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2022年バイデンの米国は衰退が止まらない。それは「リメンバー・パールハーバー」から始まった

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(627)

睦月某日

 バイデン米国大統領が就任して間もなく1年になる。就任式は昨年1月20日に行われたが、その2週間前の1月6日、バイデンの勝利を認定する作業を行っていた連邦議会をトランプ支持者たちが襲撃し、警察官など5名が命を落とした。

 民主主義社会のリーダーを自認していた米国の、しかも民主主義の象徴ともいうべき連邦議会議事堂に暴徒と化した群衆がなだれ込む映像を、テレビの生中継で見た時の衝撃をフーテンは忘れることができない。

 フーテンは1990年代に、その議事堂から歩いて5分ぐらいのビルに事務所を構え、米国議会情報を日本に紹介する仕事をしていた。そのため議会を取材する記者クラブに加入し、議事堂を頻繁に訪れていた。

 日本の国会とは違い連邦議会議事堂には柵も塀もない。建物の周囲では子供たちがローラースケートや凧あげで遊ぶ姿が見られた。実にのんびりしていて国民と距離のある権力の拠点という感じがまるでしない。

 建物の中に入るには、空港と同じように金属探知機の検査を受ければそれで良く、政治家の紹介が必要な日本と違って誰でも自由に入れる。夏休みには地方から首都観光にやって来た家族連れがふらりと議事堂を訪れ、民主主義の殿堂を見ることができた。

 権威主義的そのものの日本の国会とは異なり、国民が接しやすい連邦議会議事堂に、当時のフーテンは感動したものだ。その議事堂が襲撃され、暴力行為によって死人まで出た。選挙を不正と叫ぶトランプ支持者の怒りがそうさせた。

 かつては力の強いものが権力を握り力で政治を行った。その時代の権力交代には必ず血が流れ、血が流れる権力交代は報復を呼ぶ。報復の連鎖はとどまることを知らない。それをやめさせる知恵が民主主義を生み、言論による政治と選挙制度を確立させたのだと思う。

 フーテンは平和的な権力交代こそが民主主義の民主主義たる所以だと思っていたが、それが去年の1月6日に崩れた。そうした中で就任したバイデン大統領には、当初から厳しい政権運営が予想された。しかも百年に1度のパンデミックにも立ち向かわなければならなかったのだから尚更だ。

 新型コロナウイルスによる米国民の死者数は既に80万人を超えた。第二次大戦での死者数40万人の倍以上となり、第一次大戦後のスペイン風邪の死者数67万人を上回る。米国にとって歴史上最大の死者数を記録することは確実だ。

 バイデン大統領はワクチン接種を奨励しているが、これに「個人の自由」を掲げる共和党支持者が反発し、不幸なことにワクチン接種がイデオロギー対立、政治対立の様相を帯びた。そのためワクチン接種率は60%台前半で頭打ち状態だ。

 世論調査によれば、バイデン大統領の新型コロナ対策は支持率が不支持率を上回っていたが、次第に支持率が下向き不支持率が上向きの情勢にある。しかし新型コロナ対策に対する評価はまだ良い方だ。最も大統領の支持率を下げたのは8月に行われた米軍のアフガン撤退だった。

 20年に及ぶアフガン戦争をやめることは歴代政権にとって最重要課題だった。オバマ元大統領はそれを選挙公約にしたが実現できず、代わりにウサマ・ビン・ラディン容疑者を暗殺することで国民の支持を得ようとした。しかしそれで戦争が終わるはずもなく、米国は史上最長の戦争を続けるしかなかった。

 トランプ前大統領は反政府勢力タリバンと取引し米軍撤退で合意した。しかし撤退を任期中に実行することはできなかった。バイデンはそれを引き継ぐ形で早期に実現した。そこには中国との対立を政治の中心に据え、それを国民に見せることで支持を伸ばそうとする意図があったとフーテンは見る。

 そのため「台湾有事」を急浮上させ、米国が対中問題に集中するため、アフガン撤退を早期に実行した。しかしそれが裏目に出た。米国が支援していたガニ政権を見捨て、タリバン政権にアフガニスタンの将来を委ねたことで、米国は同盟国を見捨てる国だと世界に思わせた。

 撤退時のワシントン・ポスト紙の世論調査では6割の国民が撤退に不支持を表明している。タリバンと撤退で合意したトランプ前大統領もここぞとばかりバイデンのやり方を弱腰と非難した。そうなるとバイデンはますます対中姿勢を強硬にせざるを得ない。

 人権問題を理由に各国に北京五輪の「外交的ボイコット」を呼びかけ、また「民主主義サミット」を開催して中国に厳しい姿勢を見せるが、しかし経済で深いつながりを持つ米中が決定的に対立することはできない。むしろ中国に「黒人差別のある米国」、「暴徒が議会に乱入する米国」と非難させる結果を生んだ。

 「バイデンの弱腰」に乗じて中国の習近平国家主席とロシアのプーチン大統領が距離を確実に縮めているのを見ると、世界を一極支配していた米国の衰退ばかりが目に付く。2022年は米国の衰退が止まらない年になるだろうとフーテンは思う。そしてその出発点には「リメンバー・パールハーバー」があると思うのだ。

 今年の1月6日、バイデン大統領は記者会見で議会乱入事件を煽ったトランプ前大統領を厳しく批判した。しかしフーテンが注目したのは、それより前に議会で演説したカマラ・ハリス副大統領の言葉である。

 副大統領は米国の民主主義が暴力にさらされた日として、昨年の1月6日と並べて1941年の12月7日と2001年の9月11日を挙げた。つまり日本軍の真珠湾攻撃とイスラム過激派の同時多発テロを議会乱入事件と並べた。

 前の2つは米国の領土が外国勢力に奇襲されたという共通点がある。しかし議会乱入事件は米国内のイデオロギー対立だ。それが一括りにされることは釈然としない。ただ真珠湾攻撃と9・11は国民の記憶に浸透しているので政治家が国民を誘導する目的で使いやすい。

 だがそれが20年に及ぶアフガン戦争を生みだしたとしたら、そしてそれを突然やめたのが中国との競争に打ち勝つためで、しかしその競争にも勝てなければ、米国の衰退は止まらなくなる。そう考えれば「リメンバー・パールハーバー」は米国衰退の始まりかもしれないのだ。

 9・11同時多発テロが起きた時、ブッシュ(子)大統領が言ったことは「リメンバー・パールハーバー」だった。同時多発テロは真珠湾攻撃以来の外国勢力による本土奇襲攻撃とみなされた。そこでブッシュ(子)大統領は「テロとの戦い」を宣言した。つまり「テロとの戦い」は「第二の太平洋戦争」だった。

 真珠湾奇襲攻撃を行った日本は、太平洋戦争に敗れて米国の民主主義を受け入れ、今では最も忠実な同盟国として米国の言う通りに動いてくれるとブッシュ(子)は言った。野蛮な国も米国との戦争に敗れれば見違えるような民主主義国家になるという意味だ。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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