金与正「韓国は敵」転換に、文政権は現状維持ねらいか…北朝鮮政策の曲がり角にも
南北関係にとって大切な「6月」に入り、北朝鮮側が韓国に三下り半を叩きつけた。韓国側は打つ手に乏しく、南北関係の硬直は米大統領選が終わるまで続く見通しだ。
●「対敵事業として転換」
9日、朝鮮中央通信は「北南間のすべての通信連絡線を完全に遮断する措置を採ることについて」という記事を発表した。これは文字通り「9日の12時から」(同記事)南北間のホットラインをすべて遮断するというもので、実際にこの日の午前9時、韓国側が北朝鮮の開城(ケソン)市にある南北連絡事務所に向けて行った定期連絡に北朝鮮側は応答しなかった。
記事にはさらに驚くべき表現があった。「8日、対南事業部署の事業総和会議で、朝鮮労働党中央委員会副委員長・金英哲(キム・ヨンチョル)同志と朝鮮労働党中央委員会第1副部長・金与正(キム・ヨジョン)同志は対南事業を徹底して対敵事業として転換すべきという点を強調しながら(中略)段階別の対敵事業計画を審議し、まずは北南間のすべての通信連絡線を完全に遮断する指示を下した」というものだ。
これはつまり、北朝鮮が韓国を「敵」と位置づけたという話だ。金与正氏は現在、「対南事業を総括する」立場となっているため、重みのある決定と言える。さらに今後、韓国に対する行動の強度を高めていくとの予告もある。
●韓国はまだ冷静
韓国側には9日午前現在、表立った反応はない。9日午前の国務会議における文在寅大統領の発言にも北朝鮮と関連したものはなかった。
だが、南北関係を主管する統一部では多少突っ込んだ会話があった。
統一部高官は9日午前、記者団に対し「政府の基本的な立場は南北間の通信線が疎通の基本手段であり、これが南北間の合意により開設されたものである」と述べ、守られるべきものであるという認識を示した。
この高官はまた「別の通信線もすべて通話ができない状態だ」と述べた。通信線には南北連絡事務所、東西の軍での連絡線、韓国大統領府と労働党舎間の首脳間ホットラインが含まれる。
こんな「南北関係の完全断絶」は、直近では2016年2月の開城工業団地閉鎖時から18年1月2日の韓国側の南北高官級会談受け入れによる再開まで続いたことがある。2年5か月ぶりの断絶下で、文在寅政権下で積み重ねてきた南北関係の成果が「ゼロ」になる可能性まで出てきた。
なお、統一部では韓国を「敵」と呼んだ点についてはコメントを避けた。この部分は、おそらく今後、韓国大統領府による見解の発表があるものと見られる。
●19年2月から続く下り坂
なぜこうなったのか、という点についてだが、一義的には韓国の市民団体による北朝鮮へのビラ散布が原因に挙げられる。北朝鮮では「最高尊厳」とされる金正恩氏を「無頼漢」と称したビラが散布されるのは、北朝鮮社会にとって影響がないとはいえない。
だが、根はもっと深い所にある。それはやはり昨年の2月27日、28日にベトナム・ハノイであった二度目の米朝首脳会談の決裂だ。当時、前年18年9月に平壌であった南北首脳会談の成果である「寧辺(ニョンビョン)核施設の廃棄」を軸とする核廃棄への第一歩を踏み出せるか注目された。
決裂の原因は南北米、三者にそれぞれあった。文在寅大統領は18年末に寧辺核施設の廃棄で手を打つことをトランプ大統領に説得する努力を怠ったし、金正恩委員長にはハノイでの米朝事前協議で寧辺核施設の廃棄を明言しないという慢心があった。そしてトランプ大統領の関心は過去、顧問弁護士だったコーエン氏の聴聞会と米国内の世論に向いており、決断に消極的だった。
歴史に「もし」はないが、この時に寧辺核施設の廃棄で合意していたら、朝鮮半島情勢は今、まったく違う状況になっていただろう。少なくとも、北朝鮮国内で何かを行う環境が充分に醸成されていた可能性が高い。
また、ハノイ決裂を踏まえ、昨年下半期から北朝鮮側が続けてきた「口撃」に韓国が応えなかった点も作用している。
北側は韓国への「決断」、つまり文大統領が米韓同盟の協調を一部破り、民族の名の下に金剛山観光再開や開城工業団地再開などの英断を下すことを求めてきた。だが慎重な性格に定評がある文大統領は頑として動かず、北側は業を煮やしていると見ることもできる。
こんな前段の事情を経て、今回の「敵視宣言」が出ている。今年6月は2000年6月15日の史上初の南北首脳会談から20周年、1950年6月25日の朝鮮戦争勃発から70周年を迎える年だ。残念ながら現状では後者をより意識させる状況となっている。
●韓国が「現状維持」を目指すべき4つの理由
今後はどうするか。韓国としては、無理に好転させようとするよりも2018年9月の南北軍事合意、平壌合同宣言を維持することに努めることだ。一見地味であるが、これは四つの意味で非常に重要だ。
[全訳] 9月平壌共同宣言(2018年9月19日)
https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20180919-00097442/
[全訳] 歴史的な「板門店宣言」履行のための軍事分野合意書(2018年9月19日平壌)
https://www.thenewstance.com/news/articleView.html?idxno=2683
まず、南北軍事合意書の破棄は、「平和共存・共同繁栄」という文在寅政権の北朝鮮政策をゼロに戻す上に大統領選での苦戦が伝えられるトランプ大統領を刺激し、2017年の軍事的緊張の再来を招く危険性がある。
次に、平壌共同宣言の破棄は「寧辺核施設の放棄」という北朝鮮の譲歩を白紙化することになる。本欄で何度も繰り返し述べてきたように、朝鮮半島問題は米朝の合意なくして1ミリも動かない。韓国としては、米国で来年1月に就任する次期大統領の朝鮮半島政策のスタートラインとして、寧辺廃棄は維持しておきたい。
三つ目は、1980年代後半に韓国が北朝鮮との体制競争に勝利して以降、当時の盧泰愚(ノ・テウ)大統領が進めた共産圏を取り込む「北方政策」と、その延長戦上に続けてきた「北朝鮮包容政策(太陽政策)」の寿命を尽きさせる訳にはいかないという理由だ。
韓国には北朝鮮と交流を進め、文化・経済・政治と段階的に統一していく統一政策以外に、北朝鮮政策を持たない。かつては北朝鮮を「敵」と見なし金正恩政権の崩壊を目指す代案があったが、進歩派が国会の6割を占める今、もはや実現可能性がない。
四つ目は国民の関心だ。北朝鮮がこれ以上、韓国を罵倒するなど傍若無人な言動や、南北軍事合意破棄による軍事的挑発の再開など極端な行動を取る場合、韓国世論は一気に北朝鮮への「無関心」に傾く可能性がある。南北関係改善を望む政府にとって、こんなマイナスの可能性は遮断しておきたい。
通常、こんな時に韓国は「デン」と構えていればよいのだが、今回は問題の発端となった北朝鮮へのビラ散布について対応する他にない。
これについては2015年1月、独立機構・国家人権委員会による「民間団体および民間人の正当な北朝鮮ビラ散布活動を取り締まり、阻止する措置を取ってはならない」との決定があるため、きちんとした説明が要求される部分である。
総選挙の圧勝により南北関係改善にドライブをかけたい文政権にとって、厳しい6月となった。