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「妹じゃなきゃ処刑だ」金与正軍団に冷たい視線

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金与正氏(朝鮮中央テレビ)

北朝鮮の労働現場の映像を見ていると、日本の選挙カーのようなスピーカーを積んだワゴン車から、威勢のいい声で何かを叫びつつけている一団をよく見かける。「扇動隊」と呼ばれているものだ。正式には「機動芸術扇動隊(公式メディアは機動芸能激励隊)」と呼ばれ、1961年に故金日成主席の指示に基づいて発足した。

工場、企業所、農場、建設現場を周り、朝鮮労働党の政策を宣伝し、歌って踊って労働意欲を高めるのが目的で、優秀な隊には賞が与えられる。どんな効果があるのか甚だ疑問だが、今でも各地で続けられている。

しかし、その軍団を見る世間の目は冷ややかなものだ。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

両江道(リャンガンド)の幹部によると、この扇動隊のことを最近は「金与正(キム・ヨジョン)軍団」と呼んでいるという。これはもちろん、金正恩総書記の妹、金与正朝鮮労働党副部長のことだ。彼女が全国に存在する組織を指揮しているため、そのようなあだ名が付けられたのだという。そして、その振る舞いの横暴さから、こんな声すら上がっているという。

「金正恩氏の妹ではない他の幹部があんな組織を立ち上げれば、反逆者扱いされ、処刑されてもおかしくない」(情報筋)

(参考記事:「泣き叫ぶ妻子に村中が…」北朝鮮で最も"残酷な夜"

1980年代には各市・郡に起動芸術宣伝扇動隊と学生少年芸術宣伝隊があり、メンバーは全国で5万人に達していた。しかし、1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」の後で活動を続けられなくなり、解散に追い込まれ、残ったのは小規模なものだけだった。

ところが、2022年3月に開かれた「朝鮮労働党第2回宣伝部門活動家講習会」の後で復活し、コロナ禍後の昨年6月からは集中経済扇動隊と集中講演扇動隊も新たに立ち上げられた。

現在、全国200の市・郡、4000の里や区域ごとに存在し、従業員が1000人を超える企業所、中学、高校、大学、専門学校、旅団級以上の軍部隊などにもある。全国的な規模はかつての2倍となった。

彼らは、金与正氏をバックに付けて、各地で横暴な振る舞いをし、人々は眉をひそめているという。

両江道の大学生によると、金与正氏をリーダーとする芸術宣伝扇動隊は「全党と全社会の金正恩思想一色化」というスローガンを掲げ、表向きは思想の宣伝を行っているが、実際は規模を増やすことにばかり熱心で、特別待遇を受けている。

代表的なのが、月給と食糧だ。

北朝鮮では今年に入って大幅な賃上げが行われたが、一般の労働者はもちろん、医師や教師ですら受け取れていないケースが多い。それでも、金与正軍団にはきちんと支払われている。また、国営米屋である糧穀販売所では、1日に10日分の穀物しか買えないことになっているが、金与正軍団向けの特別入荷が存在すると言った具合だ。

移動が多いと言う理由で、通常は記者や作家にしか発行されない「四半期旅行証明証」を受け取っている。一般国民は、隣の市や郡に行くだけでも一苦労だが、金与正軍団は全国のほとんどの地域に自由に行くことができる。

また、水害復旧などの現場でも、派手な化粧をして歩いている。一般国民は、不快感をあらわにしている。

1980年代以前は、伝統的な芸能人に対する蔑視感からか、「あんなものは仕事をしたがらない連中がやるもの」と軽蔑されていたが、今ではカネとコネのある家の子女が行きたがる職場となっている。選考過程において黒いカネが飛び交っていることは、想像に難くない。

(参考記事:女性芸能人らを「失禁」させた金正恩の残酷ショー

勤労動員の免除も特典のひとつだ。北朝鮮国民なら道路や建物の建設などに頻繁に動員されるが、金与正軍団なら「党の思想の宣伝を任されている」との理由で免除される。また、長期間現場に派遣され、劣悪な条件の下で給料ももらえずひたすら働かされる「突撃隊」への参加対象からも除外される。

人々が空腹に耐えながら汗水垂らして働く一方で、金与正軍団は歌って踊るだけの楽な仕事と認識され、人々から冷ややかな目で見られている。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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