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長谷部誠が森保ジャパンにコーチ入閣も。日本サッカーにシャビ・アロンソ監督は生まれるか?

小宮良之スポーツライター・小説家
シャビ・アロンソ監督(写真:ロイター/アフロ)

三十代、四十代監督の台頭

 世界のトップリーグでは、三十代、四十代の監督が激しく台頭している。

 プレミアリーグ、アーセナルのミケル・アルテタは42歳で、ジョゼップ・グアルディオラが率いるマンチェスター・シティと激しい優勝争いを繰り広げる。ラ・リーガのラージョ・バジェカーノのイニゴ・ペレスは36歳の新鋭監督で、そのサッカースタイルは攻撃色が強く斬新。ブンデスリーガ、レバークーゼンのシャビ・アロンソ監督は42歳で、史上初の無敗リーグ優勝を成し遂げている。

 3人のスペイン人監督だけではない。

 プレミアリーグ、ラ・リーガ、ブンデスリーガ、セリエAなど、いずれも20チームでなんと半数以上が三十代、四十代監督になっている。レアル・マドリードのカルロ・アンチェロッティ監督のような大御所もいるが、着実に若い指導者が頭角を現しつつある。それも革新的なサッカースタイルで、インパクトのある監督ばかりだ。

 一方、日本人の若手監督はなかなか出てこない。

 三十、四十代の監督は数えるほどだろう。J1ではヴィッセル神戸の吉田孝行監督、セレッソ大阪の小菊昭雄監督、湘南ベルマーレの山口智監督、サガン鳥栖の木谷公亮監督の4人。ただ、小菊監督は49歳だし、吉田監督は評価が難しく、木谷監督は途中就任でチームを悪化させ、気の毒なほどの力不足を露呈している(43歳の川井健太監督が日本人若手では独自性を感じる指揮官だったが、更迭)。

 これは、監督ライセンスの問題があるとしか思えない。

長谷部誠が森保ジャパンにコーチ入閣も…

 森保ジャパンでは、昨シーズン限りで引退した長谷部誠が特別コーチに抜擢された。それ自体、メリットしかなく、歓迎すべきことだろう。欧州で戦い続けた男のサッカーインテリジェンスや経験を、同じく欧州を舞台にしている選手に波及できる。日本でしか指揮をとっていない森保一監督の足りないものを補えるかもしれない。

 しかし、本来はできるだけ早く長谷部が監督として采配を振るべきではないのか――。

 プロのトップチームを率いることができるS級と呼ばれる監督ライセンスを取得するには、とにかく時間がかかる。Jリーグのクラブでコーチや下部組織の監督をやりながら長い講習を受け、ライセンスを取得するのは簡単ではない。毎年、チームを離れられるわけではなく、結局、取得までに10年程度かかる。例えば35歳で引退し、すぐに取り掛かっても、監督スタートが45歳。それが相場で、これでは若い指導者が出てくるはずもない。

「監督になるには、それなりに講習を受けるのは当然。たくさん勉強すべきことはある」

 そうした意見は根強くある。Ⅽ級、B級、A級と段階を踏み、監督になるべきだ、と。

「優秀な指導者を生むドイツでも、それだけ時間がかかっている」

 そんな声も重なる。監督ライセンス取得に要する時間や苦労を、肯定する人も少なくない。実際、ドイツではそれ以上の大変さだ(つまり、長谷部も相応の時間がかかる)。

 しかし問題は、「優秀な指導者を出しているかどうか」だろう。ドイツが生み出しているのは間違いなく、ドイツ人指導者にとってはいいのかもしれない。ただ、日本では監督の顔触れが変わらず、そのやり方で行き詰まりが見える。

 だとすれば、改善の必要があるだろう。

「日本人は、そもそもリーダーシップが弱い」

 そんな意見もあるが、これはまやかしだろう。リーダーもなく、日本企業が世界のトップに立てたはずはない。集団をマネジメントする力を持っている人物はいるのだ。

 そこで、一つの仮説がある。

 監督が失敗できない環境が、監督を惰弱にしているのでははないか?

監督になるための丁稚奉公

 日本では監督になるため、コーチとしての経験を何年も積むことが通例になっている。しかしコーチは、監督に絶対服従。そこに活発な意見交換はあっても、主従関係に近い。コーチは自分の意見を持って、決断し、統率するポストではないのだ。

 つまり、コーチを何年やっても監督の修練にはならない。監督から学べば学ぶほど、劣化したコピーができあがる。リーダーとしての強さやオリジナリティが削ぎ落されるのだ。

 監督は唯一無二のポストである。決断し、統率する。そして勝負の責任を取る。それはコーチとは全く違う。例えばトレーニングメソッドを知っている方が得だが、それは監督の条件ではない(日本の監督ライセンスが監督のためか、コーチのためか、曖昧で、UEFAのライセンスと互換性がない理由とも言われる)。にもかかわらず、日本サッカーはコーチをやって監督になる丁稚奉公システムなのだ。

 そして丁稚奉公の間に、監督としては弱くなっている。

 例えば長い丁稚後、四十代半ばで監督をする。懸けた時間を考えたら、失敗はできない。しかし従者として働き、勝負勘も失っている。焦りは募るが、メソッドは助けてくれず、悪い結果に身悶えし、完全な空回り。選手たちも迷走し、白けたムードで終幕だ。

 監督が失敗できない環境が、監督を惰弱にしているのだ。

監督の資質があるかどうか

 監督は、監督としてしか鍛えられない。監督とコーチと混同すべきではないだろう。欧州でもコーチから監督になるケースは少なからずあるが、監督の経験を重ねる方が主流だ。

 やはり、監督を生み出すライセンス制度の修正やクラブの監督登用が求められる。

 国によって、ライセンス取得にかかる時間やテストの内容は大きく変わる。南米の指導者が、10年もかけてライセンスを取得することを聞いたら、目を丸くするだろう。欧州でもドイツが絶対ではなく、特別な制度を設けている国もある。

 例えば、スペインでは引退後、たった1年でS級に当たるライセンスを取得できる。育成年代の監督をさらに1年務め、ライセンスが実効化される。結果、スペインからは多くの優秀な監督が生まれている。

 シャビ・アロンソは35歳で引退し、1年でライセンスを取得。36歳でレアル・マドリードのU―14を率いて、無敗優勝した。37歳で故郷レアル・ソシエダのBチームを率い、2部昇格プレーオフを戦って、38歳で2部昇格に成功。39歳で2部を戦い、マルティン・スビメンディなど多くの選手をトップへ上げた。40歳でレバークーゼンの監督に就任し、降格圏からヨーロッパリーグ出場権獲得。41歳のシーズンは冒頭に記したとおりだ。

 監督として資質があるなら、こうした成功者が出る。もちろん、失敗例もあるが、彼らは消える。自然淘汰だ。

 今のままでは、日本にシャビ・アロンソは現れない。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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