北朝鮮最高指導者3人が並ぶインパクト―― “そろい踏み肖像画”に描かれた金正恩氏の厳粛な表情
北朝鮮ウォッチャーの多くが、北朝鮮国営メディアが22日朝に配信した写真を、食い入るように見つめたことだろう。
国営朝鮮中央通信が、朝鮮労働党幹部を養成する党中央幹部学校を視察する金正恩(キム・ジョンウン)総書記の様子を伝えた際、視察した教室に、金総書記の祖父・金日成(キム・イルソン)主席、父・金正日(キム・ジョンイル)総書記に並んで金総書記本人の肖像画が掲げられていたからだ。
金総書記の肖像画はこれまでも公開されているが、先代2人と並べられている例は初めてだろう。
金総書記が最高指導者になって12年半。対南政策の根本的な変更に象徴されるように、時代に合わない政策は、たとえ先代の手で策定されたものであっても、次々に上書きしてきた。金総書記が出席する行事の大半で、先代の肖像画は掲げられなくなった。先代の関わるスローガンも徐々に取り下げられ、金総書記を偶像化するものに置き換わっていた。
その状況の中での“そろい踏み肖像画”の公開であり、やや意外だった。
今回、党中央幹部学校に掲げられていた金総書記の肖像画には厳粛な表情が描かれている。先代2人の肖像画もかつては厳粛な表情のものが使われていたが、死後は「ほほ笑む」ものが多くなっている。
「歴代」と「現職」を区別する意図があるのだろう。3枚を並べると、金総書記だけが異なる表情、異なる方角を向いている。
最高指導者の肖像画は、北朝鮮の至るところに掲げられている。その管理方法は厳格に決められていて、常に清潔に保つことが求められている。肖像画を傷つけると処罰の対象となる。災害に巻き込まれた際に命がけで肖像画を守ったという住民の「美談」が、頻繁に国営報道で伝えられるほどだ。
ちなみに、北朝鮮では肖像画に限らず、新聞などに掲載された最高指導者の写真も傷つけてはならない。労働新聞などを折る際、最高指導者の写真が折れ曲がらないようにするのがマナーだ。そうしなければ処罰される。
◇宣伝扇動の変化
祖父と父親が統治していた時代、北朝鮮の宣伝扇動には全体主義的な尊大さ・軍国主義的な厳格さがあり、最高指導者の無謬性が強調されていた。だが、最高指導者への忠誠競争がもたらす極端な偶像化が国の発展の大きな妨げとなり、金総書記の時代になって次第に路線変更されるようになった。
金総書記は「最高指導者の無謬性」より現実直視に軸足を置き、経済計画の大半が「未達成」だったことを認めたり、生活必需品提供の失敗について「深刻な政治問題」という認識を示したりした。同時に強調するようになったのが、指導者の「人間的な温かさ」と「国民への愛情」だ。
これに伴い、宣伝扇動活動も「世界のポップカルチャーの潮流に触れる若い世代」をターゲットにしたものにシフトしているようだ。
今年4月、朝鮮中央テレビで初めて放映された歌謡曲「親しいオボイ」(オボイは父や母、敬慕する最高指導者を指す)。金総書記を敬称なしで「金正恩」と呼ぶ異例の歌詞だ。金総書記への親近感の演出と、その軽快なテンポを前面に押し出した動画がユーチューブなどにアップされて話題になり、動画投稿アプリTikTok(ティックトック)には、ダンス映像も投稿されるほどにもなった。
これらは、思いやりのある指導者としてのイメージを植え付けると同時に、経済的苦境に対する若者の不満を和らげることで、権力基盤が揺らぐ余地を消し去りたいという思惑があるのだろう。
かつて金正恩総書記は、祖父や父の血をひくという「白頭血統」が自身の正統性を示す最大かつ唯一の根拠だという観点から、祖父の容姿や作法をまねるなど、「白頭血統」にすがってきた経緯がある。だが金正恩政権の基盤が盤石なものとなった今、もはや先代の威厳は必要ではなくなり、多くの分野で「前例」が踏襲されなくなった。先代の宣伝扇動を支えてきた党の重鎮、金己男氏(94)の死去は、古い時代のプロパガンダ活動の終焉を象徴する出来事として、ウォッチャーには受け止められている。
今後、宣伝扇動の手法が変わろうとも、金正恩総書記の偶像化は止まらないだろう。今回の党中央幹部学校のような動きが各地で進み、肖像画だけでなく銅像も建立されるかもしれない。宣伝扇動当局は金総書記が先代と同レベルに上がったことを印象づけ、権威の引き上げを加速させるだろう。