ノルウェーの政治家は、性的少数者の人権を守ろうと、こんなにも必死だ。右翼・左翼は関係ない
ノルウェーの政治家は、性的マイノリティLGBTIの人々の声に一生懸命に耳を傾ける。異性愛者と同じ人権を獲得できるように、できるだけ早く法律を改正しようと、試行錯誤を重ねる。首都オスロでは、プライド・ウィークが開催中。首相が所属する保守党では、党の新たな政策にLGBTIの訴えをできる限り反映させるために、話し合いの場が設けられた。
政治思想は中道右派で、「保守」党と呼ばれている政党だが、その政策は日本人にとっては全く「保守的」ではなく、とてもリベラルだ。保守党には、LGBTIのための政策専門部署もあり、その名も「オープンな保守党」。会場には主要大臣3人が集まり、人権団体やLGBTIの関連団体が、「こういう政策が必要です!」と数分でプレゼンテーション。大臣は真剣に聞き、秘書たちは必至にメモをとっていた。
同性婚をした、同性愛者の保健大臣
ベント・ホイエ保険・ケアサービス大臣(45)は、同性愛者として知られている。今年の3月に、ノルウェーで「手術なしで6歳から法律上の性別が変更可能になった」法案を実現した大臣だ。大臣として、医療現場などが、多様な性に対応できるように法の改正を進めている。
会場にいたアムネスティ・ノルウェーのパトリシア・カテー氏は、「私たちは、ホイエ大臣が大好きです!多くの人々が、何年間も過去にこの法律を改正しようとはしてきました。大臣は、たったの2年間で実現してしまった!素晴らしいことです」。大臣の功績は、LGBTIに「変化は可能だ」と、希望を与えたと感謝の言葉を述べていた。
ホイエ大臣は、「もし性別変更の申請が殺到して、人員に限界がきたら、学校に通う子どもたちを優先します。8月に始まる新学期に間に合うようにね」と語った。自分の性に戸惑い、学校での様々な手続きでトラブルになりやすい子どもと、保護者からの意見を考慮してのことだった。
教育大臣「時代に合ったクィア政策を作る」
トルビョルン・ルーエ・イーサクセン教育・研究大臣(37)は、「党内だけの閉鎖的な環境では、時代に合った政策ではなくなる。外部からの批判的な意見を歓迎します」と話す。
「20年前は、同性愛者を今のように受け入れる余裕や寛容性は、ノルウェー社会にはなかった。でも、今でもLGBTという4つの分類に該当できずに戸惑っている人がいる。学校では、“ホモ”(同性愛者)が、典型的ないじめの言葉。自殺率もクィアの中では高い」と、政権は政策の改善にまだまだ取り組んでいく必要があると語る。
文化大臣「男子選手はもっとオープンになるべき!」
リンダ・カトリーネ・ホフスタ・ヘッレラン文化大臣(38)は、ノルウェーのスポーツ界は、「もっとセクシュアリティに対してオープンであるべき」と述べる。「特に、男子選手!」。憧れの的となりやすいスポーツ選手が、率先してLGBTIを支持する発言などをしてくれれば、若い世代の考え方にもプラスの影響を与えるだろうと話す。
「このような法改正をお願いします!」。政治家に訴えれば、実現するかもしれない希望
会場にいた関連団体や市民、保守党党員からは、様々な意見がでた。
- 米国での銃撃事件を受け、ノルウェーのLGBTIが動揺をしている。世界中に広まる憎悪に向き合っていかなければいけない
- 幼稚園でも性教育をする必要がある
- 女性の同性愛者から暴行を受けた女性は、性病検査を簡略化されやすい。しっかりと検査する必要がある
- ネットで増幅するヘイトスピーチ対策と、増悪犯罪対策
- アフリカなどでは、LGBTIを保護する団体は、国から差別を受け、経済的補助を受けられない。ノルウェーは国際援助に貢献するべき
これからのクィアの戦い。移民と難民に、ノルウェーの性の価値観を理解してもらう
また、LGBTIの声を法に反映させ、クィア政策をこれからも議論していく必要性として、各大臣と関係者は、これから増加する移民と難民の課題をあげた。「大量に来る移民の中には、ノルウェーと同じように、性に対して誰もがリベラルであるわけではない。将来的な課題になるであろうし、だからこそクィアの戦いはこれからも続いていく」と教育・研究大臣は述べる。「新しいグループには、ノルウェーでのセクシュアリティの考え方を、受け入れプログラムの社会科の授業で学んでもらう必要がある」と保険・ケアサービス大臣。
右翼・左翼関係なく、クィア政策においては政党間で合意がしやすい
ひとつ驚いたことが、LGBTIやクィア政策においては、右翼・左翼に関係なく、政党間での対立が少ないことだった。
筆者の取材分野である環境・通信や難民・移民政策などにおいては、各政党の意見の衝突が激しく、口論になりやすい。政党の集会では、必ずと言っていいほど、対立する党の悪口合戦が始まりやすいのだが、この場ではそれが一切なかった。
保健大臣による6歳からの性別変更可能の法案が発表された日も、お約束のように、他政党から「ここがまだまだだ!」とダメ出しと批判がでるかと思った。しかし、「素晴らしい!ありがとう!」、「よくやった!」とSNSで喜んでいる政党が多く、驚いたことを覚えている。
クィア政策においては、「政党間で合意しやすい」と保守党のビョルゲン・ビョルゲビョルド氏は微笑む。「キリスト教民主党と(右翼ポピュリスト政党の)進歩党は、多少意見が合わないこともありますがね」。
政権交代を見守ってきたオスロ・プライドのステイン・ウステゴー氏も同意する。「右翼・左翼の政治的思想に関係なく、クィア政策においては全体的に共通の理解があります。政権交代が起きても、我々は心配する必要はありません。2013年に左翼から右翼政権になりましたが、クィア政策だけはそのまま引き継がれました」。
老人ホーム、教育現場、医療現場、スポーツ界など、様々な分野で性の法律を改正しようとするノルウェー。セクシュアリティに関係なく、だれもが同じ人権を持ち、社会で暮らしていけるように。ノルウェーの政治家たちは、上手にリレーをしながら、一緒に走り続けているようだ。
Photo&Text: Asaki Abumi