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ウクライナ軍、ソレダルから組織的に撤退か。米取材班が目撃。戦争の新局面、第3幕が始まろうとするのか

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
1月11日ソレダル近郊でウ軍第43重砲兵旅団が独のパンツァーハウビッツェを使用(写真:ロイター/アフロ)

1月13日、ソレダルから約4キロの地点にいたCNN取材班のジャーナリストは、ウクライナ軍が組織的に見える形で部隊を撤退させるのを目撃したという。

CNNがライブで放送した。「撤退するウクライナ軍にパニック感はなかったようだ」と指摘する。

ソレダルから撤退しても、南西に数キロ離れたバフムートへのウクライナ軍への補給能力に影響を与えないし、バフムートへの主要道路2本はウクライナの手中にしっかりと残されている。そのように、ウクライナ特殊部隊第一旅団のタラス・ベレゾベツ大尉が、この撤退と同じ13日に CNNに語った。

さらに、ウクライナの戦士は、13日のあいだ中、バフムートに近いロシア陣地を攻撃し続けているという。

さらに、ロシア軍の滞在所と思われる建物で爆発が起きた。

ツイートには、ハイマースのおかげだと書かれている。

CNNは、位置特定を行った。この映像のロングバージョンのほうは、現地にいたウクライナ人兵士によって投稿されたものだ。マディアルというコードネームのこの兵士は、ウクライナの航空偵察部隊の司令官であるという。

彼は動画に重ねて解説をしていたという。「10人いる。ここにさらに10人いる。そして、全員が明らかに同じ方向に進んでいる。彼らは滞在している。20人以上の集団で。家の中に、ソレダルの郊外に」。

「午前中、我々はこの場所を監視していた」、「そこで何らかの活動があった。何かが積み込まれたり降ろされたりしていたんだ」。

緑の屋根の建物は「彼らの本部みたいなものだ」と彼は言う。

ソレダルに残る住民と、兵士の遺体

しかし、残った約500人の住人はどうなるのだろうか。

既に退去を望む人には、手段を提供した上で、避難が済んでいるという。

行方不明になった英国人とニュージーランド人の二人のボランティアを含め、人々は避難の手伝いと説得に努力してきた。どうしても故郷を離れたくないお年寄りが多いのだろうか。

現地には、ロシア人の死体があちこちに転がっているという。ウクライナ側はできるだけ仲間の兵士の遺体を運ぼうとしたが、ロシア軍はそのまま回収せずに、ほっぽりっぱなしと、複数の証言がある。

もともとロシアでは、兵士の命を軽んじるやり方をしてきた。

第二次大戦のロシア軍人の死者では、900万人から1400万人まで幅があるものの、飛び抜けて多いのは、そのせいもあると言われる。次がドイツの500万人前後とされる(ちなみに日本は212万人とされる)。

ソ連からロシアになった今でも兵士に対する軍事・政治・社会思想が、変化していないと思われる。

写真:REX/アフロ

写真:REX/アフロ

ハルキウで、数ヶ月前に攻防戦で死亡したロシア兵6名の遺体を、ウクライナ人が回収している。ロシア人は頻繁に遺体に地雷を仕掛けるため、遺体をロープで遠隔操作でひっくり返し、衛生兵が待機していなくてはならない。ロシア人の遺体は身元確認のため捜索され、捕虜になったウクライナ人兵士と交換されることになる。2022年12月14日

さらに悪いことに、ソレダルは、全部とは言わないまでも、ほとんどがワグネルの戦いであり、最前線には多くの囚人が使われていた。

そしてこれらの囚人が逃げないように背後で見張り、逃げ出すなら撃ち殺す部隊「督戦隊(とくせんたい)」は、チェチェンの兵士が行っていたという証言が『ル・モンド』に掲載された。

どういう囚人なのか、わからない。

体制に逆らっただけの政治犯なのか、人に危害は加えないスリや泥棒なのか、「そんなひどい事情があったのか」と思わず同情したくなるような傷害犯なのか。

囚人の全員が、理由なく弱者を乱暴し殺す極悪非道な人物だったとは到底思えない人数を、戦地に送っている。

いくら犯罪者とはいえ、いくら戦争とはいえ、最低限の人権は守られるべきではないのか。

直前の状況は

前述のベレゾベツ大尉が、CNNに答えたとき彼は、第77旅団と第46旅団の落下傘部隊は「まだソレダルの西の郊外にいます」と言っていた。

しかし、ソレダルに留まることは、「街が完全に破壊されている」ため、「軍事的な意味がない」と語っていた。

彼は、今後数日のうちに撤退の決定がなされるかもしれないとの見方を示したが、そのような決定を下すのは参謀本部であるし、前線部隊の士気は高いと述べた。

部隊の任務はできるだけ長く持ちこたえ、できるだけ多くのワグネル兵士を殺すことだとし、この2週間の戦闘のほとんどは、ソレダルでの4〜8人の戦闘員グループによる通りでの戦いであったと付け加えた

このようなことを、大尉がマスコミに話し始めた時点で、撤退はおそらくほぼ決まっていたと考えてよいのだろう。

1月11日、ソレダル付近で、ドイツの自走榴弾砲パンツァーハウビッツェ2000から姿を現す、第43重砲兵旅団のウクライナ軍人Hryhorii さん (42歳)。
1月11日、ソレダル付近で、ドイツの自走榴弾砲パンツァーハウビッツェ2000から姿を現す、第43重砲兵旅団のウクライナ軍人Hryhorii さん (42歳)。写真:ロイター/アフロ

現場の兵士は、上官の撤退命令はくだっていなくても、現況を大変良く知っている。マスコミの報道にも、そのような予兆を感じさせる兵士の発言があった。

別のCNNの報道では、ウクライナ兵士が匿名で13日に、自分と仲間は降伏させられたと信じており、突破口を開く努力をするよりも、降伏させる方が簡単だと、CNNに電話で語ったという。「それはより多くの犠牲者を意味する.... 我々の部隊は組織的に(ロシア軍に)市街地まで押され、互いに分断されている」と述べた。

一方、「マリウポリでも同じことが起きた」とも語った。

「私たちと一緒にいると、100%そうなるだろうと確信している。 私たちはここに残される。怪物(ロシア人のこと。英訳ではthe Orcs)は捕虜にできる者は捕虜にするだろう。そして、私たちは交換されるかもしれない」

「私たちは長く隠れることはできません」、「私たちは今、地下室や家にいる。 射撃と銃撃戦はいたるところにある。 夜でも」、「ロシア人は、町の北西で取り囲んでいる人々の掃討を行っている」。

また、第46旅団のSNSの投稿によると、ロシア軍は数カ月に及ぶバフムートへの攻撃が失敗することがわかってから、勝利のプロパガンダために、ソレダルの奪取に焦点を当てたという。

戦争の新局面で欧州は

ソレダルがロシア軍のものになったのなら、戦争の新局面となる可能性が高い。

まだバフムトの運命は決まったわけではないが、ロシアはおそらく大勝利を宣伝するだろう。今まで目立った勝利が一つもなかっただけに、世論への影響も大きいに違いない。

今後はバフムトの攻防戦で(クレミンナ地域も要注目だが)、西側から武器の供給の内容や量が、劇的にすぐに変化しない限り、ウクライナにはたいへん厳しい状況と思われる。

実際に、ウクライナのオクサナ・マルカロワ駐米大使は13日、「戦闘は続いている。ソレダルでもバフムートでも、あらゆるところで、ロシアからウクライナが完全に解放されるときまで」とCNNに訴えた

そして、「非常に困難な」戦闘に従事しているウクライナ軍にとって、米国およびその他の同盟国からの追加支援が不可欠であると言った。

2022年12月21日、マルカロワ駐米大使が、バイデン大統領との会談と議会の合同会議での演説のために訪米したゼレンスキー大統領を迎える。
2022年12月21日、マルカロワ駐米大使が、バイデン大統領との会談と議会の合同会議での演説のために訪米したゼレンスキー大統領を迎える。提供:Ukrainian Presidential Press Service/ロイター/アフロ

逆に言うのなら、追加支援がない限り、大変難しいという意味だろう。

アメリカは今年に入って、ウクライナへの新たな軍事支援を決めたが、総額は30億7500万ドル(約4000億円)である。

今後は、第3幕が始まるかもしれないと言えるのではないか。

第1幕は、ロシアの侵略から、キーウ等の撤退まで。第2幕は、ウクライナの反撃

、第3幕はロシアの反撃である。

欧州は歴史的転換点の前にいる

あるウクライナ人は「ソレダル・バフムートの戦いは、ヴェルダンの戦いと同じだ」と言っていた。ヴェルダンの戦いとは、第一時世界大戦でドイツとフランスがぶつかった死闘であった。ヨーロッパ人なら誰もが知っているような、有名な戦いだ。

フランスのヴェルダン近郊にある、ドゥオモン納骨堂の外にある犠牲者たちの墓地。100周年にあたる2018年の11月5日撮影
フランスのヴェルダン近郊にある、ドゥオモン納骨堂の外にある犠牲者たちの墓地。100周年にあたる2018年の11月5日撮影写真:ロイター/アフロ

最近は、確かに大きな空気の変化を感じる。高度な武器をウクライナに出すか否かというのは、欧州の運命を変える選択なのだ。第二次大戦以来の大きな転換期となるだろう。

この大きな、極めて灰色の雲がたちこめてきたような様子は、ロシアが二度目の動員令を発したことから始まっていると思う。

ドイツのランブレヒト国防相が辞任するかもしれないという「噂」も、この線で考えるべきだ。

ドイツは日本と同じで、今、軍事に積極的になるのか否かという大転換期を迎えている。彼女の後任の人事で、国がどのような道に行くかわかるに違いない。

ドイツは日本と大変似ていて、軍事は厳しく国防に限り、軍拡など望まず、平和のみを求める思想のもとに大戦後をおくってきた。

日本と違うのは、軍事はEU加盟国の仲間と共に考えるべきものだとして、新たな歴史を築いてきたことだ。

現在ウクライナ近隣のEU加盟国から、ドイツがもっと軍事に積極的になって、軍事品(戦車等)をウクライナに送れ、送るのを許可しろと批判されている。

◎参考記事:針のムシロなドイツの苦悩。ウクライナに武器提供の問題が、歴史問題で複雑化。他人事ではない日本の周囲(戦争勃発直前の2022年1月28日の記事)

軍拡が必要になりそうな厳しい状況は日本も同じだが、近隣の友好国という点では、全然状況が異なるのが辛い。

結局、欧州は「ロシアとどのような欧州を築くのか」という、冷戦崩壊後から一向に根本解決しない最初の問題に立ち戻ってしまう。解決しないまま、戦争でひきずられていくのだろう。

それは日本も同じだ。結局、日本人はロシア(や中国)とどのような東アジア、日本海沿岸地域を築きたいのだろうか。

解決しないまま戦争にひきずられても、日本にはEUと異なり、アメリカ以外目立った仲間はいないように見える。そしてアメリカは、世界のアメリカであり、世界中の国から援助の依頼や懇願がひっきりなしにやってくる国なのだ。

やはり国が独裁的だと、戦争が起こるのだろうか。ただし民主化するだけでは足りず、集団で安全を保障する体制にならないと平和は保てないだろうか。

二つの大戦時と異なり、国連とEUは存在していて、平和への大きな役割を果たしている。

しかし、ロシアも中国も民主国家ではない以上、欧州や日本にはどのような選択肢が残されていて、どんな選択が可能なのだろうか。

ロシア支配下のルハンスクにある墓の前を歩く墓堀り人。2022年11月11日。墓も墓地も増える一方だ。東アジアの近未来の姿かもしれない。
ロシア支配下のルハンスクにある墓の前を歩く墓堀り人。2022年11月11日。墓も墓地も増える一方だ。東アジアの近未来の姿かもしれない。写真:ロイター/アフロ

【1月14日夜の追記】

CNNが公式サイトの内容を編集したようです。

退却を目撃したという内容が、バッサリ削られています。何か誤解あったのか、軍事機密として政治的に圧力がかかったのか(退却そのものか、何か新たな作戦の一環なのか、今は不明)。

上が古いもの、下が(編集後の)現在の新しいものです。最後に「この投稿はずっとアップデートされていますThis post has been updated throughout.」と記されています。

<古いもの>

<新しい現在のもの>

https://edition.cnn.com/europe/live-news/russia-ukraine-war-news-1-13-23/h_036eee5859c67517f9a4b066faaf144b
https://edition.cnn.com/europe/live-news/russia-ukraine-war-news-1-13-23/h_036eee5859c67517f9a4b066faaf144b

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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