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原因解明に四苦八苦、地方病と人々の戦い

華盛頓Webライター
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人類の歴史は病気との戦いの歴史と言っても過言ではありません。

日本においても甲府盆地にて地方病が蔓延しており、地方病との戦いは山梨県の歴史に大きな比重を占めているのです。

この記事では地方病との戦いの軌跡について引き続き紹介していきます。

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中世から続いていた、地方病と人々の戦い②

原因解明に四苦八苦

甲府市で内科を開業していた三神三朗は、済生学舎(現在の日本医科大学)卒業後に帰郷し、当時24歳で地方病の研究に着手しました。

彼の診療所がある村は、奇病が蔓延する地域であり、患者の多くがこの病で命を落としていたのです。

三神は、県病院の病理技師から「杉山なかの肝臓に変形した虫卵があり、腸にも同様の結節がある」と知らされ、この病気が未知の寄生虫によるものであることを確信します。

高価なドイツ製顕微鏡を自費で購入し、患者の便から通常より大きな虫卵を発見しました。

この成果は1900年に『山梨県医師会会報』に報告され、山梨県の医学界においてこの病の研究が急速に進んだのです。

1902年、山梨県医学会は「山梨県に於ける一種の肝脾肥大の原因に就て」という討論会を開催します。

この討論会には、寄生虫病研究の最前線に立つ学者たちが全国から集まりました。

三神は、発見した虫卵を発表し、この虫卵を産む母虫が地方病の原因ではないかと主張しましたが、肝臓で見つかった虫卵と便中の虫卵の関連を証明できず、議論は難航したのです。

討論会では、肝臓組織内の虫卵の存在から寄生虫が原因であるとの意見も出ましたが、遺伝的疾患の可能性まで議論され、結論には至りませんでした。

この会議には、後に日本住血吸虫を発見する桂田富士郎も参加しており、地方病の謎を解く道筋が少しずつ見えてきたのです。

二人の天才

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桂田富士郎は石川県加賀市出身の病理学者で、岡山医学専門学校(現在の岡山大学医学部)の教授として肝臓ジストマの研究に従事していました。

彼は1904年、山梨で開催された討論会をきっかけに、三神三朗と協力して地方病の原因究明に取り組むこととなったのです。

桂田は山梨を訪れ、三神と共に甲府盆地各地の患者を診察し、糞便検査を行いました。

その結果、三神が以前に発見した新種と思われる虫卵を再確認します

また、杉山なかなど3名の病理標本を詳細に検証し、肝臓内の虫卵と便中の虫卵が同一であると確信しました。

桂田は、虫卵に蓋がない点に注目し、この形状がアフリカや中近東に分布するビルハルツ住血吸虫卵に似ていることを発見しました。

この虫は雌雄異体で、血管内部に寄生する特性を持つことから、桂田は甲府で見つかった寄生虫も同様に血管内、特に肝門脈に寄生しているのではないかと考えたのです。

もし肝門脈からこの寄生虫の本体を見つけることができれば、地方病の解明に大きな前進が期待できると確信しました。

未知の寄生虫

日本住血吸虫症は、人間だけでなく家畜や野良動物にも感染する恐ろしい寄生虫病です。

甲府盆地では腹部が異常に膨らんだウシやネコなどの動物が数多く見られ、病気の広がりが懸念されていました。

この現象に注目した桂田と三神は、特に症状が顕著だった三神家の飼い猫「姫」を解剖することで、この奇病の原因究明に一歩踏み出したのです。

1904年4月9日、三神の診療所で「姫」を解剖した二人は、肝臓と腸をアルコール液に保存し、後日詳しい検証を行うことにしました。

約1か月半後、桂田は岡山の研究室で、保存していた肝門脈から新種の寄生虫を発見します。

この寄生虫が病原である可能性が高まる中、桂田は再び甲府を訪れ、さらなる解剖を行いました。

その結果、肝門脈内から合計32匹の生きた寄生虫を発見し、これが後に「日本住血吸虫」と命名される奇病の原因であることを突き止めたのです。

桂田はこの新寄生虫が、消化器官に寄生する従来のタイプとは異なり、血管内に寄生し、血液を栄養源とする特性を持つことを確認しました。

また、産卵が行われる過程で虫卵が腸壁を溶解し、腸内に落ちて糞便に混ざるメカニズムを解明します。

これにより、肝臓内で虫卵が蓄積されることで肝硬変を引き起こすことが明らかになりました。

この発見によって、日本住血吸虫症が寄生虫病であることは確定しました。

次なる課題は、この寄生虫がどのようにしてヒトに感染し、血管内に寄生するのかという生態メカニズムの解明です。

桂田のこの偉業は、三神の協力なしには成し遂げられず、彼の研究に対する深い敬意を桂田は表しています。

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中世から続いていた、地方病と人々の戦い④

Webライター

歴史能力検定2級の華盛頓です。以前の大学では経済史と経済学史を学んでおり、現在は別の大学で考古学と西洋史を学んでいます。面白くてわかりやすい記事を執筆していきます。

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