Yahoo!ニュース

村田諒太復帰の可能性を考える。鍵はカネロvsゴロフキン第3戦にあり?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ゴロフキンを攻める村田諒太(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

豊作だったロンドン・オリンピック

 オリンピック金メダリストからプロの世界チャンピオンへ。ボクシングの王道である。これまでモハメド・アリ、オスカー・デラホーヤ、ワシル・ロマチェンコら錚々たる選手たちが実践している。特に10年前のロンドン五輪では北京大会(フェザー級)に続きライト級で2連覇を達成したロマチェンコ(ウクライナ)、ミドル級の村田諒太(帝拳)、スーパーヘビー級のアンソニー・ジョシュア(英)、ヘビー級のオレクサンドル・ウシク(ウクライナ)、ライトフライ級のゾウ・シミン(中国)の5人が金メダル獲得からプロで世界王者に就いている。

 一方、ロンドン五輪で初めて実施された女子部門でもクラレッサ・シールズ(米=ミドル級)、ケイティ・テイラー(アイルランド=ライト級)が金メダリストからプロで比類なきチャンピオンに君臨している。2012年の大会は間違いなく“豊作”だった。

 日本のファンに村田の快挙は永遠に残る思い出となった。東京大会の桜井孝雄以来48年ぶりの日本人金メダリスト、しかもミドル級というリッチなクラスを制したことは驚嘆に値する。その精悍でさわやかなルックスも相まって、プロ入りすればスターの地位を約束されたようなものだった。事実、村田は世界戦初戦で不運な判定に見舞われながらもアッサン・エンダム(カメルーン=フランス)にリベンジしてWBA世界ミドル級王者に上り詰める。

 とはいえ村田がエンダムに挑戦する2017年5月までに、ロマチェンコは2階級目のWBO世界スーパーフェザー級王座を獲得し、2度の防衛を果たしている。また最重量級の覇者ジョシュアも同年4月、元ヘビー級3団体統一王者ウラジミール・クリチコ(ウクライナ)との歴史に残る死闘を制して2団体統一王者に君臨。この試合はサッカーの聖地ウェンブリースタジアムに9万人超の観衆を集めたことも特筆される。いずれにせよ2人とも村田が戴冠するまでに威厳が漂う地位を築いていた。

アップダウンを経験した村田とジョシュア

 金メダリストたちの出世争いを“レース”として見た場合、村田は遅れを取っていたが、これは致し方ないと言えるかもしれない。日本では重量級と位置づけられるミドル級はマッチメイクが難しい。村田は世界初挑戦までプロ3戦目のマカオを皮切りに上海、香港、ラスベガス(2度)と国外で腕を磨いた。所属する帝拳ジムが広い海外ネットワークを構築していることも村田にはプラスに作用した。

 一方、18年3月ジョセフ・パーカー(ニュージーランド)を破りWBO世界ヘビー級を吸収したジョシュアは次戦で元WBA王者の強打者アレクサンドル・ポベトキン(ロシア)を7回TKO勝ちで下し3団体統一王座を堅守。しかし順風満帆に思えたキャリアは翌年6月、晴れの米国デビューで打ち砕かれる。代役で1ヵ月前に抜てきされたアンディ・ルイスJr(米=メキシコ)とダウン応酬の末、7回TKO負け。初黒星を喫するとともに一気に無冠となる。

 それでも半年後の同年12月、サウジアラビアで行われたダイレクトリマッチでジョシュアは明白な判定勝ちで統一王座を奪回。ルイスJrの調整不足にも助けられたが、捲土重来を果たす。これは同じくダイレクトリマッチで村田がエンダムにしっかり雪辱したことに共通するものがある(エンダムのケースは調整不良ではなかったが)。

 村田は初防衛戦をTKO勝ちでクリアしたが、ラスベガスで行った2度目の防衛戦でロブ・ブラント(米)に明白な判定負けを喫し無冠に後戻りする。しかしジョシュアがルイスJrに敗れた翌月の19年7月、ブラントを2回TKO勝ちで下す痛快劇でベルトを取り戻す。そして同年12月、スティーブン・バトラー(カナダ)に6回TKO勝ちで2度目の王座の初防衛に成功。ところがその後に襲来するコロナパンデミックでキャリアの進行が妨げられる。

ブラントに雪辱して復活した村田
ブラントに雪辱して復活した村田写真:松尾/アフロスポーツ

 ジョシュアもコロナ禍が災いしてリングから遠ざかるが、20年12月、保持するベルトの一つIBFの指名挑戦者クブラット・プレフ(ブルガリア)を豪快に沈める9回KO勝ちで2度目の王座の初防衛戦を飾る。「やはりジョシュアは強い」と納得させられる圧巻のフィニッシュだった。しかし昨年9月ロンドンで開催されたWBO王座の指名試合で、ヘビー級進出3戦目だった元クルーザー級4団体統一王者ウシクに3-0判定負けで墜落。またしても奈落の底に落ちてしまう。

 そして村田も今年4月、日本ボクシング界最大規模のイベントと言われたゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)とのWBAスーパー・IBF統一戦で9回ストップ負け。それ以来、村田は進退が注目されている。

最強ボクサーと渡り合った同士

 あさって20日、ウシクとのダイレクトリマッチに臨むジョシュアは「絶対に勝たなければならない試合だ」と背水の陣を敷く。同時に一部で噂される「負けたら引退」説を否定する。その理由として「ウシクはパウンド・フォー・パウンド・ランキングでベストを占める一人。たとえ負けても最強ボクサーと渡り合った者として誇りを感じる」と明かしている。これは本心だろう。もしかしたら下馬評で不利を予想されるエクスキューズなのかもしれないが…。

 ゴロフキン戦後の村田も同じ感情に浸ったのではないだろうか。ゴロフキンも以前パウンド・フォー・パウンド・ナンバーワンに君臨した時期があった。もちろん村田が強敵を負かす決意でリングに上がったことは間違いない。だが、ミドル級で歴代グレートの一人に名を連ねるゴロフキンと丁々発止した事実は村田のキャリアに輝かしい1ページを刻んだ。

ゴロフキンはカネロにリベンジできるのか?
ゴロフキンはカネロにリベンジできるのか?写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

 村田がゴロフキン戦の敗北から「俺はまだやれる!」と思ったかどうかは推測の域を出ない。ただゴロフキンがカネロ・アルバレス(メキシコ)との第3戦(9月17日・ラスベガス)で予想を覆して勝利を収めれば村田の心情が動くのではないかと私は思っている。そう、現役続行の意志を固めるのではと。そんな単純な問題ではないだろうが、「40歳のゴロフキンがやれたなら俺も…」と迷いが吹っ切れる可能性を感じる。

 カネロvsGGG(ゴロフキン)第3戦のオッズはおよそ4-1でカネロ有利。これをもとにすると村田の続投の可能性は4分の1ほどということになる。ひょっとすると、この試合の前に村田が引退をアナウンスすることだってあるかもしれない。それでも金メダル獲得後「99パーセント、プロ入りはない」と語った村田だけに、もう一度サプライズを期待したくなる。もしジョシュアがウシクにリベンジすれば、それも村田のモチベーションをかき立てるだろう。カネロに4年ぶりにリベンジを果たしスーパーミドル級4冠統一王者に就いたGGGに村田が2階級制覇を目指す仰天のストーリーだって全く不可能とは断言できない。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

三浦勝夫の最近の記事