Yahoo!ニュース

障害者差別のタブーに挑んだ映画『夜明け前のうた』上映中止騒動の深刻さと監督が取った行動

篠田博之月刊『創』編集長
上映中止に抗議して開催された2021年2月の上映会と討論会(筆者撮影)

 1月27日、被写体となった側から訴えられ裁判になっていた映画『主戦場』について、原告の請求を棄却する判決が出された。表現の自由が認められた判決だったが、一連の経緯は、ドキュメンタリー映画をめぐる難しい問題を提起したと言える。ドキュメンタリー映画が日本でいま人気が高まりつつあるのだが、影響が大きくなる分だけ、被写体となった側から異議申し立てがなされる可能性も拡大しているわけだ。

障害者差別を告発した映画に抗議が…

 ここで紹介したいのは、それとは別に、上映中止騒動が起きている映画『夜明け前のうた』のケースなのだが、こちらは障害者差別というタブーに挑んだ映画だけに、いろいろな問題を提起している。

 2021年3月に公開され、これから各地で自主上映が始まるというタイミングで、遺族からの抗議に端を発した上映中止騒動は、やや膠着した状況だ。大手メディアがなかなか報道しないのは、精神障害者差別を描いた映画に、被写体となった障害者の遺族が抗議したという難しい状況であるためだ。上映中止が当初報道された時にも、ネットなどには「遺族がやめろと言っているのだからその声を尊重すべきではないか」という声も少なくなかった。

映画『夜明け前のうた』で取り上げられた私宅監置の小屋の跡(原監督提供)
映画『夜明け前のうた』で取り上げられた私宅監置の小屋の跡(原監督提供)

 もともとこの映画は、かつて精神障害者を家族が世間から隔離するために「座敷牢」に閉じ込めるという日本で現実化していた状況が、1950年に日本本土では禁止になったが、米軍統治下に置かれた沖縄では1972年まで制度として残っていたという深刻な状況を追及したものだ。「座敷牢」とは一般に使われた言い方で、制度的には「私宅監置」と呼ばれた。その私宅監置の現実を、対象になった障害者や遺族を訪ね歩いて描き出したというのがこの映画だ。タブーとされてきた障害者差別の難しいテーマに正面から挑んだのは、沖縄でドキュメンタリーを制作してきた原義和監督だ。

 その映画についての監督へのインタビューを、以前ヤフーニュース雑誌に掲げたので下記を参照してほしい。

https://news.yahoo.co.jp/articles/71e35bc22731d08b19abcce34415749adf3a0e55?page=1

精神障害者めぐるタブーに迫った映画『夜明け前のうた』―原義和監督にインタビュー

映画の根幹に関わる部分に削除要求が

 抗議が最初になされたのは2021年春に映画が公開された時期で、映画で「金太郎」という名前で描かれた障害者の遺族から映画館に上映に対する抗議がなされ、原監督のもとにも弁護士を通じて申し立てがなされた。自分たちに関わるシーンを削除してほしいという要請だった。

 映画を観てもらえばわかるが、そのシーンとは、実はこの映画の根幹に関わる重要な部分だ。映画の素材は公開より前にテレビでドキュメンタリー番組として放映されるのだが、それを見た金太郎さんの孫が連絡をしてきた。その孫と一緒に沖縄の現地を訪れるという経緯も映画に収められている。

その経緯について原監督は上記のインタビューでこう語っていた。

《途中の2018年に一度、NHKEテレの『ハートネットTV』で『消された精神障害者』というタイトルで放送しました。 映画に出てくるゆきえさんは、ネットでそれを見て、連絡をしてきたのです。私宅監置された金太郎という人物が、珍しい名前だし、もしかすると自分の祖父ではないかと思ったようなのです。

 島の名前も苗字も伏せていましたから、本人に言わせると本当に祖父のことなのか、迷いながら沖福連に連絡がありました。その後、私のところに連絡がきて、いろいろ話をした結果、間違いなくあなたのおじいさんですと。昨年、緊急事態宣言が明けて、私は彼女が住んでいる兵庫県まで会いに行きました。

 本当はその時点で、映画はいったん完成していたんです。でもコロナ禍で劇場が休業してしまって、年内の上映は無理だと延期になったのです。

 その間にゆきえさんが取材に応じてくださった。だからその時点で手を入れて映画を修正したんです。》

 そのゆきえさんが現地を訪ね、祖父の置かれた状況を初めてつぶさに見て、この現実を風化させずに語り継いでいくことが大事だと話すのだが、そのシーンは映画の中でのクライマックスだ。

 しかし、孫のその言葉と異なり、彼女の叔父叔母にあたる別の親族、金太郎さんの子どもたちは、それまで伏せられていたその現実がそんなふうに公開されることに反発したのだった。

文化庁の対応が問題をさらに複雑に

 問題をさらに複雑にしているのは、この映画を評価した文化庁の対応だった。2021年9月、文化庁は『夜明け前のうた』に映画賞(文化記録映画部門)を授与した。ある意味で国家の障害者に対する歴史的施策を告発しているこの映画に文化庁が賞を与えるというのを最初に聞いた時には「おー」と驚き歓迎した。映画は、今後、国家が私宅監置の実態調査を行い検証すべきだと提唱しているのだが、それに応えたいという思いが国家の側にもあるのかと思った。

 ところがその期待はあっけなく裏切られた。その映画賞の話を報道で知ったと思われる金太郎さんの遺族から文化庁にも連絡がいったことを受けて、文化庁は、11月6日に予定していた記念上映を中止してしまったのだ。その影響は波及し、自治体などがからんだ自主上映会も中止が続くという事態に至ったのだ。

 原監督は月刊『創』(つくる)2月号に手記を書いているのだが、その経緯を書いた部分から一部を引用しよう。

《●9月30日(木)

 文化庁の担当係長から、私宛にメールで連絡があった。「私宅監置被害者の三女から、事実関係等の問い合わせ電話が文化庁担当部宛てにあった」とのこと。

 私は、文化庁に対し「映画に事実誤認(間違いなど)はない」とメールで返信し、取材の経緯などの質問に返答した。 

●10月29日(金)夜8時すぎ

 文化庁の担当係長から、「記念上映、トークセッションについては、当事者間での解決が図られるまでの間は延期する、という方向性で考えております」とのメール。「国が主催する事業における特定個人のご家族に係るプライバシーへの配慮という観点」で、上映を取りやめるとのことだった。後の報道発表では、「ご遺族の人権を傷つけ取り返しがつかなくなる等の可能性があることから」と、その理由が書かれていた。

 私は「延期」(事実上の中止)になるとは想定していなかった。映画を見れば、人権上の配慮がされており、名誉毀損などあり得ないことが分かるはずだからだ。「事実と異なる」などの言質が的を射ていないことも、映画を見れば一目瞭然だと考えていた。子どもさんの苦情をそのまま受け入れ、「当事者間での解決が図られるまでの間は延期」と文化庁が書いていることに私はショックを受けた。

●11月1日(月)

 2つの意見書を文化庁担当者宛てに送った。私と池原毅和弁護士の名前で書いたものと、沖縄県精神保健福祉会連合会の山田圭吾会長と高橋年男理事が書いたもの。

●11月2日(火)午後:贈賞式

 予定通り、映画賞の贈賞式が行われた。文化庁は、映画『夜明け前のうた』への贈賞は取り下げなかった。

 贈賞式のあと1時間程度、山田素子参事官ほか、数名の担当者らと話し合いをした。既に「延期」(事実上の中止)は決定事項で、その報告を受けたという印象だった。

 文化庁の姿勢は表現の自由を貶めるもので、私としては黙って受け入れることは到底できない。

●11月3日(水・祝)

 私は、映画の製作協力者や配給会社、弁護士と相談し、都倉俊一文化庁長官宛に内容証明で抗議文を送った。

●11月5日(金)昼過ぎ

 文化庁から「延期」の正式報告があり、午後2時に報道発表された。

 私は抗議声明を出した。11月7日には、沖縄YWCAが上映を要望する声明を出した。

●11月14日(日)山形映画祭上映配信

 文化庁は、「山形国際ドキュメンタリー映画祭でのオンライン上映についても同様に」と、山形映画祭に対し「上映延期」を指示していた。山形映画祭は内部で検討した結果、上映すべきと判断した。「山形映画祭の主催」という説明を添えて、予定通り上映配信を行った。》

 この後、沖縄市や東京小平市など自治体主催の上映会が、相次いで中止になったのだった。

監督ら製作側が中止になった会場で上映会

 そうした事態に対して、原監督側は、記者会見を開いて経緯を説明し、12月19日には東京新橋のホールで、上映会と討論会「言論フォーラム」を開催した。障害者差別をめぐって遺族が抗議したといったケースでは、その時点で大手メディアは腰が引けてしまう可能性があるのだが、原監督はあくまでもオープンな場で上映と討論を行うという対応だ。

 しかもその新橋のホールは、当初文化庁の記念上映が予定されていた会場で、開催されたのも予定されていた日だ。そこに上映会をうつけたのは、監督の強い意志の現れといえよう。あくまでも映画を封印する動きは認めないという表明だ。

 登壇したのは、糸洲のぶ子さん(沖縄YWCA)、砂川浩慶さん(立教大学教授/メディア学)、吉田明彦さん(兵庫県精神医療人権センター・リメンバー7・26神戸アクション)。そして相模原事件のシンポジウムでよくご一緒した堀利和さん(津久井やまゆり園事件を考え続ける会)や、映画の上映中止問題などにこれまで一緒に関わってきた綿井健陽さん(ジャーナリスト・映画監督)、そして原監督の代理人を務める池原毅和弁護士だ。

 なかなか充実した議論だった。議論の内容はネットにも公開されているので関心のある人は見てほしい。

https://www.ourplanet-tv.org/44240/

 そして今度は2022年2月5日(土)、小平市民文化会館で上映会と「言論フォーラム」が開催される。実はこの会場も、小平市が当初上映を予定しながら中止になった場所だった。そんなふうに上映中止になった場所で、それに抗して、上映会と、上映中止について議論する集会を開くというのは、歓迎すべき対応だ。もともとタブーとされていた障害者差別の現状を掘り起こしたいという意図で映画を作成した原監督にとっては、その上映そのものがタブーの空気の中に埋もれていくのをどうしても阻止したいという意志があるのだろう。

 差別をめぐってはたとえ抗議を受けても議論することをやめてしまってはいけないというのは、自主規制だらけのメディア状況に対してこれまでも指摘されてきたことだ。監督らのこの間の対応は、身をもってそれを実践しているわけだ。

私ももちろん当日は小平市へ足を運ぶつもりだ。一人でも多くの人に、このドキュメンタリー映画を観て、障害者差別について考え、中止問題をめぐる議論に耳を傾けてほしいと思う。

映画の公式サイトは下記だ。

https://yoake-uta.com/

[追補]上記の記事をアップしたあと、監督の手記をヤフーニュース雑誌に公開した。ぜひそちらも読んでいただきたい。

https://news.yahoo.co.jp/articles/3b396b22b6dab6ef3db52687acd0f429a67255c6

「夜明け前のうた」は、被害者の名前を呼ぶ映画だ  原 義和(監督)

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

篠田博之の最近の記事