「今回こそは信じて欲しい」文大統領が明かした金正恩氏の訴え
金正恩氏の非核化意志に世界中から疑いの目
「数十年のあいだ続いてきた凄絶で悲劇的な対決と敵対に歴史を終わらせるための軍事分野合意書を採択し、朝鮮半島を核武器と核脅威のない平和の地に作り上げるため、積極的に努力していくことにしました」
9月19日午後、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の金正恩国務委員長が「平壌共同宣言」署名後の共同会見でこう語り、朝鮮半島の非核化にはっきりと言及した。
「平壌市民の皆さん、愛する同胞の皆さん、今日、金正恩委員長と私は朝鮮戦争で戦争の恐怖と武力衝突に危険を完全に除去するための措置に具体的に合意しました。また、白頭(朝鮮半島北端の白頭山)から漢拏(同南端の漢拏山)まで、美しいわが江山を永久に核兵器と核脅威のない平和の土台に作り上げ、後代に引き渡すと確約しました」
これは同じ日の夜、韓国の文在寅大統領は平壌市内の「5月1日競技場」で行った演説だ。権力に近い層とみられる15万人の平壌市民の前で、金正恩氏の非核化意志を「代わりに」表明してみせた。
しかし、未だ金正恩氏の非核化意志に対する疑いの目は晴れていない。その根拠は「金正恩氏は意味のある非核化措置を行っていない」、「北朝鮮はこれまでも裏切ってきた」、「常識的に一度手にした核を手放すはずがない」といったものだ。
こうした慎重で懐疑的な視点は韓国内にも多く存在する。一例を挙げてみる。
南北首脳会談終了後の20日から21日にかけて、韓国地上波テレビ「SBS」がリサーチ会社「KANTAR PUBLIC」に依頼して行った世論調査では、回答者の78.5%が南北首脳会談に「成果がある」とすると答えた。
反面、「体制保証がされる場合、北朝鮮が実際に核兵器を放棄すると見るか」という質問には49.1%が「そうでない」と答え、「そうだ」の44.0%を上回った。
一方、「終戦宣言」の時期を問う質問には59.0%が「非核化措置の以前までは終戦宣言を行ってはならない」とし、「非核化の進展のために今年、終戦宣言をするべきだ」の36.5%を大きく上回った。
なお、同じ調査では文大統領の国政運営について、72.1%が肯定評価を下している。
こうした世論調査の結果からは対話自体には歓迎しつつも、その内容については厳しく精査している成熟した韓国の有権者の姿勢が垣間見える。
米保守メディア、外交協会での発言
こんな疑惑を払拭するため、訪米中の文在寅大統領がひと肌脱いだ。
25日(現地時間)18時に放映された米Fox News Channelとのインタビューの中で、金正恩氏の立場を代弁したのだ。該当部分を引用する。
質問者(Bret Baier):現在、米国内の一角では、実質的な非核化措置が行われる前に、私たちがあまりに多くを北朝鮮に譲歩しているのではないかという憂慮が存在するのが現実です。これについてどう対応する予定でしょうか。
文大統領:これまで数度の非核化合意が失敗したことがあるので、今回の非核化についても懐疑的な方たちが多く、果たして北朝鮮が約束を履行するのかと信じられない方がいるのは事実のようです。
しかし今回の非核化合意は過去の非核化合意とは全く異なります。過去の非核化合意は6者協議など実務レベルで成された合意であったため、いつでも簡単に壊れる構造でした。
しかし今回の非核化合意は、史上初めて米国の大統領と北朝鮮の最高指導者が直接会って首脳会談を通じ合意し、全世界に約束したものです。その責任感と拘束力が(過去のものと)異なると考えます。
もちろん、私も共に合意しました。この3首脳が全世界の前に闡明(せんめい、表明)した約束であるため、必ず守られるものと信じ、また3人とも非核化に対する意志がとても強いです。
利害関係も同じです。北朝鮮にとっては非核化が完了してこそ経済制裁が緩和され、北朝鮮経済を生き返らせることができます。
トランプ大統領としてはこの非核化が完了してこそこれまで誰も成し遂げられなかった、北朝鮮の問題を解決するとても偉大な業績を収めることができます。
私としても北朝鮮の非核化が完了し経済制裁が解けてこと南北間に本格的な経済協力が可能になり、それは困難な状況に置かれている韓国経済にとって新たな活力になるということです。
だからこそ、今回の非核化合意については必ず履行できると確信しています。
質問者:文大統領は金正恩委員長を信頼しますか?米国としては過去、金正恩委員長が約束を守らなかったことがあると良く知っています。米国政府としては私が知る限りでは、まず北朝鮮が関連措置を完全に行わなければならないとしていますが、現在、文大統領は段階ごとに制裁を解除しながら進めていくことを話されています。
文大統領:まずは相応措置というのが、必ずしも制裁を緩和することだけを意味するものではありません。まずは終戦宣言を行うこともできるし、または人道的な支援をすることを考えてみることもできますし、または芸術団の交流といった政治的でない交流を行うこともできます。
それだけでなく今後、寧辺核基地(核施設)を廃棄する場合、米側による長期間の参観が必要でしょうが、その参観のために平壌に連絡事務所を設置することも考えてみてもよいです。そうすれば、敵対関係を清算するという米国の意志も見せながら参観団が活動する根拠とすることもできます。
または、非核化措置が完了する場合、北朝鮮にどんな明るい未来がくるか、それをあらかじめ見せるために、例えば経済使節団を互いに交換することも考えられます。必ず制裁を緩和しなくとも多様な方式で今後は敵対関係を精算し、米朝関係を新たに樹立するということを与えられると思います。
ひとつ明らかなことは、今後は韓国や米国がこのような非核化交渉を行うにあたり、北朝鮮側が今のようにしていても、全く損をすることがないという点です。北朝鮮が採るべき措置は核実験場を廃棄することで、ミサイル実験場を廃棄することで、寧辺の核基地を廃棄することで、さらに別の基地を廃棄することで、製造した核兵器を廃棄することで、そうやって全部廃棄することです。いわば、不可逆的な措置を採ることです。
しかしそれに対し、米国と韓国両国が採る措置は、軍事訓練を中断すること、いつでも再開できます。終戦宣言、政治的な宣言なのでいつでも取り消すことができます。もし、制裁を緩和することがあっても、北朝鮮が騙す場合、約束を守らない場合、制裁を再び強化すればよいだけです。
そのため、北朝鮮の非核化の約束に対しトランプ大統領と金正恩委員長のあいだに、大きくタイムテーブルに沿った約束を行ったあと、それに対し相手方の約束を信頼する土台の上でこれを展開させていっても、米国としては損をすることが全然ないという点を申し上げたいです。
文大統領はさらに25日午後ニューヨークで「米国外交協会(CFR)」、「コリア・ソサエティ(KS)」、「アジア・ソサエティ(AS)」が共同開催した、朝鮮半島問題の専門家など200名が参加したイベントに出席した。演説後の質疑応答の中で、やはり金正恩氏の信頼にふれる部分があった。引用する。
質問者:果たしてどの程度、金正恩委員長が経済開放措置など改革を導入できると考えますか?体制に脅威を感じない水準はどの程度でしょうか。
文大統領:金委員長は昨年11月の時点でも、核とミサイルで挑発をしながら世界の平和を脅かしたため、今も金委員長に対しては世界の多くの人々が不信を抱いています。
そこで私は南北首脳会談をしながら、できるだけ金委員長と多くの時間にわたり直接対話をしようと努力をしましたし、一方では会談の全ての過程を生中継しながら金正恩委員長と私が出会い対話する姿、また金委員長の人柄を全世界の人たちが直接見られるように努力してきました。
私が直接、経験したところによりますと、皆さんもご覧になったでしょうが、金委員長は年齢は若いが率直かつ淡白で、年長者を遇する礼儀も備えています。
それだけでなく、北朝鮮を経済的に発展させなければならないという意欲がとても強かったです。
それなので核でなくとも、核を放棄してまでも、米国が北朝鮮の安全をきちんと保障しつつ北朝鮮の経済発展のために支援してくれるならば、そんな信頼を得られるのならば、金正恩委員長は経済発展のためにいくらでも核を放棄できるという真実性を持っていると私は信じます。
金正恩委員長はこう言いました。
「北朝鮮による非核化のための様々な措置にも関わらず、世界中の多くの人々が依然として北朝鮮を信じられない、騙している、時間稼ぎだと言っていることをよく知っている。しかし今、この状況の中で北朝鮮が騙し時間稼ぎをすることで、北朝鮮が得られるものは何があるのか。そうなったら米国が強力な報復をするだろうに、それを北朝鮮がどう受け止められるのか。だから今回こそは北朝鮮の真実性を信じて欲しい」
私の主観的な判断だけでなく、金正恩委員長を直接会ったポンペオ長官やトランプ大統領も彼の真実性を信じるからこそ、2度目の米朝首脳会談だけでなく、米朝対話の結実させるため(対話を)続けているのだと思います。
主導権は米国
文大統領は今回、トランプ大統領との首脳会談に先立つ冒頭発言でも、「金正恩委員長もトランプ大統領だけがこの問題を解決できるため、トランプ大統領と早期に会って、共に非核化過程を早くに終わらせたいという希望を明かしました。米朝首脳会談の早期開催と成功を願います」と、金委員長の真実性を強調した。
このように、文大統領は金委員長の信頼度を高めようと広報役を買って出ているようにも映る。今回の訪米の目的のうち、金正恩氏の信頼度アップは大きな部分を占めているものと見られる。
文大統領の確信が合っているのかは、今後の非核化の進展により明らかになるだろう。それまでは金正恩氏も意識しているように色々な「プレッシャー」を、メディアを含む外部から与えていく他にない。
ただ、「米韓は失うものがない」、「終戦宣言も取り消せる」という発言にあるように、文大統領が思っているよりも遥かに強気な点は意外だった。米朝交渉の全容はなかなか明らかにならないが、主導権をどちらが握っているのかが垣間見えたひと言だった。