ロシアと共同でシリア和平を仲介することで、トルコは何を得るか
2016年12月30日、トルコとロシアの間で交わされた、アサド政権とシリア反政府勢力との間の停戦合意が発効しました。翌31日、国連安全保障理事会は、トルコとロシアの主導による和平プロセスを承認。両国は、1月8日、カザフスタンで政府側と反政府側の和平協議を行うことになります。
これまで、シリアでは停戦合意や和平協議が何度も試みられながら、功を奏してきませんでした。今回のトルコとロシアが主導する和平協議は、2011年3月から続いてきたシリア内戦の終息へのステップになることが期待されています。
しかし、トルコとロシアは、シリア内戦のなかで、それぞれアサド政権と反政府勢力を支援してきました。12月14日には、ロシアやイランが支援する政府軍が、シリア最大の激戦地でもあったアレッポを、多くの民間人の犠牲者を出しながらも制圧。軍事的な成果が、その後の交渉において有利な条件になることは、第二次世界大戦末期の東欧をナチスから解放したソ連がこの地域の各国に共産主義政権を打ち立てることを米英が認めざるを得なかったように、長い人間の歴史が証明しています。そのため、シリア和平をめぐる今後の協議は、基本的にアサド政権を支持し続けてきたロシアやイランに有利な形で進み、反政府勢力を支援してきたトルコにとって分の悪いものになるとみられます。
だとすると、トルコにとって、今回の和平協議をロシアとともに主導することには、どんな利益があるのでしょうか。これを考えるときに重要なことは、中東地域の地殻変動と、「望んでいた最大の利益が得られなかったときに、いかにして得られるなかで最大の利益を確保するか」という外交の古くて新しいテーマです。
ネオ・オスマン主義とシリア内戦
シリア内戦において、トルコはほぼ一貫して、アサド政権に敵対する反政府勢力を支援してきました。そこには、近隣一帯で勢力を広げようとするエルドアン政権の試みがありました。
第一次世界大戦後に「最後のイスラーム帝国」オスマン帝国が崩壊し、共和政になって以来、トルコでは政治と宗教を分離する「世俗主義」を国是としてきました。しかし、2002年選挙で、スンニ派イスラーム団体「ムスリム同胞団」などの支援を受けた公正発展党が政権を握って以来、公式の場で女性がヴェールを被ることが合法化されるなど、イスラーム化が加速。2010年末から翌年にかけて中東・北アフリカ一帯で発生した「アラブの春」を契機に、トルコは自国の「イスラームと民主主義の両立」モデルを周辺国に広げようとしてきました。アラブ人が圧倒的多数を占める中東、特にスンニ派諸国において、サウジアラビアやエジプトなどにとってかわって、その主導的地位を目指す試みは、「ネオ・オスマン主義」とも呼ばれます。
この背景のもと、内戦発生の当初から、シーア派の一派アラウィ派がその要職を占めるアサド政権と敵対するシリアの反体制派を、トルコは支援してきましたが、これに拍車をかけたのが、難民問題でした。既に300万人以上の難民がシリアから流出しており、そのうち160万人以上を受け入れてきたトルコにとって、シリア内戦の終結は「難民問題の根本的解決」を意味します。「シーア派のアサド政権によってスンニ派住民が殺害され、追い立てられる」ことが、トルコ国内の反アサド、反シリアの世論を高めたことも、これを後押ししました。
トルコの立場の特異さ
ただし、シリア内戦に介入した諸外国のなかで、トルコはいわば独特の立場にあります。
トルコはNATO加盟国で、シリアの反体制派に対するその支援は、基本的に米国をはじめ欧米諸国との協力に基づいて行われてきました。とはいえ、やはり冷戦期からソ連/ロシアに支援されるアサド政権と敵対してきた欧米諸国は、これまたやはり「どさくさに紛れて」アサド政権を退陣に追い込んだ後、イスラーム主義と無縁の世俗的な政権を樹立することを大前提にしていました。エルドアン政権のイスラーム化の兆候に鑑みれば、NATO内の温度差は明らかでした。さらに、有志連合で協力する立場にあるスンニ派アラブ諸国、特にサウジアラビアとは、シーア派のアサド政権との対立で一致するものの、ライバル関係にもあります。
これに加えて、クルド人問題がさらにトルコと欧米諸国の間の溝を大きくしました。トルコ、シリア、イラク、イランにまたがる領域で暮らすクルド人は「国を持たない世界最大の少数民族」と呼ばれ、各国で分離独立を求めてきましたが、各国政府に抑圧されてきた歴史を持ちます。欧米諸国の間ではクルド人問題への関心が高いこともあり、米軍などはシリアのクルド人勢力にも支援してきました。しかし、トルコは「シリアのクルド人勢力はトルコ政府を攻撃してきたクルド労働者党と結びついている」と主張して、これに対する欧米の支援も非難してきました。
トルコからみてシリアのクルド人勢力は「テロ組織」に他ならず、この点においてエルドアン大統領の立場は、オバマ大統領よりプーチン大統領、さらにアサド大統領とさえ近いといえます。そのため、クルド人勢力がトルコ国境付近で占領地を広げるなか、2016年8月にトルコ軍は国境を越えてシリアに侵攻を開始したのです。
ロシアと共同でシリア和平に向かわせたもの
アサド政権を支援するロシアやイランだけでなく、アサド政権打倒を目指す欧米諸国やスンニ派湾岸諸国とも一線を画して、シリア内戦に独自の立場からかかわってきたトルコが、ロシアと共同してシリア和平に向かうことになった背景には、2016年の半ば以降、相次いで発生したさまざまな出来事がありました。
* トルコとロシアの関係修復(6月)
2015年11月に発生したトルコ軍機によるロシア軍機撃墜事件をめぐり、対立が続いていた両国関係が、トルコ政府の謝罪によって修復された。これを踏まえて、10月にはエルドアン大統領とプーチン大統領の間で、ロシアから黒海を経てヨーロッパに至る天然ガスのパイプライン「トルコストリーム」建設だけでなく、アレッポへの人道支援物資搬入に関しても合意が成立。(基本的には立場が違うにせよ)両国間のプラグマティックな協力は急速に回復していった。
* トルコでのクーデタ(7月)
クーデタに関して、トルコ政府はその指導者としてギュレン師に逮捕状を発行したが、それにともないギュレン師の亡命を受け入れている米国を非難。エルドアン政権のもとでのイスラーム復興と権威主義的な支配は欧米諸国からの懸念を招いており、両者の緊張は高まっていたが、少なくともトルコの側からみて、クーデタは西側諸国とこれまで以上に距離を置かせる転機となった。
この背景のもと、ヨーロッパ諸国はEU加盟を「エサ」に、トルコとの関係改善を進めようとしている。しかし、1990年代から加盟申請を一貫して拒絶されてきた経緯から、エルドアン政権はEU以外の周辺国とのFTA締結に活路を見出しており、少なくとも「エサ」に尻尾を振る気配はない。これに対して、EU側はむしろ「交渉難航の原因はエルドアン政権が権威主義的であること」と批判するに終始していることが、余計に関係回復を困難にしている。
* 米大統領選挙でトランプ候補勝利(11月)
トランプ氏は「米国第一」を掲げ、世界全体の秩序を形成するためのコスト負担を減らす方針を鮮明にしてきた。シリア情勢やISに関しても、「アサド政権退陣」を掲げてロシアと対立し続けてきたオバマ政権と異なり、ロシアとの協力を重視する姿勢をみせている。
トランプ新政権にとって、例え「独裁的」であってもアサド政権が存続することは大きな問題ではなく、効果的にIS対策を進めること、さらにはシリアそのものが米国にとってさほど重要な土地でないことから、できるだけ米国の負担を減らすことを優先させるとみられる。すなわち、トランプ氏の当選により、シリア情勢におけるロシアの影響力がこれまで以上に増すことがほぼ確実になった。これはトルコにとって、軍事協力以外の分野で米国との連携に向かう必然性を、さらに低下させる要因になったといえる。
* 政府軍によるアレッポ陥落(12月)
冒頭に述べたように、ロシアやイランの支援のもと、政府軍がシリア最大の激戦地アレッポを制した。多数の民間人を巻き添えにしながらも、少なくともアレッポ制圧という戦果により、ロシアとアサド政権は内戦終結プロセスにおける主導権をほぼ確実にしたといえる。のみならず、政府軍と敵対していた反体制派が最終的にアレッポから撤退できたのは、ロシアとトルコの間での協議に基づく。アレッポ攻略戦は内戦の行方を左右するだけでなく、その終結に向けたプロセスがロシアとトルコの主導で進む道筋をつけたといえる。
アレッポ陥落後、トルコ軍はそれ以前から続けていた、近郊のバーブに陣取るISへの攻撃を加速させるため、米軍などに空爆の要請を行っているが、バーブを攻略した後は、その先にある、クルド人勢力が制圧しているマンビシュに向かうとみられている。
トルコは何を得そこね、何を得るか
ロシアとトルコは、カザフスタンで開催される和平協議を、国連の主導のもと、米ロが反体制派とアサド政権の主な「後見役」として参加して、ジュネーブで開催されてきた和平協議にとって代わるものでなく、それを補完するものと説明しています。しかし、ジュネーブの会議がほぼ膠着状態にあり、さらにトランプ新政権が「米国のコスト負担を減らすためにロシアと協力する」という方針を堅持するなら、カザフスタンでの和平協議がジュネーブでの協議を実質的にリードすることになるとみられます。つまり、ジュネーブで米国が主張していた「アサド政権の退陣」は、もはや問題にされなくなる公算が高いといえるでしょう。
そこに向かう一連の流れをみてきたとき、状況の変化に直面しながら、トルコは得られるなかで最大の利益を確保するためにギアを入れ替えてきたといえます。
当初、トルコは反体制派への支援を通じて、(1)アサド政権に代わる親トルコ政権の樹立、(2)内戦終結による難民流出の阻止、(3)クルド人勢力の抑圧といったものを目指しました。しかし、シリアの反体制派そのものが政府軍によって一敗地に塗れた以上、さらにトランプ新政権のもとで米国がそこに固執しないこともあって、アサド政権の存続はほぼ確実になるとみられます。こうして、三つの目的すべてを実現することは不可能になるなかで、トルコはロシアと敢えて手を組むことで、(1)を(少なくとも現状では)あきらめ、(2)と(3)の確保に向かったといえるでしょう。
中東における新秩序は形成されるか
ただし、和平協議をロシアやイランとともに主導することにより、アサド政権の延命を事実上認めるとしても、トルコはもう一つのトロフィーを手にすることになります。それは、イスラーム世界の観点からみて、「シリア和平協議におけるスンニ派の代表」という立場を得て、内戦終結後の中東の秩序形成で主導的な役割を演じると内外に示したことです。これは特にサウジを出し抜いた点で、トルコにとって大きな外交的成果になります。
また、アサド政権の存続が大前提になるにせよ、反体制派の主たる「後見役」としての地位を確立したことで、トルコは内戦終結のプロセスから、その後の体制のもとでも、シリアに対して影響力を発揮できる立場を得たといえます。つまり、「アサド政権を親トルコ政権に置き換える」という最大級の利益の実現が困難になった状況で、トルコは「得られるなかで最大の利益」を確保しようとしているといえます。
ただし、トルコの目算が実現するかは不透明です。1月3日、シリア反体制派はカザフスタンでの協議の一時中断を宣言しました。政府軍が停戦合意に違反しているというのがその理由です。政府軍による停戦合意違反の有無については確認が困難ですが、仮にそれが事実でなかったとしても、反体制派に「アサド政権延命」という既定路線を受け入れさせることは、トルコにとっても骨の折れる仕事になるでしょう。
したがって、シリア内戦がこのまま終結に向かうかは、予断を許さないといえます。とはいえ、混乱のなかでギアを入れ替えながら独自の立ち位置を確保しつつあるトルコが、今後の中東における秩序において、これまで以上に大きな影響力をもつことは、ほぼ確実とみられ、それは同時にサウジなどスンニ派アラブ諸国からの巻き返しを予感させるものといえるでしょう。