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昨日まであったものが突然消えてしまう寂しさと怖さを胸に、滅びゆく風景と現地の人々の生きた証を残す

水上賢治映画ライター
「雨の方舟」の瀬浪歌央監督  筆者撮影

 まったく別世界にも思えるけど、なんだか懐かしい。人類が脈々と受け継いできたことと、確実に変わりゆくもの。この世にも思えれば、あの世にも感じられる。そんな不思議な感触が残るのが、瀬浪歌央監督の初長編映画「雨の方舟」といっていいかもしれない。

 降りしきる雨の中、森をさまよい、行き倒れた主人公・塔子が、4人の男女が共同生活を送る家にたどり着いたところから、ある種のサバイバルであり、ある種の人間の営みのドラマが展開していく本作は、いったいどういった思考から生まれたのか?瀬浪監督に訊く。(全四回)

おじいちゃんやおばあちゃんに孫のお願いのように思われたんじゃないか

 前回の話の最後の箇所で、プロデューサーを兼務した主演の大塚菜々穂が交渉して現地で実際に暮らしているおじいさんやおばあさんがキャスティングされているとの話があった。

 それにしてもいきなり映画に出てもらうというのはなかなか難しかったと思うが?

「すべて大塚(菜々穂)が一人で探してきてくれて、見つけてくれた人たちで、実は家も貸していただいたりしています(笑)。

 出演交渉は、大塚のキャラクター勝ちというか、めちゃくちゃ愛されキャラで。

 おじいちゃんやおばあちゃんにかわいい孫のお願いのように思われたんじゃないかなと思います。

 いまだに大塚はみなさんと交流があるようで、時々『元気にしているか』とか連絡が入るようです」

現地のみなさんの望んだ生きた証みたいなものを残すことができたのかなと

 また、現地の人たちには望んだところもあったのではないかと、瀬浪監督は振り返る。

「どこか自分たちのことが映像に残されることをみなさん望んでいたような気がします。

 実際問題として棚田は年を経るごとに減っていっている。

 家屋も減り、土地から離れる人もふえている。

 そういったこのままだと跡形もなく消えてしまうかもしれないという意識があったのではないかと思う瞬間が、みなさんと話している中で感じることがありました。

 実は、撮影時に、現地のみなさんからよく『映像に残してくれてうれしい』と声をかけられたんです。

 ですから、この村があったこと、この風景があったことをきちんと残してほしい気持ちがあったから、出演も快く引き受けてくれたのかなと思っています。

 また、作品が完成する前に、ひとりお亡くなりなってしまった方がいて。その方のことも、『映像で姿を残してくれて、ありがとう。早く観せてね』と、仏壇にスタッフを連れてご挨拶に行かせていただいた際にみんなおっしゃってくださって。

 現地のみなさんの望んだ生きた証みたいなものを残すことができたのかなと、いま思っています。

 ただ、コロナの影響で皆さんにはまだ完成を観せられていないので、今すぐにでも早く観せに行きたいです」

「雨の方舟」より
「雨の方舟」より

幼いころにした、目の前から突然なくなってしまう体験

 最初に自分の中で掲げた「滅びゆく文化」というテーマと向き合っていまこんなことを感じているという。

「毎年1度訪れていた祖母の家がだんだん朽ちていくような感じを受けて『撮っておきたい』というところから始まったのですが、よくよく考えると、その周囲からもなにか同じようなことを感じていました。

 たとえば、畑だったところが更地になったり、イノシシがふつうにいたところにいなくなってしまったり、以前はどじょうやカニを獲りに行っていた川が藻や木だらけになって以前の見る影もなくなっていたりと、そういう光景をみるたびに一抹の寂しさを感じていました。

 そういうことに自身の中にある『寂しさ』が積み重なって、『残しておきたい』という気持ちに駆られて、『滅びゆく文化』というテーマにして、姿を消し去りつつあるものを映画に残そうとしたのかなと思います。

 では、なぜ、そんなにもそういった滅びゆくものにわたしがこだわるのかというと、昨日までそこにあったものが突然消えてしまう、昨日までそこにいた人が急にいなくなってしまうことへの寂しさや怖さが根底にあるからかなと、今回『滅びゆく文化』というテーマと向き合って思いました。

 まだ幼いころ、目の前から突然なくなってしまう体験をしたことがあったんです。

 そのとき、子ども心にも『ずっとここにあると考えていたものも、一瞬でなくなることってあるんだ』と思ったんです。

 それから、悟ったというか。普通の明日が必ずやって来るとは限らないといったような考え方をする自分がいる。『今日のような平穏な日が当たり前に来るものではない』と。

 そういったことが、『滅びゆく文化』に目がいったところへとつながっていったのかなと、今回気づきました」

自身の中にある忘れかけていた記憶が甦る映画ではないかと

 想像世界と現実世界を往来するようであり、どちらの世界にも迷い込んでしまったような感覚に陥る不思議な物語だが、自身としてはどういう作品になったと感じているのだろうか?

「自分の感覚として一番近いのは、毎日通る場所がいつの間にか建物が消え、工事現場になっていたときに感じる瞬間というか。

 日常的に歩いていた道にある建物が工事で急に取り壊されていたりして、その建物がどういうものだったかが瞬間的に思い出せなかったりすることがあるじゃないですか。

 毎日見ていたはずなのに、ここになにがあったのかとっさに思い出せない。あれだけ目にしていたのに、消えた瞬間に残像はあるんだけど、なかなか何が実際にあったか思い出すことができない。

 そういう瞬間の記憶が甦る、もう少し目の前にある景色に目を向けて帰ってみようと試みるような映画かなと思っています(笑)。

 なかなか『どういう映画』と表す言葉が見つからないんですけど、一抹の寂しさ、ノスタルジックはあると思っていて、なにか自身の中にある忘れかけていた記憶が甦る、確かにある記憶を思い起こすような作品になっているのではないかと思っています」

(※第四回に続く)

【「雨の方舟」瀬浪歌央監督第一回インタビューはこちら】

【「雨の方舟」瀬浪歌央監督第二回インタビューはこちら】

「雨の方舟」ポスタービジュアルより
「雨の方舟」ポスタービジュアルより

「雨の方舟」

監督・編集:瀬浪歌央

出演:大塚菜々穂 松㟢翔平 川島千京 上原優人 池田きくの 中田茉奈実

プロデューサー:大塚菜々穂 脚本:松本笑佳

撮影・照明:藤野昭輝 録音:植原美月 大森円華  

助監督:東祐作 中田侑杏 美術:村山侑紀奈 中原怜瑠  

衣装:柴田隼希 瀬戸さくら 大谷彪祐 音楽:瀬浪歌央 近藤晴香

タイトル・フライヤーデザイン:山岡奈々海

名古屋シネマスコーレにて10/22(土)~10/28(金)まで連日19:00〜上映

場面写真およびポスタービジュアルは(C)2019年度京都造形芸術大学映画学科卒業制作瀬浪組

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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