元メジャー投手が「二日酔いで完全試合」を告白。「酒仙投手」を振り返ってみる
2010年に完全試合を成し遂げた元オークランド・アスレチックスのダラス・ブレイデンが偉業を達成した当日、二日酔いだったことを告白した旨報じられた。通常は、登板前日に飲酒などしないらしいが、登板日が母の日であったこともあり、かなりの量の飲酒をしてしまったらしい。決して褒められたことではないが、サッカーのように走りっぱなしというわけでなく、「間」がある野球というスポーツの場合、飲酒の上での競技は可能であると言えば可能ではあろう。
カルチョの国、イタリアはヨーロッパでは比較的野球が盛んであるが、この国のトップリーグ、「セリエA」では、日曜に行われるダブルヘッダーの第1試合と第2試合の間には、両軍そろってのワイン付きのランチタイムが設けられ、第2試合は皆、酩酊状態で試合に臨んでいたという。
豪快に飲んだ無敵の球団・阪急ブレーブス
最近では選手の意識も高まり、日本ではそういう話は聞かないが、昭和の昔は、漫画『あぶさん』ではないが、二日酔いでフィールドに現れる選手の話はちらほら耳にした。
その中でも最も有名なのは、阪急ブレーブスの今井雄太郎投手だろう。ドラフト2位で1971年に入団した彼だが、いわゆる「ブルペン・エース」で一軍の試合ではなかなか力が出せない。プロ入り7年目までわずか6勝だった彼に、監督・コーチが「好きな酒でも飲ませてマウンドに登らせれば、いいピッチングをするのではないか」と思いつき、1978年5月4日の試合の登板前にビールを飲ませてマウンドに送ったところ、好投を見せた。これに味をしめた阪急首脳陣はその後のしばしばビールを飲ませて彼をマウンドに送ったという。それが功を奏したのかどうかはわからないが、この年今井は29歳にして、13勝4敗、防御率2.39とブレイクを果たし、その後、最多勝2回、1984年には21勝で20勝投手の仲間入りを果たしている。彼はまたブレイクした1978年にはブレイデンと同じく完全試合を達成しているのだが、この時は飲酒をしていないという。
この今井を「酒仙投手」としてトークショーで頻繁に紹介するのが、当時のエースだった山田久志だ。阪急の後進のオリックス球団は、球団の歴史を振り返る復刻ユニフォーム試合を例年行っているが、阪急の復刻試合の際には、「レギュラーメンバー」の山田が必ずといっていいほど登場し、今井のことを嬉しそうに話す。
どこか漫画チックな印象のある今井に対し、クールでストイックなイメージのある山田だが、当時の阪急は、練習もするが、試合が終われば豪快に飲むという気風のチームで、彼もまた若かりし頃には、二日酔いでマウンドに登り、好投するというエピソードをもっている。東京への遠征の際、前日夜の大雨に「明日は中止だ」と思い、しこたま飲んだところ、朝になるとすっかり晴れ上がり、先発マウンドに登る羽目になったのだという。
テキーラは気つけ薬。陽気なメキシカン・ベースボール
ラテンアメリカと言えば、ノリが良く、アルコールにも寛容なイメージがある。実際、取材する側として現地に出向いてみると、プエルトリコでの試合中、地元記者に手招きされてのこのこついていくと、「タマリンド」という強烈なリキュールが待っていたという経験はしたことがある。
1980年代のメキシコ野球を描いた書物の中には、その無秩序さの描写として、選手がベンチで酒を飲みながらプレーしていることが書かれているが、本当だろうか。
メキシコのウィンターリーグでプレーした経験のある選手に話を聞いた際、この話を持ち出すと、あっさり「見たことありますよ」という返事が返ってきた。ただし、飲んだくれて試合に臨んでいるのではなく、度数の強いアルコールを忍ばせておいて、ピンチヒッターなどここ一番で、口に含んで気合を入れる選手がいるのだという。
「気つけ薬みたいなもんですよ。それでパフォーマンスに影響を及ぼすようなもんではないですね」
と、その選手は言っていたが、「あぶさん」を地で行くような話が本当にあるのだ。
確かにたくさんの観衆の前で真剣勝負に臨むプロアスリートの心理的負担は計り知れないものがあるだろう。とくに野球の場合、特有の「間」は緊張を増大させる可能性がある。少々のアルコールでその緊張を緩めることはパフォーマンスにプラスに働くこともあるかもしれない。
もっともコンプライアンスが叫ばれている昨今、それを口にすることは難しくなっているだろう。ブレイデンが「飲酒登板」について告白したのは、あの完全試合から10年経った今になってからのことである。