運命には温かなヒューマンドラマの要素も盛り込まれる。そこに現在の日本の状況ーーコロナによる非正規労働者の解雇、貧困、外国人労働者、ジェンダーなどーーを投影しながら描き、さまざまな社会問題が浮き上がってくる。

住む場所を失った主人公は東京の街を放浪する(『夜明けまでバス停で』より)
住む場所を失った主人公は東京の街を放浪する(『夜明けまでバス停で』より)

作品の中でもひときわインパクトとして残る要素に、ジェンダーの問題がある。

「やはり女性ライターとして、作品に女性キャラクターを多く登場させることは意識しています。特に中高年以降の女優さんを多く起用するというのは、チャンスがあればつねに試みています。男性の俳優の場合は、中高年世代でも、たとえばドラマの『半沢直樹』、あるいは時代劇のように、出演のチャンスに恵まれていますが、女優、とくに中高年世代は明らかに出番が減っているからです。私は俳優時代、若い頃は学園モノなど出演の機会がたくさんあったのですが、30歳を過ぎると仕事が激減しました。その現実を実感し、憤りを感じることもあったので、脚本家になれば、女性の出番を増やすことができると考えたのです。今回も含め、キャラクターは男女半々、むしろ女性を多く出すことを意識するようになりました」

『夜明けまでバス停で』の主人公、北林三知子は居酒屋のアルバイト店員だが、コロナの影響で店の売上が激減。突然の解雇を言い渡される。その居酒屋での女性従業員たちの関係が、物語でも重要なウェイトを占めている。このあたりに脚本家としての梶原の意図は明確だ。

「居酒屋のシークエンスでは、中高年で非正規雇用の女性たち、一方でリストラに遭わずに残っていける若い子という構図で、現実を描こうとしました。ああいった居酒屋では、裏の仕事をやらされるのは、非正規雇用の中高年が多いと感じていましたから。そこから生まれる、シスターフッド的な女性たちの連帯。それがこの作品では重要になりましたね」

深田晃司監督らで構成される「表現の現場調査団」の今年8月24日の報告によると、日本アカデミー賞の受賞者のうち男性の比率は94.5%。その数字が象徴するように、明らかにアンバランスな歴史がある。2000〜2020年に劇場公開された「興収10億円以上の邦画」では女性監督の作品がわずか3.1%。2019〜2020年、劇場公開の邦画全体では、脚本家や編集者ですら、女性の割合は20%前後だ(Japan Film Projectの調査)。その現状に対し、脚本家としての梶原の意思は至極、真っ当である。

主人公の三知子(中央)は居酒屋での仕事で同僚たちとの絆を深め、それが映画の重要なキーポイントになっていく(『夜明けまでバス停で』より)
主人公の三知子(中央)は居酒屋での仕事で同僚たちとの絆を深め、それが映画の重要なキーポイントになっていく(『夜明けまでバス停で』より)

映画『夜明けまでバス停で』は、高橋伴明監督と綿密な打ち合わせを重ねながら脚本作りを進め、結果的に「ほぼ一語一句、脚本に書いたまま撮ってもらった」という。幡ヶ谷バス停の事件そのものだけではなく、そこに至る社会の矛盾、不合理が、映画を観る人の心をざわめかせるわけだが、そんな梶原のアプローチに、理想となる世界的巨匠がいる。

「いつか日本のケン・ローチになるという野望があります(笑)。日本には有能な監督がいっぱいいますから、自分で撮るよりも、監督は誰かに任せたいですが……。ケン・ローチは、イギリスの底辺の人たちの現実を説教臭くなく描き、社会的テーマをエンタメに昇華させる力を持っています。そういう作品を脚本家としてめざしていきたいですね」

映画のパワーを信じるーー。

そんな梶原阿貴にとって、人生を変えた映画をひとつ挙げてもらった。

「一人の観客として衝撃を受けたのは、森崎東監督の『生きてるうちが花なのよ、死んだらそれまでよ党宣言』(1985年)でしょうか。公開時は子供だったので、20代の半ばに特集上映で観ました。その頃、いろいろとうまくいかなくて、くさくさしていたのですが、これを観て『なにくそ、生きてやる!』と思えたのです。映画館を出た後、自分が(主演の)倍賞美津子になった気分で、肩で風を切るように横断歩道をスキップで渡った記憶があります」

何かにぶち当たって、先が見えなくなった時、もしかしたら一本の映画に救われることもあるかもしれない。『夜明けまでバス停で』は、そのような可能性を持つ作品なのか? 脚本家・梶原阿貴が込めた思いは、意外なかたちで、しかし真っ直ぐに観る人に届くことだろう。

(『夜明けまでバス停で』より)
(『夜明けまでバス停で』より)

『夜明けまでバス停で』

新宿K’s Cinema、池袋シネマ・ロサなどで公開中。ほか全国順次公開

配給:渋谷プロダクション

(c) 2022「夜明けまでバス停で」製作委員会

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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