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トルコがシリア領内にコンクリート製の防護壁を設置、占領を既成事実化か?

青山弘之東京外国語大学 教授
ANHA、2021年4月12日

北・東シリア自治局ギレ・スピ地区共同議長発言

北・東シリア自治局ギレ・スピ(タッル・アブヤド)地区のハミード・アブド共同議長は4月12日、ハーワール通信(ANHA)の取材に対して、トルコが占領下に置くシリア北部の奥地に防御壁を設置していることを明らかにした。

ANHA、2021年4月12日
ANHA、2021年4月12日

北・東シリア自治局は、トルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルディスタン労働者党(PKK)の姉妹組織である民主連合党(PYD)が主導する自治政体(2018年9月に発足)。米主導の有志連合の支援を受けるシリア民主軍(クルド人民兵組織の人民防衛隊(YPG)主体)がイスラーム国との「テロとの戦い」で獲得したシリア北部と東部を統治している。

このうち、クルド人が多く暮らす地域は、ジャズィーラ地方(ハサカ県ハサカ市、カーミシュリー市など)、ユーフラテス地方(アレッポ県アイン・アラブ市、ラッカ県タッル・アブヤド市一帯)、シャフバー地区(アレッポ県タッル・リフアト市一帯)に分けられ自治が営まれている。一方、アラブ人が多く暮らす地域は、ラッカ民政評議会(ラッカ県ラッカ市一帯)、タブカ民政評議会(ラッカ県タブカ市一帯)、マンビジュ民政評議会(アレッポ県マンビジュ市一帯)、ダイル・ザウル民政評議会(ダイル・ザウル県)が自治を担っている(なお、この行政区画は2017年7月に発出された「行政区画法」に基づく。詳細については、拙稿「シリアにおける分権制・連邦制の行方:アサド政権vs.クルド民族主義組織PYD」を参照されたい)。

ギレ・スピ(タッル・アブヤド)地区はユーフラテス地方を構成する地区で、「ギレ・スピ」とはタッル・アブヤド市のクルド語名である。

イスラエルの占領を思わせる防護壁

トルコは、シリア内戦が発生した2011年以降4度にわたってシリアに違法に侵攻している。1度目は2016年8月から2017年3月にかけての「ユーフラテスの盾」作戦、2度目は2018年1月から3月にかけての「オリーブの枝」作戦、3度目は2019年10月の「平和の泉」作戦、そして4度目は2020年2月から3月にかけての「春の盾」作戦である。このうち最初の三回の侵攻作戦で、トルコは、アレッポ県北西部のアフリーン市一帯、同県北部のアアザーズ市、バーブ市、ジャラーブルス市一帯、ラッカ県タッル・アブヤド市一帯、そしてハサカ県ラアス・アイン市一帯を占領下に置いた。

占領は、「分離主義テロリスト」の脅威からトルコ国境地帯を防衛すること、シリア難民の帰還先を確保することが目的とされている。だが、「テロとの戦い」や難民保護といった美辞によって占領の違法性が解消されるわけではない。またこの美辞は、トルコがこの地域から徹底する意志がないことを示している。

PYDに近いANHAによると、トルコは2020年11月、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるラッカ県のアイン・イーサー市近郊に位置するM4高速道路沿線のハーリディーヤ村、マアラク村、フーシャーン村、ムシャイリファ村、サイダー村に対面する占領地内の5カ所に基地を建設し、接触線一帯の防衛を強化していた。

また、連日、接触線の南側に展開するシリア民主軍の拠点に対して砲撃を行い、同軍と散発的な戦闘を続けている。ロシア軍がシリア軍とともに両者を引き離すために接触線に沿って部隊を展開させてはいるが、戦闘が収まる気配はない。

アブド共同議長が指摘したコンクリート製の防御壁は、トルコがM4高速道路沿線に設置していた基地の南側、国境から南に約32キロ入った地域に建設されている。イスラエルがヨルダン側西岸の占領地内に設置した防御壁(防御フェンス)を思い起こさせるもので、トルコが占領を既成事実化しようとする動きと見て取ることができる。

ANHA、2021年4月12日
ANHA、2021年4月12日

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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