Yahoo!ニュース

英国、ジョンソン元外相の次期首相就任で合意なきEU離脱の可能性(上)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

 

テリーザ・メイ首相は5月24日、首相の出処進退を決める与党・保守党の1922年委員会の党幹部との会談後、6月7日に保守党の党首を辞任することを正式に発表し泣き崩れた=BBCテレビより
テリーザ・メイ首相は5月24日、首相の出処進退を決める与党・保守党の1922年委員会の党幹部との会談後、6月7日に保守党の党首を辞任することを正式に発表し泣き崩れた=BBCテレビより

英国のテリーザ・メイ首相は5月24日、首相の出処進退を決める与党・保守党の1922年委員会のグラハム・ブレディ委員長ら党幹部との会談後、直ちに首相官邸前で行われたテレビ演説で、6月7日に保守党の党首を辞任することを正式に発表した。これで次期党首、事実上の次期首相を決める選挙が6月10日から始まり、約6週間後の7月末までに新党首(新首相)が誕生する見通しとなった。

 メイ首相が失脚するきっかけとなったのは、英国のEU離脱日が当初の3月29日から4月12日に延長されたあと、さらに10月末まで再延長されたことに起因する。そもそも離脱日が2度も延長されたのは、これまで下院議会で3度も「意味ある投票」(政府合意案に対する議会の最終承認の投票)で首相のEU(欧州連合)離脱協定案が否決されたからだ。それでもメイ首相は諦めず、4回目の議会承認を目指し、5月21日に新離脱協定案の骨子を発表した。しかし、これが命取りとなった。

 新案の策定をめぐり、メイ首相は4月2日のテレビ演説で、議会通過には野党協力が不可欠と判断し、EU離脱には消極的な最大野党の労働党と妥協案(新案)作りの協議に入ると発表した。しかし、その後2カ月近く経っても労働党との話し合いは平行線をたどった。

 こうした膠着状態を打破するため、メイ首相は奇策に打って出た。議会が離脱協定案を承認することを条件に、(1)英国全体が一時的に関税同盟に残る(2)議会承認前にEU離脱の是非を問う2回目の国民投票を実施し、その結果に対し法的拘束力を認める-の2点について議会の投票を認めるという新案を議会に提示したのだ。これは議会、特に労働党にすり寄った内容となった。また、骨子では北アイルランド国境のハードボーダーを回避するための、いわゆるバックストップ条項は離脱協定から削除しないが、同条項が適用された場合、英国は北アイルランドとの間に国境を作らないようEUの関税同盟と統一市場のルールに合致させる、と提案した。

 しかし、この新案の骨子に対し、与党・保守党はもとより野党からも批判が続出した。イアン・ダンカン・スミス元保守党党首らは「バックストップ条項が残り、メイ首相の離脱協定案(新案)は前と全く変わっていない。これを可決すれば2回目の国民投票と関税同盟に残ることを許すことになる。まさに暴挙だ。政府は残留支持派が多数を占める議会に主導権与えるのも同然だ」(英紙デイリー・テレグラフ)と突き放した。また、閣内でも批判が相次いだ。残留支持派のジェレミー・ハント外相と離脱急進派のマイケル・ゴーブ環境相がこれまでの合意とは違うと反発。もう一人の強力な離脱推進派のアンドレア・レッドソム院内総務は首相辞任を求めて辞任した。

 保守党内で離脱支持派のチャーリー・エルフィック議員は、「離脱支持派の保守党議員はメイ首相の新案は“犬の餌”並みだ。バックストップ条項は削除されず残された。国民は政府が2016年の国民投票の結果(EU離脱)を無視したとの思いを強めるだろう」(テレグラフ紙)と猛反発。保守党の100人超の陣傘議員からなるブレグジット欧州調査グループ(ERG)のジェイコブ・リースモッグ代表も「メイ首相の新案は前よりもっと悪い。首相は保守党よりEUに譲歩した」(同)と怒りを露わにした。労働党でさえもジェレミー・コービン党首は、「メイ首相の新案は議会で3回も否決された離脱協定案(旧案)の焼き直しだ」(同)とし、新案を拒否すると表明した。

 もう一つの首相失脚のきっかけとなったのは5月2日に投票が行われたイングランドの統一地方選挙だ。メイ首相が率いる保守党は4年前の選挙時の4894議席から3564議席へと、一気に1330議席(27%)も減らし、750年もの長い英国議会の歴史の中で最大の選挙敗北を喫した。

 また、メイ首相が自身のEU(欧州連合)離脱協定案の議会通過を目指し、「首相案+EU関税同盟」の妥協案の策定を目指して手を組んだ労働党も84議席(4%)を失ったことで英国のEU離脱の先行きは一段と不透明になった。そればかりか、メイ首相の早期辞任待望論が政界や英国メディアで急速に高まる結果となった。

 テレグラフ紙は5月5日付の社説で、「統一地方選挙で敗北した労働党はメイ首相の連立相手として正当性がないことを示した」と総括。「メイ首相の労働党との共同戦線による議会強行突破戦略では国民の信頼を勝ち取れない」と批判した。その根拠について、「マルクス主義(労働党)との連立は保守党が国民の声を聞かず英国を危険に晒す。労働党との合意により英国がEUの関税同盟に残ることは真のブレグジット(英EU離脱)を破壊し、経済の発展を妨げる。有権者はこれを裏切りと見抜き、保守党は(次の選挙で)大敗し労働党政権の樹立へと導く。これは我々の社会にとって大きな危機だ」と指摘した。統一地方選の結果は国民がメイ首相と労働党の妥協案へのダメ出しとなり、メイ首相は次のステップとして、妥協案に代わる新案を提示しなければならない状況に追い込まれたのだ。

 その上で、同紙は社説で、「保守党の危救う唯一の方法は党首交代だ」と断言。メイ首相の早期退陣を促した。さらに、「保守党は新党首の下で、EU離脱の完遂と個人所得税の大幅減税、横行する暴力犯罪から国民を守ることの3原則を約束すべきだ。保守党は欧州懐疑主義を提唱すべき。EUからの国家主権の奪回を求める数百万人もの有権者を満足させることができなければ、保守党は次の選挙(2022年)に勝利することはできない」と述べている。(「中」に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

増谷栄一の最近の記事