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マスク非着用者の入場を許したら罰則? 国会関与なく罰則新設できる"新型コロナ"改正特措法の欠陥

楊井人文弁護士
時短要請に応じない業者に罰則を科せる特措法がまもなく施行(1月下旬、東京都内で)

 新型コロナ対策を迅速に行うという名目で、新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正法案が先週成立し、2月13日に施行される。政府は、特措法の「政令案」を公表し、マスク非着用者の入場を許した事業者にも罰則を科すことを検討しているようだ。

 改正特措法は、自民党憲法改正案の緊急事態条項にも定めのある「国会承認」の縛りもなく、政府が新たな罰則を政令で創設できる重大な欠陥がある。それを明らかにした政令案に国民が意見を提出できるパブリックコメント受付期間はたった3日間。今夜までだ。

 改正特措法の問題はこれまでも指摘してきたが、誤解を恐れず一言でまとめるなら、「緊急事態であろうがなかろうが、いつまで権利制限するか、どの範囲まで制限するか、全ては世論次第、政府のさじ加減次第、知事のさじ加減次第でできる」という法律である。

 そういう法律を国会が2月3日に通してしまったのである。

 まさか、と思う読者もいるであろうが、できるだけ簡単に説明しておきたい。

政令案の中身

 改正特措法は、緊急事態宣言をしている間はもちろん、その宣言を解除しても、政府が「まん延防止等重点措置」という新たな期間を作り、その間「営業時間の短縮」と「まん延防止に必要な措置」としての権利制限を、罰則つきで強制することが可能になった(法31条の6第1項、第3項)。

 しかも、改正特措法は、「まん延防止に必要な措置」として知事が命令で権利制限できる範囲を「政令」で定められるとしている。

 政府は、その内容についての「政令案」を公表した。要点をまとめると次のようになる。

・従業員に対する検査受診の勧奨

・入場者の整理等

発熱等の症状を呈している者の入場の禁止

・手指の消毒設備の設置

・施設の消毒等

入場者に対するマスクの着用等の感染の防止に関する措置の周知

当該措置を講じない者の入場の禁止

政令案

 これを読むと、発熱等の症状を呈している者、マスクの着用をしない者の入場を禁止し、それを許す事業者に罰則(過料)を科せられると解釈できる。

 手指の消毒設備の設置などの要請・命令に応じなかった場合も違法化され、罰則が与えられる可能性がある。

 罰則により強制力が付与されるのは、事前に報道されたように、休業や時短だけではない、ということだ。

 マスク非着用者の入場を禁止すべきかどうか、それを許した事業者を処罰すべきかどうか、そんな議論は国会でも行われていなかったはずだ。

 国会で全く審議されていなかった事項を命令・罰則で強制できる、ということは許されることなのだろうか。

パブコメ受付期間は30日→3日に短縮

 しかも、この改正特措法の政令案は、2月13日施行に間に合わせるつもりだろうか、国民の意見を受け付ける「パブリックコメント」の受付期間を、通常の30日間から、たった「3日間」に短縮している

 「政令案」は2月4日に公表され、5日にNHKなどが報道した。

 パブコメの受付期限は、きょう、2月7日23:59までとなっている(メール、FAX、オンライン意見提出フォームも利用可)。

改正特措法の「政令」案について国民の意見を受け付けるパブリックコメントのページ
改正特措法の「政令」案について国民の意見を受け付けるパブリックコメントのページ

「政令」は国会を通さず、政府が一方的に決められる

 なぜこうなったかといえば、改正特措法は、「まん延防止等重点措置」を発動すれば、「政令」で、「まん延を防止するために必要な措置」を定め、それを知事が要請できるだけでなく、従わなければ命令し、違反すれば罰則をかけられるようになっているからだ。「政令」とは、法律と違って、政府が一方的に決められ、変更できるものだ。

 改正特措法という法律が、政府が国会を通さずに、一方的に「政令」で措置の内容を決めていいですよ、と授権してしまったのだ。

都道府県知事は、(・・・)営業時間の変更その他国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある重点区域における新型インフルエンザ等のまん延を防止するために必要な措置として政令で定める措置を講ずるよう要請することができる。(改正特措法第31条の6第1項)

 もちろん、何をしてもいいということではない。

 条文上「営業時間の変更その他・・・」と書いてあるので、「営業時間の変更」に匹敵するものに限られる、という解釈は成り立つ。

 実際、改正特措法に反対した国民民主党が追及したことで、西村康稔・コロナ担当相がそのような解釈を示し、緊急事態宣言で認められるような「休業要請」や「全面的な外出自粛要請」は、まん延防止等重点措置における政令に書き込むことは「できない」と答弁した(2月1日、衆議院内閣委員会)。

 ただ、「営業時間の変更」に匹敵する、まん延を防止するために必要な措置、というのは、かなり解釈の幅が広い。

 緊急事態宣言でも、政令で、新たな措置、命令、罰則が作れるようになっている。

 政府は今後も、国会を通さずに、政令だけで、新たな罰則を作る恐れがある。

 実際、緊急事態宣言を発令直前の1月7日に、政府はこっそり政令改正をして権限を拡大したことがある(NHK:営業時短要請応じない飲食店 政令改正で公表可能に)。

 自民党の地方議員もその危険性に気づき、ブログで警鐘を鳴らしている

自民党改憲案にもあった「国会承認」の縛り

 自民党の憲法改正案は、戦争や大規模自然災害を想定した緊急事態において、内閣総理大臣に広範な政令制定権を授権する「緊急事態条項」を提案している。

 その改憲案でも、緊急事態宣言の発動、100日ごとの延長は「国会の承認」を要件とし、国会承認がなければ無効になるという内容になっている。

 政令も「国会の事後承認」が必要で、承認がなければ廃止するものとされている。

 このように、いかに緊急事態であっても、国会を通さずに、政令だけで権利制限をするということは、自民党の憲法改正案ですら、考えていなかったことなのだ(改正特措法は緊急事態宣言の発動の時だけ「国会の報告」が要件になっているが、国会承認と異なり、単なるセレモニーである)。

 他の緊急事態法制にも、調べた限り、改正特措法のような国会承認なき政令制定権を許容した法律は見当たらない。

 災害対策基本法にも「災害緊急事態」で緊急政令で罰則を定められることになっているが、国会を開く余裕がないなどかなり具体的なケースに限り、かつ、かなり具体的に限定列挙している。

 「その他・・・必要な措置」のような曖昧な規定はしていない。

(詳細は、拙稿:【検証コロナ禍】自民党改憲案の緊急事態条項にも国会承認を明記 改正特措法は国会関与なく規制権限拡大も

「ミニ緊急事態宣言」はいつ終わるのか?

 「まん延防止等重点措置」の本質は、緊急事態宣言とほぼ同様の権限を政府・自治体に付与するという意味で「ミニ緊急事態宣言」であり、法律上の歯止めがないことを、私は繰り返し指摘してきた。

(拙稿:【検証コロナ禍】改正特措法 権利制限事態に法律上の歯止めなし

 「ミニ緊急事態宣言」は、緊急事態でないにもかかわらず、まん延防止の必要があると言える限り、緊急事態宣言下と同様の権利制限を可能とするものだ。

 つまり、緊急事態宣言の解除は、実質的に意味がなくなる

 実際、緊急事態宣言の解除後は、まん延防止等重点措置に移行するとの方針が伝えられている

 そして、まん延防止等重点措置を解除する基準は、改正特措法には明記されていない。

 今回公表された「政令案」には、次のように発動要件が定められた。

新規陽性者数等の新型インフルエンザ等の発生の状況を踏まえ、都道府県において感染の拡大のおそれがあると認められる場合であって、その感染の拡大に関する状況を踏まえ、医療の提供に支障が生ずるおそれがあると認められること

 こんな規定では、極端な話、「ゼロコロナ」まで「〜のおそれ」はなくならないと言えなくもない。「〜のおそれがない」という説明、証明は難しいからだ。

 結局、世論が「ミニ緊急事態」の継続を望むか、望まないか次第ともいえる。

(弁護士ドットコムニュース:「一線越えた」改正特措法、歯止めなく「ゼロコロナ」まで営業制限も…弁護士が警鐘

異例のプロセスで通過 元衆院議長も苦言

 一部主要メディアは、与野党修正協議で刑事罰が削除されたこと(行政罰は残った)について「野党案丸のみ」「与党が大幅譲歩」などと報じたが、実際は、補償規定を含む野党案(昨年12月提出)を全く反映していなかった。

 罰則規定やまん延防止等重点措置といった政府案の骨格はほぼ全て維持され、実態は「政府案丸のみ」に近い。

 しかも、自民党と立憲民主党は、国会審議を始める前に密室で修正合意し、土日を挟んでわずか4日後に採決に至った(与野党共同提出の議員立法法案で即日可決)。

 伊吹文明元衆院議長も「国会審議も経ずして修正するのは異例だ」と苦言したほどの、極めて異常なプロセスだった。

自民党の伊吹文明元衆院議長は28日の二階派会合で、新型コロナウイルス対策の特別措置法改正案などの修正協議に関し、「国会審議も経ずして修正するのは異例だ。国会での議論を国民に見せた上で、直していくのが議会制民主主義の基本だ」と述べ、苦言を呈した。(時事通信 2021年1月28日:自民・伊吹氏、審議前の修正協議に苦言 新型コロナ

 この異常な法改正プロセスも、ここで記録しておきたい。

1月22日 新型インフルエンザ等対策特別措置法の政府改正案が閣議決定され、法案が国会に提出

1月28日 自民党と立憲民主党が密室協議で、感染症法の刑事罰削除、過料減額を柱とする修正案に合意

1月29日 改正特措法(政府案)の国会審議はじまる

2月1日 実質審議2日間で、与野党共同提出の修正案が提出され、即日、衆議院本会議で可決(自民・公明・維新・立憲が賛成。国民・社民・共産が反対)

2月1日夜 修正された条文案が公開

2月3日 参議院本会議で可決、成立

2月4日夜 改正特措法の政令案を公開(パブリックコメント3日間)

2月13日 施行予定

弁護士

慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHoo運営(2019年解散)。2017年からファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年『ファクトチェックとは何か』出版(共著、尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。2022年、衆議院憲法審査会に参考人として出席。2023年、Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット賞受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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