テレビ壊れた? 冒頭2秒何も映らないCMのインパクト 情報過多の時代に“空白”の逆張り
冒頭の約2秒、真っ黒な画面には何も映らない。そこに白い泡のような点が次々に現れ、それが渦のように動き出したかと思うと、そのなかにスライスされたレモンが浮き上がってくる。
アサヒビールの缶チューハイ『未来のレモンサワー』の30秒テレビCM「本物レモンスライス入り」篇だ。テレビを観ていたら突然画面が真っ黒になることから、「テレビが故障した?」と思う視聴者も少なくないようで、話題になっている。
視聴者の注意を引く仕掛けがあるテレビCM
『未来のレモンサワー』は、6月11日に数量限定で発売された。すると、そのまま食べることもできる本物のレモンスライスが入る味わいや香りが、五感で楽しめる新しいレモンサワーとして人気になり、8月27日から首都圏・関信越エリアで再び数量限定販売されている。
そんな人気商品が、テレビがブラックアウトするテレビCMでも話題になっている(公式サイトで配信中)。テレビは、付けておけば番組中もCMの間でも、常ににぎやかな映像と何らかの音が流れてくる。それが突然、真っ暗になる。
テレビが止まった? スイッチが切れた? 故障した? などと視聴者を一瞬、困惑させることでテレビに注意を引くことに成功している。
絶妙なさじ加減の2秒のブラックアウト
一般的に商品のテレビCMは、視聴者にその商品を覚えてもらうために、内容の新しさや特徴、売りになるポイントなど、15秒、30秒それぞれのバージョンごとに情報を詰め込む。
そんな映像が番組合間に立て続けに流されれば、情報量が多すぎるために印象に残らないことも多い。そもそも、ながら観が多いテレビというメディア特性上、番組の間に入るCMの時間にテレビ画面を意識している人はほとんどいないだろう。
ところが本CMは、前述のようにテレビをブラックアウトさせることで、視聴者の注意を引くことを狙った。その2秒というのも絶妙だ。短すぎて気づかれなければ意味がないし、長すぎればその驚きから注意を引く手法が不評を買うこともあるだろう。
わずか2秒と思われがちだが、テレビを観ているなかの2秒は体感としてそこそこ長い。視聴者にとっては、「あれっ」と思ったところで、真っ黒な画面に泡が浮き上がってくることで、CMの演出か、と気づく。
テレビの故障ではなかった安堵もあるなか、何のCMだろうとそのまま見続けたり、その手法に興味を掻き立てられる人も少なくないだろう。
映像だけでなくテレビ視聴環境まで含めたCM演出
本CMは、インパクトのある映像演出と音楽、ナレーションでたたみ掛けるように情報を発信する一般的なテレビCMのセオリー通りではなく、あえて伝える情報量を少なくすることで一点突破を狙っている。
その演出には、これまでになかったレモンスライス入りという商品がゼロから誕生した瞬間や、その味わいの爽やかさを真っ黒な地に泡が浮き上がることで表現する意図などがあるだろう。
そしてそれが、CM映像のなかだけでなく、視聴者がテレビを観る外枠のシチュエーションを含めた構成として設計されている。
結果、テレビから映像と音が消えるというインパクトを、商品そのもののイメージと重ね合わせて伝えることに成功した。そんなクリエイティブが光るCMなのだ。
映像や音があふれる時代の“空白”のインパクト
SNSもネットもテレビも、あらゆるメディアでとにかく情報があふれる時代に、“空白”をその逆張りとして仕掛けたCMだが、尖った演出のようで、わずか数十秒の映像で視聴者に印象を残すための手法としては理にかなっている。
たとえば、ホラー映画などでも、緊迫した場面で、効果音や音楽のボリュームを徐々に上げて観客の緊張感を高めていき、あるポイントで一切の音がなくなる静寂が訪れると、その音のない時間がそれまで以上の恐怖になり、次に何が起こるのかという緊迫感がピークに至る。そんな演出は、さまざまなジャンルの映画やドラマで一般的に使われている。
その空白こそ、常に映像や音が身の回りにあふれる世界に生きるわれわれにとって、最大のインパクトがある瞬間なのだ。
ただ、手法としては決して新しいわけではない。映画やドラマなどでは昔から使われているし、CMでもおそらく過去にも例はあるだろう。かといって、頻繁に使われて手垢がついた古い演出というわけでもない。
伝えるべき商品の特性と、情報過多時代のいまこれをやる時代性とタイミングの判断がハマったことで、成功したCMになるだろう。
求められるCM映像特有のクリエイティブ
15秒または30秒という短い時間で、いかに視聴者の記憶に残るかが勝負になるテレビCMだが、これまでにも、良くも悪くも世の中的な話題になったCMは多くある。
たとえば、ここ最近では、転職サイト『ビズリーチ』は、その商品名(社名)をひとりの女優が繰り返し唱えることで、視聴者にネタのように記憶された。その背景には、CMのバージョンが切り替わっても、そのカットは変わらずアイキャッチとして継続して使い続けることで、キャッチーなワードとしての刷り込みに成功していることがある。いまやその女優のイメージと商品名がイコールになっている。
一方、Appleの新型iPad ProのテレビCM「Crush!」は、トランペットやピアノ、ギターなどの楽器や、オーディオ、カメラ、カメラレンズ、キャラクターなどが大きなプレス機に潰されていく映像が世界的に炎上した。また、マクドナルドの生成AIを活用して制作された少女のプロモーション動画は、生身の人間とは異なる人工的な印象が賛否を巻き起こした。
これらはほんの一部だが、インパクトを残すためのさまざまな演出手法による成功と失敗は、紙一重かもしれない。わずか秒数のなかで、CM映像特有の微妙なさじ加減のクリエイティブが求められる。
そうしたなか『未来のレモンサワー』CMは、CMシーン全体として見れば王道の部類に入るだろう。その映像演出の一部に奇策を用いて、話題喚起と印象付けに成功したヒット事例と言える。
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