大阪都構想で大阪市が廃止されたら、万博開催費用は誰が払うのかという謎
統一地方選を控え大阪では、「府知事と大阪市長の同時出直し選挙」「知事と大阪市長が入れ替わるクロス選挙」などと「大阪維新の会」によるアクロバティックな政治劇が幕を開けた。2025年開催の万博誘致を成功させた松井一郎・府知事と吉村洋文・大阪市長は、この勢いで悲願の「大阪都構想」を実現させようと特殊な選挙戦に挑む。しかし皮肉なことに、万博誘致の成功が逆に大阪都構想の抱える矛盾をあぶり出す事態となっている。
大阪都構想は政令指定都市の大阪市を廃止して四つの特別区に分割、格下げする自治体再編で、今の大阪市が持つ権限と財源は大幅に大阪府に移譲する。では、万博のホストシティである大阪市が無くなったら、万博費用はいったい誰が負担するのかという問題が出てきたのだ。
パビリオン建設費200億円を支払うのは誰?
2月25日に開かれた大阪市議会の大都市・税財政制度特別委員会。自民党会派の北野妙子市議が、万博のパビリオン建設費について質問した。パビリオンを建てる費用、いわゆる「万博会場建設費」は1250億円と想定され、国、地元自治体(大阪府・大阪市)、経済界が3分の1ずつ負担する。地元自治体負担分の約400億円は、大阪府と大阪市が200億円ずつ折半と決まっているが、その一方で松井知事らは、今年中にも大阪都構想の賛否を問う住民投票を実施して「大阪市廃止」を目指している。もし、住民投票が行われることになり、そこで賛成多数となれば、万博のパビリオン建設が始まる2023年度には大阪市はもうこの世にない。
北野市議は「パビリオン建設には起債が発行できないので、単年度で多額の支出をしなくてはならない。2023年に大阪市が無くなっていたら、大阪府は対応できるのか」と聞いた。つまり、現時点では府市折半となっている400億円を、大阪市無き後、大阪府だけで400億円まるまる負担できるのかという趣旨だ。
これに対し、大阪都構想を担当する府市共同部署、副首都推進局の担当者は「万博会場建設費は府市折半という枠組みを維持したうえで、仮に基金などを活用すれば対応は可能」と回答。手向健二局長も「万博については国、府市、地元(経済界)できちっとルールを決めて実施するという合意を作ったので、合意フレームが(大阪市が廃止されて)特別区に移行した後も引き続き実施されるようにする」と述べた。
非常に分かりづらい答弁だが、その他のやりとりも合わせて副首都推進局が言わんとしていることを推し量ると、大阪市が保有する財政調整基金の中から「万博会場建設費」として200億円をキープしておき、大阪都構想によって大阪市が廃止された後は、旧大阪市の負担分としてその200億円を万博会場の建設に使うということである。
大阪府は大阪市の財政調整基金を横取り?
副首都推進局が作成した大阪都構想の設計図「特別区素案」では、大阪市が保有する約1400億円の財政調整基金は、大阪市を廃止、再編した四つの特別区に承継されることになっている。そこから200億円を万博に差し出すというこの答弁に驚いた北野市議は、改めて「大阪市の財政調整基金から200億円支払うのか」と吉村市長にも確認した。
吉村市長の答弁はこうだ。
「万博の誘致は大阪市、大阪府が共同して手を上げた。国、府市、経済界の3者が1250億円を3等分すると閣議決定されている。府が200億円、市が200億円の資金を準備するのを前提に誘致活動してきたので、誘致が決定した以上、市において準備しておくのは当然のこと。この200億円は大阪市において適切に準備しておくべきものだと考えている。(大阪市が廃止され)特別区に再編されたからと言って、200億円は府でみるべきで大阪市は知らぬ存ぜぬ、というのは違うと思う」
財政調整基金は使い道が限定されており、場当たり的に何にでも使えるわけではない。
北野市議は「特別区素案には大阪市の財政調整基金は特別区に承継すると記載されていて、そこから万博会場建設費200億円を捻出するなどとは一行も書かれていない。大阪市が存続しているうちに財政調整基金の中から200億円を万博用にキープしておくにしても、それには市議会の議決が必要で、吉村市長の一存でできるものではない」と言う。
大阪都構想を巡っては、大阪市の税収がごっそり大阪府に移り、大阪市を再編した特別区は税収が乏し過ぎて大阪府から収入を再配分してもらわなくては立ち行かないことが「大阪府の隷属団体になって住民自治が損なわれる」とさんざん指摘されてきた。大阪都構想の制度設計である特別区素案を見ると、自治体の業務を「広域」と「基礎」に分け、大規模なインフラ整備や万博などのビッグイベントは「広域」だとして大阪府が実施することになっている。要するに大阪市域で派手に金を使う事業は大阪府が牛耳るということだ。
北野市議は「大阪市をつぶして大阪府の独裁体制を築くのが大阪都構想であり、もとより万博にかかる経費はすべて府税で賄うべきだと主張してきた。ましてや、財源の乏しい特別区に承継される大阪市の財政調整基金まで手を付けるとは、持参金目的で妻をめとるような所業であり許し難い」と怒りを隠せない。
本来、こうした事態では大阪市長が体を張って市民の血税を守るのだろうが、吉村市長は近々、大阪府知事に転身する見通しで、大阪市から大阪府になるべくたくさんの税収を移し替えるのが“吉村新知事”の大阪府への「持参金」ということなのか。
大阪都構想は万博成功の障壁?
大阪市を廃止する大阪都構想を掲げて地域政党「大阪維新の会」が誕生したのをきっかけに結成された「豊かな大阪を作る学者の会」が2月28日、大阪市内でシンポジウムを開催した。タイトルは「大阪都構想は万博成功の重大な妨げとなる」。
シンポジウムで登壇した藤井聡・京都大大学院教授(公共政策論)は、「万が一、今年中にでも大阪都構想の住民投票が行われることになり、万が一、賛成多数になった場合は、大阪市は廃止されて特別区に分割されるが、これは行政の大混乱を引き起こす」と断言した。「会社の人事異動で一部の社員が職場を入れ替わるだけでも引き継ぎ作業は大変なのに、大阪市役所約3万5000人超の職員が全員引き継ぎ作業をするという未曽有の巨大引き継ぎ事業となる」としたうえで、「引き継ぎ作業中の2~3年ぐらいの間は、大阪市民のために投入されてきた大阪市役所職員の行政パワーの相当な部分が、役所自らの再編のために費消される」と分析する。さらに「大阪市が廃止されて特別区に再編された後も3年ぐらいは混乱が続くだろう」とし、「万博開催は6年後の2025年なので、それまでの期間はすっぽりと万博の観客を迎えるホストシティの混乱期と重なる。万博が成功しないことが真剣に危惧される」と述べた。
万博開催が決まっても、地元の大阪市民の盛り上がりはイマイチだと言われているが、それにはこうした事情があるのかもしれない。