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モルディブ大統領選挙での親中派現職の敗北―それでも中国の「楽園」進出は止まらない

六辻彰二国際政治学者
選挙前日に支持者に応えるソリ候補(2018.9.22)(写真:ロイター/アフロ)
  • インド洋のモルディブで行われた選挙で、中国に傾斜した独裁的なヤミーン大統領が敗れた。
  • 当選したソリ氏はインドや欧米諸国から支援を受けるとみられ、この件に関して中国は静かになった。
  • しかし、モルディブへの中国の進出は今後も止まらず、モルディブにもそれを求める要因がある。

 9月23日、インド洋に浮かぶモルディブで大統領選挙が行われ、中国に傾いてきた独裁的な現職ヤミーン候補が破れ、野党連合のソリ候補が勝利したことを受け、各国ではモルディブの民主化とともに中国の「一帯一路」への影響に関心が高まっている。しかし、この政権交代によって中国が大きく起動修正することはないとみられる。

中国への傾斜と独裁化

 モルディブはインド洋のリゾート地として知られ、日本からも年間約3万9000人が訪れる。この国は伝統的にインドとの結びつきが強いが、2013年から大統領の座にあったヤミーン氏のもと、中国との関係を強めた。

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 ユーラシア大陸全域をカバーする経済圏「一帯一路」構想を掲げる中国にとって、モルディブはインド洋の要衝にあたる。ヤミーン政権発足の翌2014年、習近平国家主席がモルディブを訪問して2億ドル相当の「中国モルディブ友好橋」の建設を約束したのを皮切りに、8億ドル相当の空港整備などが行われるなど、巨大プロジェクトが相次いで投入された。

 これと連動して、ヤミーン政権は野党の取り締まりを進め、独裁的な傾向を強めた。前大統領が亡命を余儀なくされ、最高裁判所が野党政治家の釈放を命じるとヤミーン氏はこの命令を覆すよう求め、それが実現されないとみるや2018年2月に非常事態を宣言。憲法を一時停止した。

 中国に傾斜した独裁政権のもと、モルディブはインドとの関係が冷却化しただけでなく欧米諸国とも対立。2016年10月にモルディブは、イギリスの元植民地である各国の連合体、英連邦からの脱退を宣言したが、そのきっかけは英連邦で人権侵害を批判されたことにあった。

出来レースの転覆

 9月23日の大統領選挙でも、ヤミーン政権は治安部隊を各地に配置して野党候補を取り締まった他、実質的な報道規制を敷くなど、露骨な介入をみせた。そのため、野党ソリ候補は苦戦が予想されていた。

 ところが、フタを開けてみれば、ヤミーン政権の出来レースは見事にひっくり返された。

 野党の統一候補となったソリ氏は、民主化を求めるリベラルからイスラーム団体に至るまで、ヤミーン政権に不満を抱く幅広い層の支持を集め、58.3パーセントを得票した。ヤミーン氏の勝利宣言を受けてインド政府はいち早く祝電を送り、欧米諸国からも「民主主義の発展」を祝うメッセージが相次いだ。

 その後、焦点はヤミーン氏が敗北を受け入れるかになったが、24日にヤミーン氏が「モルディブの人々は昨日、自分たちで決定した。私はその結果を受け入れる」と声明を出したことで、安定的な政権交代が実現することになった。

「中国とインドは協力すべき」

 これに対して、中国の反応は総じて静かだ。選挙から2日たった25日、中国政府はようやくソリ氏に祝電を送り、中国政府系の英字紙グローバル・タイムズは「中国とインドはモルディブで協力すべき」という論説を掲載した。

 支援していた「独裁者」の敗北が中国にとって痛手であることは間違いなく、外交的に守勢に立っている印象は拭えない

 大統領選挙期間中から、インドや欧米諸国はソリ氏支援を明確にしてきた。これに加えて、国民のほぼ100パーセントがムスリムであることから、スンニ派の中心地サウジアラビアとの関係も、モルディブにとっては重要だ。

 これらのパートナー候補があることに加えて、中国のローンによる巨大プロジェクト建設が巨額の財政赤字に結びつき、これがモルディブ政府を従わせる「債務の罠」になっているという批判が野党側からあがっていたことは、政権交代で中国が「おとなしくなった」要因といえる。

中国はモルディブ進出を控えるか

 とはいえ、中国が「一帯一路」のルート上の要衝であるモルディブへの進出そのものを諦めることも考えにくい。

 中国が支援していた政府が選挙で敗れることは、これまでにもあったことだ。その場合でも中国が進出を諦めることはほとんどなく、むしろ非難が高まり、親中派の政権が倒れた時、一度は静かになっても、時間をかけて懐柔を目指すこともある。その象徴的な事例が、アフリカのザンビアである。

 ザンビアでは2011年の大統領選挙で、当時のバンダ大統領と中国の癒着を批判し、「中国企業を追い出す」と息巻いた野党のサタ候補が勝利。これは中国よりの歴代政権のもとで広がっていた反中感情を露わにしたものの、結局サタ大統領のもとで中国企業が追い出されることはなかった。

 アメリカの名門ウィリアム・アンド・メアリー大学の調査によると、大統領選挙に向けてバンダ政権に中国が協力を惜しまなかった2011年、中国のザンビア向け援助は約3億6757万ドルだった。翌2012年、これは2億5798万ドルに減少したが、2013年には3億945万ドルと増加に転じた。

 胡錦濤国家首席(当時)はサタ大統領との直接的な会談を控えながらも、中国政府はサタ政権の要人との接触を続け、実質的に関係を維持した。その後、サタ大統領が2014年に病没したこともあり、中国はザンビアでの影響力をその後も維持している。

反中感情と協力は別

 親中派政権を批判した勢力が権力を握っても、中国の隠然とした影響力が残りやすいことは、進出先の国の側にも理由がある。その単純な、そして最大の理由は、中国への反感があったとしても、他のパートナー候補のなかに中国に匹敵する額の資金協力をできる国はほとんどないことだ。

 ザンビアの場合、サタ政権発足後も、中国からの資金協力は旧宗主国イギリスなど西側からの援助額を上回った。これに加えて、反中感情が広がったとしても、歴史的に因縁のある欧米諸国への反感が根深いことも、サタ政権が中国との関係を断絶できない一因となった。

 これはモルディブに関しても同じとみられる。

 ウィリアム・アンド・メアリー大学の統計によると、2000年から2014年までに中国がモルディブで行った資金協力は8億5185万ドルを上回る。これは旧宗主国のイギリス(537万ドル)やアメリカ(264万ドル)、日本(1億5127万ドル)をしのぐ(世界銀行のデータ)。

 そのため、ソリ氏はインドや欧米諸国との関係改善を強調しながらも、選挙期間中から中国をあからさまに批判することを控え、「他のリーダーが中国ほど大きなポケットをもっていないのだから」中国をシャットアウトすることはほとんどの国にとって選択肢にならないと述べてきた。外交辞令といえばそれまでだが、中国以上に資金を提供する国がない以上、ソリ政権にとって中国と必要以上に対立するのが得策でないことは確かだ。

 つまり、親中派「独裁者」が退場したからといって、それだけではモルディブが中国との関係を制限することも、この国で中国企業の存在感が西側のそれより小さくなることも想定できないのである。

ブロックなき冷戦

 親中的な大統領が退陣したとしても、その国が反中一辺倒になるとは限らず、中国と関わりをもち続けざるを得ない状況は、冷戦時代と決定的に異なる。

 冷戦時代、ソ連に敵対する国はほぼ自動的にアメリカに接近し、逆もまた然りであった。当時、世界は「白か黒か」というオセロゲームのような陣取り合戦の舞台だったといえる。

 これに対して、現在のゲームはより複雑だ。

 米中の貿易戦争が激化するにつれ、世界が再び冷戦に逆戻りするという観測は多い。ただし、協力関係が固定的だった冷戦時代と異なり、現代ではブロックがより曖昧で流動的になりやすく、ほとんどの場合、一つの国を「親中、反中(親米、反米も同じ)」と表現することも困難になりやすい。

 現代の新しいタイプの陣取り合戦の特徴に鑑みれば、今回の政権交代は、モルディブや世界で今後長く続く大国間の綱引きの一つの通過点に過ぎないとみられるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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