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目指すはJリーグの「くまモン」? いわきFCがマスコットのロイヤリティフリーに踏み切った理由

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
いわきFCのマスコット「ハーマー&ドリー」。上がハーマーで下がドリー。

 3月20日、J2所属のいわきFCが「ハーマー&ドリー ロイヤリティフリー化プロジェクトを開始」というリリースを発表した。

 ハーマー&ドリーは、2022年3月20日にいわきFCのマスコットに就任。「8500万年前からやってきたフタバスズキリュウ」という設定で、帽子のように頭に乗っかっているのが「ハーマー」、その下が「ドリー」である。

 このハーマー&ドリーのイラストを「一定の条件下において、無償で利用可能とする」のがプロジェクトの主旨。イラストを利用できるのは《①ホームタウン内の事業者/②ホームタウン各市町村の行政関連団体/③いわきFCのパートナー企業》となっている。

 このリリースだけを読めば「へえ」とか「ふーん」といった反応で終わってしまうことだろう。その前段階として、クラブ公式YouTubeチャンネルでは、ハーマー&ドリーを主人公にしたショートムービー4本を順次アップ。まず、プロジェクトの発端となるEpisode.1からご覧いただきたい。

 つづくEpisode.2と3は、ハーマー&ドリーとクラブスタッフのタテノが、ホームタウンの9市町村を巡る旅のパート。全体的にほのぼの基調だが、13年前の東日本大震災での津波被害や原発事故に見舞われた、被災地の現状がマスコット視点で描かれている。

 そしてEpisode.4では、旅を終えたハーマー&ドリーが「この街になにかしたい」とタテノに訴え、ついに社内プレゼンに諮られることとなる。それが「ハーマー&ドリー ロイヤリティフリー化プロジェクト」であった。

 いかがであろうか。ハーマー&ドリーというマスコットの魅力。いわき市を中心とした各ホームタウンの魅力。双方の魅力が凝縮された中で、マスコットを生かした地域貢献という、プロジェクトの核心がしっかりと描かれているではないか。

 この企画を主導したのが、動画にも登場したマーケティング&ファンエンゲージメント シニアマネージャーの川﨑渉さん。撮影にも同行し、9市町村20カ所を2日間で周った。「初めて行く場所もあったので、大変でしたけれど達成感もありました」と語る川﨑さんに、このプロジェクトの狙いについて聞いた。

いわきFCの川﨑渉さん。東北2部時代の2018年からクラブの広報、運営、ファンクラブ、MDなど、マーケティング業務全般を担当。
いわきFCの川﨑渉さん。東北2部時代の2018年からクラブの広報、運営、ファンクラブ、MDなど、マーケティング業務全般を担当。

 まず、マスコットのイラストを無料で利用できるというアイデアについて。これについては「くまモン」という、あまりにも有名な先行事例が思い浮かぶ。くまモンの場合、熊本県の許可があれば個人または企業で、ロゴとキャラクターを無料で利用することができる。

「もちろん、くまモンは参考にしました。フリーで使用できることで、一気に全国的な人気者になりましたからね。ハーマー&ドリーの場合は、いわきFCのホームタウン限定となっていますが、いろいろな場面でイラストやグッズが広まればと思っています」

 誰もが知る先行事例があったとはいえ、マスコットのロイヤリティフリーがJリーグ初の試みであることは、特筆すべきであろう。さらに驚くべきは、いわきFCはマスコットを考案する段階から、こうしたアイデアを温めていたことだ。その理由について、川﨑さんはこう語る。

「マスコットって、クラブだけのものではありません。ファン・サポーター、そして地域からも愛される存在です。地域の皆さんから、愛着をもって使っていただけるのが、一番いい形なのかなと思っています」

フタバスズキリュウをモティーフとしながら、やたらアクティブな動きが特徴的なハーマー&ドリー。ダンスとかけっこも得意。
フタバスズキリュウをモティーフとしながら、やたらアクティブな動きが特徴的なハーマー&ドリー。ダンスとかけっこも得意。

 いわきFCは、アンダーアーマーの日本総代理店である株式会社ドームが、潤沢な資金を投入する形で、物流拠点のあるいわき市に誕生した。パスサッカーが主流だった当時のサッカー界において、クラブが掲げる「日本のフィジカルスタンダードを変える」という強化方針も話題になった。

「いわきFCができた時って、アンダーアーマーやフィジカル重視のイメージもありましたし、いきなりサッカークラブが地元にできたことに戸惑う方もいたと思います」と川﨑さん。その上で、こう続ける。

「ここ数年でファン・サポーターが増えたのは、毎年カテゴリーを上げていったこともあるでしょうけど、2年前にマスコットが登場したのも大きかったと思います。強さやカッコよさだけでない、親しみやすさというものが醸成されていったのも、間違いなくあるでしょうね」

 マスコットといえば、ホームゲームでのグリーティングやホームタウン活動が、まず思い浮かぶ。そんな中でいわきFCは、ロイヤリティフリーによる地域貢献という、新たな活用方法を打ち出した。この流れは今後、他クラブにも波及していくのかもしれない。

 なお、当プロジェクトの運用開始は4月1日から。利用ルールや申請方法はこちらをご参照いただきたい。

<この稿、了。写真はすべて筆者撮影>

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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