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大阪府交野市の行動派市長が目玉公約で行動力発揮せず

幸田泉ジャーナリスト、作家
小中一体型「交野みらい学園」の建設予定地=2023年1月26日、筆者撮影

 「市の財源にする」と市長室の机や椅子をオークションサイトに出品してニュースになった大阪府交野市の山本景市長。大阪府議の時には女子中学生らとLINEでグループを作ってトラブルになり、頭を丸坊主にして謝罪の意を示したり、交野市議の時には地元の保育園に関する配布ビラが名誉棄損で訴えられるなど、悪目立ちする人物でもある。一方で、常識の枠にとらわれない行動力には定評があり、昨秋、念願の交野市長の座を射止めた。

 その山本市長の選挙公約の目玉だったのが、小中学校統廃合計画の見直しだ。市長に就任早々、机と椅子は売却したものの、肝心の小中学校統廃合の方は計画の進行を中止しないまま半年が過ぎた。山本市長に期待していた市民からは「がっかりした。あの公約があったから、頑張って選挙を手伝ったのに」との声が漏れる。

市民運動の力で市長に当選

 2022年9月の市長選で、山本景市長は3期目を目指す現職の黒田実・前市長を、1万5816票対1万4895票の921票差で破って当選した。黒田前市長は自民党、立憲民主党、公明党、国民民主党の推薦を受ける一方、山本市長は政党の公認や推薦はない無所属。この選挙の3カ月前に東京都の杉並区長選挙で、市民団体が擁立した女性候補が現職に勝利しており、山本市長の誕生は「市民派首長」時代の到来かと注目を集めた。

 山本市長の選挙を支えたのは、小中学校の統廃合計画の見直しを求める市民たちだった。交野市は黒田市政下の2019年2月「学校規模適正化基本計画」を作成して、市立交野小学校、市立長宝寺小学校、市立第1中学校を統合して義務教育学校「交野みらい学園」とする方針を決定。児童・生徒数が1000人を超えるマンモス校になり、グラウンドが狭くプールもないことなどから、保護者や元教員らを中心に反対運動が起こった。

 当時、交野市議だった山本市長も小中一体型の整備に反対の立場で、2020年12月、松村紘子市議とともに計画の賛否を問う住民投票の実施を求めて条例案を議員提案。交野市議会がこれを否決したため、翌年春には市民が住民投票条例の制定を求める「直接請求署名運動」に発展した。条例提案に必要な署名の法定数(有権者の50分の1)である約1300筆を大きく超える約7200筆の署名が集まったが、交野市議会はこれも否決した。

 山本市長は2018年の市長選にも出馬しているが、この時は現職の黒田前市長に惨敗。2022年9月の市長選で山本市長は、小中一体型ではなく、小学校二つの統合にとどめ、中学校は統合しない計画変更を公約に掲げた。この公約を受けて、直接請求署名運動を行った市民らが山本市長を応援し、市長の座につけたのだ。

公約に反する「修正案」を提示

住民説明会の山本景・交野市長=2023年1月29日、大阪府交野市で、筆者撮影
住民説明会の山本景・交野市長=2023年1月29日、大阪府交野市で、筆者撮影

 市長就任から半年、山本市長が「交野みらい学園」の計画を抜本的に見直す様子はない。今年1月、市議らに市政案件を説明する協議会の場で、山本市長は、「隣接地を活用して現計画より広いグラウンドを確保する」「室内温水プールを整備してバスで移動できるようにする」という新たな提案を行った。つまり、小中一体型の整備計画は変更せず、グラウンド拡張と新たなプール整備を追加するというものだ。

 1月末に山本市長がこの案を示した住民説明会では、「小中一体型を見直さないのか」と住民側から反発が出た。

 交野みらい学園は市立交野小学校の敷地に建設予定で、現在、交野小は校舎が取り壊されて更地になり、長宝寺小に仮設校舎を建てて2校分の児童を収容している。黒田前市長時代に、校舎の取り壊し、新校舎の設計、建設までセットで事業者と契約が済んでおり、山本市長は「設計をやり直すと違約金を支払う必要が出てくる」と説明。

 市民から「市長は考えを変えたのか」と問い詰められると、「今でも小学校と中学校は別々の方がいいと思っている。心変わりと言われるのは心外」と気色ばみ、「計画変更には市議会の議決が必要だが、議員が考えを変えてくれず、やむを得ない」と議会の壁に言及した。

計画変更できないのは議会のせい?

 交野市議会の議長を除く13議員のうち、小中一体型の整備に反対しているのは4人、支持しているのは9人だ。

 小中一体型を支持する松本直高市議は「契約を止めて事業者に支払う違約金は何十億円にもなると言われている。巨額の公金をどぶに捨てるわけにいかない」と話す。昨年9月の市長選で、黒田前市長の陣営にいた松本市議は、山本市長が交野みらい学園の計画見直しを公約に掲げていることに「だまされないで下さい。計画変更は簡単にはできない」と何度も有権者に訴えたという。「市議をしていた山本市長は、今さら計画変更するのは現実的でないと十分、分かっていたはず。市長選で当選するために、できもしないことを公約に掲げたのではないか」と厳しく批判する。

 山本市長が計画変更を市議会に阻まれていると住民らに説明していることについて、松本市議は「論点をすり替えて議会のせいにしている」と反論する。「山本市長は市長に就任後、現計画に沿って進む工事を一度も止めておらず、継続的にかかる費用の予算案もそのまま。市長なら堂々と自身の方針を議会に示すべきで、市長としての器が問われている」

 違約金を払って計画変更した場合、今度は「市に損害を与えた」として住民訴訟を起こされるリスクが発生する。違約金と住民訴訟リスクの板挟みになった山本市長は、「議会の壁」を理由に公約から逃げているようにも見える。

支援者らの間にも広がる不信感

住民説明会で選挙公約に反する「修正案」を提示する山本市長に対し、住民側から「市長は考えを変えたのか」との質問が出た=2023年1月29日、大阪府交野市で、筆者撮影
住民説明会で選挙公約に反する「修正案」を提示する山本市長に対し、住民側から「市長は考えを変えたのか」との質問が出た=2023年1月29日、大阪府交野市で、筆者撮影

 計画変更すると、開校が2年ほど遅れる問題も指摘されている。小中一体型の学校統廃合に反対してきた市民団体「子どもの笑顔あふれる学校を! 交野ネットワーク」の吉坂泰彦代表は、「教育は百年の大計なのだから、開校が2年遅れることよりも、教育の質の方が大事。山本市長は小中分離に変更した計画を議案として市議会に出せばいいのに、出そうとしない」と憤る。

 市長選で山本市長を応援した市民の間からは「市議会をどこまで説得しているのかまったく見えない」「住民説明会の時間が短すぎる。住民の声を聞く気があるのか」と不信感が芽生えている。学齢期の子どもがいる女性は「選挙では知り合いに山本候補への支持を一生懸命お願いした。棄権するつもりだった人も、学校の問題を知って投票に行ってくれたのに」と嘆く。

 市議会との決定的な対立を避けたいのか、住民訴訟リスクを負いたくないのか、あるいはその両方なのか、山本市長の心中は分からないが、選挙で奔走した市民らへの説明は真摯なものではない。「公約を選挙で勝つための道具にしたのか?」と疑念を招くようでは、有権者の支持はつなぎ留められない。

ジャーナリスト、作家

大阪府出身。立命館大学理工学部卒。元全国紙記者。2014年からフリーランス。2015年、新聞販売現場の暗部を暴いたノンフィクションノベル「小説 新聞社販売局」(講談社)を上梓。現在は大阪市在住で、大阪の公共政策に関する問題を発信中。大阪市立の高校22校を大阪府に無償譲渡するのに差し止めを求めた住民訴訟の原告で、2022年5月、経緯をまとめた「大阪市の教育と財産を守れ!」(ISN出版)を出版。

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