Yahoo!ニュース

確実にいた人が突然目の前から消えてしまう経験。そして「滅びゆく文化」のひと言に思いを寄せて

水上賢治映画ライター
「雨の方舟」の瀬浪歌央監督  筆者撮影

 まったく別世界にも思えるけど、なんだか懐かしい。人類が脈々と受け継いできたことと、確実に変わりゆくもの。この世にも思えれば、あの世にも感じられる。そんな不思議な感触が残るのが、瀬浪歌央監督の初長編映画「雨の方舟」といっていいかもしれない。

 降りしきる雨の中、森をさまよい、行き倒れた主人公・塔子が、4人の男女が共同生活を送る家にたどり着いたところから、ある種のサバイバルであり、ある種の人間の営みのドラマが展開していく本作は、いったいどういった思考から生まれたのか?瀬浪監督に訊く。(全四回)

ひとつの家がなくなり、ひとりの人間が亡くなることは、

ひとつの文化の消滅を意味するのではないか?

 まず「雨の方舟」は、京都造形芸術大学(現京都芸術大学)映画学科の卒業制作作品。作品のはじまりをこう明かす。

「はじまりとしては、わたしの中にあった記憶がひとつあります。

 わたしは子どものころ、山奥にある祖母の兄が住む祖母の実家によく遊びにいっていました。

 毎年のように訪れていたのですが、年を経るごとに気になることがありました。

 当然といえば当然なんですけど訪れるたびに、なにか家が古びたように感じられて。少しずつではあるんですけど、着実に朽ちていっている印象を受けました。

 なんかそのことが気になって、わたしが高校生ぐらいになったとき、ふと祖母の兄に言ったんです。家がそのように見えることを。

 すると祖母の兄から『ここは滅びる文化なんだよ』といった言葉が出てきて。この言葉がわたしの頭の中にずっとひっかかっていて残っていました。

 そして、よく考えてみると、この家がなくなるということは、文化がひとつなくなるということではないか、さらにいうと祖母の兄の存在がいなくなることもまたひとつの文化の消滅を意味するのではないか?そんな考えに至りました。

 この確かにそれまであったものの『存在』と、その存在がなくなることで消えてしまうひとつの『文化』というものを、どうにかして表現できないかと考えました」

その日まで、そこに確実にいた人が突然目の前から消えてしまう経験

 そこからシナリオ作りへ移っていったという。

「幼いころから、実体験として急に人がいなくなってしまうことを経験しました。

 この経験も、先ほどの『滅びる文化』というキーワードにどこか重なるところがあるなと感じました。

 その日まで、そこに確実にいた人、そこにあったものでもいいですけど、それがある日、突然目の前から消えてしまう。

 そういうことが確実にあると認識したとき、残されてしまった人の世界を描いてみてはどうだろうかと思いました。

 それから、卒業制作を作るにあたって、わたしの中に『食卓のシーン』を描いてみたい気持ちがありました。

 というのも、わたしの家は、家族一緒に家の食卓を囲んでご飯を食べることがあまりなく……。

 そのせいか、『雨の方舟』の前に『パンにジャムをぬること』という短編を作ったのですが、そのときに食卓を囲むシーンがあって、配置を伝えたら、スタッフが首を傾げた。『この配置はおかしくない?ふつうはこうじゃないか?』と指摘されたんですよ(苦笑)。

 そのことがなにか自分としては苦い経験になっていて、わたしにとって『食卓のシーン』を描くことはひとつの課題で、リベンジも兼ねて改めて取り組みたいと思っていたんです。

 その中で、わたしとしては『ふつうの食卓ってなにをもってふつうなの?』という思いがあって。世間のふつうを押し付けられたくない気持ちがありました。

 そこから、食卓を囲むのはなにも家族だけではない、なにかを求めあう者同士、なにかを共有する者同士が食事を共にする。

 家族の食卓にしばられない、人が生きていることを実感する場所として『食卓』を描けないだろうかと考えました。

 そういうアイデアを、脚本の松本(笑佳)に伝えました。そこに加えて、彼女には『湿度の高い物語でいい』と伝えました。

 変にさわやかにしなくていい、しめっぽい物語でいいと。

 こうした複数のアイデアや要素が紐づきながら、ひとつのストーリーができていきました」

「雨の方舟」より
「雨の方舟」より

ひとりの女性が自らの道を切り拓く物語といってもいいかもしれない

 その物語は、なにかから逃れるように森へと分け入った塔子が、行き倒れになったところである家の住人に助けられるところからスタート。

 その家で暮らすのは、つながりがほとんど感じられない男女4人。彼らの暮らしはどこからか食料を調達し一緒に食事をとり、川で洗濯し、身体はドラム缶風呂で洗う。限りなく自給自足に近い生活を送っている。

 はじめは戸惑い、どこか警戒もする塔子だが、しばらくするとその生活に馴れ始める。でも、微妙なバランスでこの暮らしは成り立っており、それがいつ崩れてもおかしくないことを塔子はうすうす感じている。

 現実と夢の狭間のような、不思議な共同体に迷い込んでしまった彼女におこる変化が描かれる。

「なかなか説明のしづらいストーリーではあるのですが、ひとつ軸としてあるのは、なにも知らない女の子が、いままで自分の中にまったくなかった価値観に触れて、自ら考えてどう生きていくのかを決める。この過程を描きたいと思いました。

 そういう意味で、ひとりの女性が自らの道を切り拓く物語といってもいいかもしれない。

 ただ、自分としてはレイヤーを重ねているので、いろいろと自由に解釈してもらえればいいなと思っています。

 見方によっては、リアルな現代劇にも思えるし、別角度から見ると、なにやら怪しげで神隠しにあったような幻想物語、ミステリーにも思える。

 それは観た方にとってどう見えたかでいいと思っていますし、そういうひとつのジャンルにとらわれない作品になればとの思いがありました」

(※第二回に続く)

「雨の方舟」ポスタービジュアルより
「雨の方舟」ポスタービジュアルより

「雨の方舟」

監督・編集:瀬浪歌央

出演:大塚菜々穂 松㟢翔平 川島千京 上原優人 池田きくの 中田茉奈実

プロデューサー:大塚菜々穂 脚本:松本笑佳

撮影・照明:藤野昭輝 録音:植原美月 大森円華  

助監督:東祐作 中田侑杏 美術:村山侑紀奈 中原怜瑠  

衣装:柴田隼希 瀬戸さくら 大谷彪祐 音楽:瀬浪歌央 近藤晴香

タイトル・フライヤーデザイン:山岡奈々海

池袋シネマ・ロサにて7月30日(土)~2週間公開

場面写真およびポスタービジュアルは(C)2019年度京都造形芸術大学映画学科卒業制作瀬浪組

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

水上賢治の最近の記事