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親球団が変われども、チームのシンボルは変わらず。チャタヌーガ・ルックアウツ【マイナーリーグレポート】

阿佐智ベースボールジャーナリスト
テネシー州チャタヌーガにあるルックアウツの本拠地、AT&Tフィールド

マイナーリーグファンの間で人気のフランチャイズ

 個人的に長らく行きたいと思っていたマイナリーグシティがある。テネシー州のチャタヌーガがそれだ。南部の中心地、アトランタから北へバスで2時間。かつては鉄道の要衝としてこのあたりの工業の中心として栄えた町だ。南北戦争の古戦場でもある町の南方にあるルックアウト山には世界最急勾配のケーブルカーが走るなど近年は落ち着いた町の雰囲気と相まって観光都市として注目されている。

 アメリカプロ野球草創期の1885年以来この町を本拠としているマイナーチームがチャタヌーガ・ルックアウツだ。ニックネームが町のシンボルにちなんでルックアウツになったのは、シングルAサザンアトランティックリーグのライセンスを取得した後の1909年のこと。翌年にはダブルAに昇格し、以来親球団は変われども、チーム名と、その名にちなんだ目玉の並ぶロゴマークは変わることなく現在に至っている。個性的なロゴマークをあしらったキャップはアメリカの野球ファンの間でも有名で、マイナーリーグ屈指の人気キャップとなっている。

 実のところ、私にとっても、このフランチャイズは長年訪ねてみたいと思っていた所だった。もう四半世紀ほど前、フロリダのマイナーリーグ巡りをしている際に手に入れたベースボールキャップのカタログでひときわ目立っていたのがこのチームのキャップだったのだ。

ルックアウツの個性的なキャップはアメリカの野球ファンの間ではよく知られている。
ルックアウツの個性的なキャップはアメリカの野球ファンの間ではよく知られている。

 当時のホームグラウンドはダウンタウンから少し離れたところに今もある1930年開場のエンゲルスタジアムだった。その後、2000年にダウンタウン北端の観光施設の集まるウォーターフロント地区を見下ろす丘の上に建造されたAT&Tフィールドに移転。現在に至っている。

AT&Tフィールドはかつて高校のあった丘の上に建っている。
AT&Tフィールドはかつて高校のあった丘の上に建っている。

 取材したこの日は日曜のデーゲーム。端から端まで歩いて30分ほどの小ぢまりとした南北に伸びるダウンタウンには無料の電気自動車のシャトルバスが走っており、球場の立地も相まってマイナーリーグの球場には珍しく、自動車以外の交通手段でやってくる人が多い印象だ。非常に暑い日で、観客の多くは、屋根のあるスタンド上層部に固まっていたが、内野スタンド端や外野席はパーティースペースになっており、地元の様々なグループが料理を楽しみながら野球観戦に興じていた。正直なところ、彼らは野球観戦よりも食事をしながらの会話の方をより楽しんでいるが、ボールパークを一種の社交場と捉えるこの文化は日本とはずいぶん違うものである。

ライトポール際にあるパーティスペース
ライトポール際にあるパーティスペース

メジャー予備軍の集まるダブルAでプレーする大物ジュニア

 この日の試合はマーリンズのファーム、ペンサコーラ・ブルーワフーズとの一戦。メジャーの「二軍」として予備戦力の調整の場として機能しているトリプルAに対し、ダブルAはメジャー予備軍の若手選手が集まる場所で、そのプレーレベルは高い。投手は荒削りながら150キロ前後のストレートを当然のように投げ、打者もパワフルだ。

 ペンサコーラのメンバーの中に聞いたことのある名があった。「ビクトル・メサ」とは、キューバ球界の往年の名選手だ。キューバがアマチュア中心の世界野球で無敵を誇った時代の代表選手で、1992年のバルセロナオリンピックでは金メダルに輝いている。2013年のWBCや2015年のプレミア12で代表チームを率いた名監督でもある。2012年秋の侍ジャパンの強化試合でも来日し、そのオーバーアクションで話題に激情家でもある。国内リーグでも、名門・マタンサスを率い、その熱血指導で名が知られていた。

 日本球界とも縁が深く、キューバリーグを引退した後、来日し、社会人野球でプレー。シダックス時代は、同じくキューバ出身のオレステス・キンデラン、アントニオ・パチェーコというレジェンドとともにプレーした。

 その懐かしい名がビジョンに映し出されている。選手に聞けばやはりジュニアだという。そして試合中にもかかわらず、ベンチに連なるカメラマン席にいた私に本人が声をかけてきた。

ビクトル・メサ・ジュニア(右)は今シーズン13ホーマー、13盗塁を記録しているプロスペクトのひとりだ
ビクトル・メサ・ジュニア(右)は今シーズン13ホーマー、13盗塁を記録しているプロスペクトのひとりだ

 おそらく幼少時に日本で生活した経験があるのだろう。試合中にもかかわらず、日本のアニメの話をしてくる。屈託なく話しているが、彼がここにいるということは、つまり母国を捨ててきたということだ。本来ならば、21歳の彼のような次代のキューバ代表を担うべき人材がアメリカへ流出しているという世界野球の現実がここダブルAの現場にあった。

マイナーリーグでさえスクラップ・アンド・ビルド繰り返すアメリカ野球

 前述のようにAT&Tフィールドは建造23年目を迎える。日本ではまだ新しい部類に入るだろうが、この球場の寿命も来年までと決まっている。2025年シーズンからはダウンタウンの南方の川沿いに新球場が完成し、ルックアウツはそこに本拠を移すのだ。

 現在の球場はダウンタウンの北にあるバスターミナルからすぐのところに位置し、非常にアクセスしやすい。球場の裏側はハイウェイで車でのアクセスも抜群である。しかし、丘の上という立地のため、3塁側内野スタンドがほとんどないといういびつな形をしている。それもあり、チャタヌーガ市とルックアウツ球団は新球場の建設を決断した。そもそも20年という年月はアメリカでは新球場を建設するのに決して早くないサイクルである。

丘の上という制約上、いびつな形をしているAT&Tフィールドのスタンド
丘の上という制約上、いびつな形をしているAT&Tフィールドのスタンド

 マイナー球団は、つねにメジャー球団からアフィリエイトを打ち切られるリスクを背負っている。それでも新球場建設を決断したのは、長いフランチャイズの歴史のなせる業だろう。新球場は現在の球場とは違いかなりダウンタウンから離れた場所に建設されるようだが、チーム名の由来になったルックアウト山からはほど近い立地となる。

 ちなみに今回の訪問では残念ながらケーブルカーが故障運休ということでルックアウト山には登らなかった。2年後、町のシンボルを見物した後、ボールゲームに興じるという観光都市チャタヌーガの新たな魅力が生まれた後でもう一度訪ねたい、そう思わせるボールパークだった。

(文中の写真は筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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