英EU離脱協議、ノーディールの公算高まる(下)
ノーディールの見通しをめぐっては、ロンドンの金融街(シティ)にある大和キャピタル・マーケッツ・ヨーロッパのエコノミスト、ダーシーニ・デービッド氏も7月24日の顧客向けリポートで、「EU(欧州連合)は離脱方針白書に対し、4つの自由のうち、どれかだけを選ぶというようなつまみ食いは認めない方針なので、人の移動の自由だけを認めない離脱方針白書を修正する考えはない。従ってイエスかノーかの選択となり、ノーディールになる可能性がある。一方、テリーザ・メイ英首相は離脱強硬派の反対が強いことを考えると、これ以上譲歩し修正する余地はないことは確かだ」と指摘する。
その上で、デービッド氏は、「EUのブレグジット首席交渉官であるミシェル・バルニエ氏は協議の最大の問題は北アイルランド国境問題としていることから、EUとの唯一のディールは北アイルランドだけがEU単一市場に残る一方で、英国は単一市場を去るが、EU関税同盟には残るという案だ」と推測する。
一方、英紙フィナンシャル・タイムズのチーフ・コメンテーター、マーチン・ウォルフ氏は7月30日付コラムで、「メイ首相が白書よりももっとEUに譲歩した内容のソフトブレグジット(穏健離脱)で合意する可能性が最も高い」とみる。しかし、その場合でも「英国議会がその合意にノーと言えば、クリフエッジ(即時離脱)となる。解散総選挙になる可能性もあるが、仮に英国で新政権が誕生したとしてもEUは一度決まった合意を再協議しないので、結局、北アイルランドだけがEUに残留し、他の英国地域はEUとは遠い関係になるという選択肢を要求してくるだろう。しかし、この要求は英政府には受け入れられない」とし、結局、ノーディールに終わる可能性が高いと指摘する。
また、イングランド銀行(英中銀)のマーク・カーニー総裁も8月3日、英放送局BBCのラジオ番組のインタビューで、「英国は不快に感じるほどのノーディールの高リスクに直面している」と述べている。この発言でポンドが対ドルで1.3ドルを割り込み、11カ月ぶり安値まで急落。今もポンド安の後遺症が続いている。一方、ノーディールで最も打撃を受けるロンドンの金融街(シティ)では、バルニエ氏の離脱方針白書の拒否発言を受けて、英国の金融行為監督機構(FCA)のナウシカ・デルファス常務理事(国際担当)も7月19日の講演会でノーディールの事態を想定した対応策の策定に着手したことを明らかにしている。
しかし、ノーディールとなっても英国の金融界への影響は軽微という見方もある。英中銀のサム・ウッズ副総裁は7月25日の米経済通信社ブルームバーグのインタビューで、英国に拠点を持つ銀行や保険会社などの金融機関がEU離脱でスタッフを欧州に移籍する規模について、「当初、5000人~1万人の移籍が起こると予想していたが、実際には5000人か、それをやや下回ると思う」と述べ、想定より影響は軽微で、仮にロンドンの金融街(シティ)から5000人流出したとしても金融界全体のわずか0.5%以下だという。また、カーニー総裁も7月17日、議会の公聴会で、「ノーディールになれば英国よりもEUの金融システムの方が酷い目に遭う。英国はEUの金庫番として金融サービスを提供しているので、間違いなく、欧州の資本市場の担保能力が低下し崩壊状態となり、しばらくは適応できないだろう」と警告している。一方、政府はノーディールとなっても離脱後、EUで製造された医薬品と自動車部品、化学品だけはこれまで通り遅延なく円滑に輸入できるようにするための準備に入った。離脱協議は交渉期限の10月EUサミットに向け正念場を迎える。(了)