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サニブラウンが1年半ぶりのレースを直前回避した理由

三尾圭スポーツフォトジャーナリスト
1年半ぶりのレースを直前回避したサニブラウン・ハキーム(撮影:三尾圭)

 男子100メートル走で9秒97の日本記録を保持しているサニブラウン・アブデル・ハキーム。

 新型コロナウイルスによるパンデミックの影響もあり、2019年9月の世界陸上競技選手権を最後に、1年半以上もレースから遠ざかっている。

 2020年は「東京五輪が1年延期したことにより、新たな環境でトレーニングを行い、五輪に臨める準備をしていきたい。今は休むことを優先し、来年(2021年)に向け調整していきたい」と休養と調整、体力強化に当て、練習拠点もフロリダ大学からタンブルウィード陸上クラブ(TC)に移した。タンブルウィードTCでは、2017年に指導を受けたラナ・レイダー氏との師弟コンビを復活させた。

 2017年にレイダー・コーチの指導を受けたときは、100メートルと200メートルの両方で自己ベストを更新して、日本選手権で二冠を達成。世界陸上でも決勝に進出して、7位入賞と大きく飛躍した。

 フロリダ大学を休学して、タンブルウィードTCに拠点を移すのは簡単な決断ではなかったはずだが、東京五輪で良い結果を出すためにサニブラウンはベストな道を選んだ。

 レイダー・コーチの下でトレーニングを積んだサニブラウンは、どこまで速くなっているのか?

 約1年半ぶりとなるレース参加が発表されると、サニブラウンの復帰レースが大きく注目された……。

 だが、復帰レースのスタートレーンにはサニブラウンの姿はなかった。

サニブラウンが走る予定だった第4レーンが空で行われた男子100mのレース(写真:三尾圭)
サニブラウンが走る予定だった第4レーンが空で行われた男子100mのレース(写真:三尾圭)

飛行機に6時間乗ってのアメリカ大陸移動

 「ウォームアップして悪くはなかったんですけど、ハム(ハムストリングス)にちょっと疲労が溜まっていた」とレース出場を見送る判断を下した。

 タンブルウィードTCが拠点とするフロリダ州ジャクソンビルから今回の競技会が開催されたカリフォルニア州アーバインは約3800キロ離れており、飛行機の直行便でも約6時間かかる。

 レイダー・コーチが「はるばるフロリダからカリフォルニアまで来てレースに出られないのは残念」と語ったように、このレースに出るためだけに飛行機に6時間も乗って移動してきたのに、出場を回避するのは不可解にも思える。

 もしも、大会前から疲労を感じていたのであれば、なぜサニブラウンはわざわざアメリカ大陸を横断してカリフォルニアまで来たのだろうか?

ハムストリングスの張りは長旅から来たもの

 「別に全然深刻な感じではない」とサニブラウンはケガの心配を一蹴した後、「ここで無理に行くよりも万全な状態で調整した方が今後にいいかな。慎重にという感じです」と説明した。

 サニブラウンが抱いた疲労感は、長距離の飛行機移動が原因として挙げられる。

 大会に向けて「コンディションは上がっていた」とサニブラウンは言っているし、「(競技会に来るのは)久しぶりで良い空気だなと感じた。やっと帰ってきたかなと……」とウォームアップを始める前までは出場する気でいた。

 レイダー・コーチも「彼は健康だ。(レースで9秒92を出して優勝したチームメイトの)トレイボン(・ブロメル)と同じくらい調子は良い」とサニブラウンの調整は順調だと語り、「ウォームアップ中に長旅から来る張りを少し感じたので、大事をとって休ませた」とレースを回避した理由を明かした。

 「少しでも身体の調子が良くないときには、とても慎重になる。リスクを冒してまで走るような大会ではないしね」

 また、この日のアーバインは曇り空で気温は約20度。競技場で撮影していた筆者は長袖の上着を着ていたほどに肌寒い日だった。サニブラウンがトレーニングをするジャクソンビルは30度を超える日が続き、気温差も慎重になった要因だった。

 短距離選手にとってハムストリングスのケガ予防は非常に大切。張りがある中で、レースに出るリスクを避けるのは当然の判断だ。

長旅によるハムストリングスの張りを感じて、レース出場を直前回避したサニブラウン(写真:三尾圭)
長旅によるハムストリングスの張りを感じて、レース出場を直前回避したサニブラウン(写真:三尾圭)

質の高い練習で、ブランクの心配はなし

 タンブルウィードTCで密度の濃い練習ができているので、1年半も大会に出場していないブランクの影響はないとレイダー・コーチは言う。

 「(男子110mハードルで16年リオ五輪金メダリストで、サニブラウンが出場回避した今大会でも今季世界2位の記録で優勝した)オマー・マクレオドも19年の世界選手権以来、110mハードルのレースには出ていないが、今日も良い走りを見せた。質の高い、良いトレーニングをできていれば、ブランクはない。うちのクラブには、トレイボンやオマーなど100mで10秒を切る選手が9人もいる。そんな連中と毎日トレーニングができているのだから、何も心配していない」

史上初めて100m10秒台と110mハードル13秒台の壁を破ったオマー・マクレオド(左から2人目)(写真:三尾圭)
史上初めて100m10秒台と110mハードル13秒台の壁を破ったオマー・マクレオド(左から2人目)(写真:三尾圭)

日本選手権前に一度走れば十分

 サニブラウンとレイダー・コーチの当面の目標は、6月25日の日本選手権で代表の座を勝ち取ること。そのためには、日本選手権前に一度競技会で走れば十分だとレイダー・コーチは考えている。その舞台は5月末にジャクソンビルで行われる競技会になる予定だ。

 そして、レイダー・コーチはサニブラウンの大舞台での強さにも太鼓判を押す。

 「2017年に私の指導を受けたときも、最初の2大会ではそこそこの記録だったけど、日本選手権では自己記録を大幅に更新した。彼は大切な大会で結果を出せる男だよ」

ベストな状態で日本選手権に臨むための出場回避

 日本選手権に第一の照準を合わせているからこそ、故障のリスクも考えて出場を回避した今大会。

 もちろん、最終的なゴールは東京五輪でメダルを獲得することだが、まずは日本選手権で3位以内に入らないと、東京五輪への切符を手にできない。

 この1年半でサニブラウンがどれだけの成長を遂げているのかを確認できるのは、もうしばらくお預けとなってしまったが、質の高い練習を積んで速くなっていることは間違いなさそうだ。

レイダー・コーチ(左)との師弟コンビで東京五輪でのメダル獲得を狙うサニブラウン(写真:三尾圭)
レイダー・コーチ(左)との師弟コンビで東京五輪でのメダル獲得を狙うサニブラウン(写真:三尾圭)

スポーツフォトジャーナリスト

東京都港区六本木出身。写真家と記者の二刀流として、オリンピック、NFLスーパーボウル、NFLプロボウル、NBAファイナル、NBAオールスター、MLBワールドシリーズ、MLBオールスター、NHLスタンリーカップ・ファイナル、NHLオールスター、WBC決勝戦、UFC、ストライクフォース、WWEレッスルマニア、全米オープンゴルフ、全米競泳などを取材。全米中を飛び回り、MLBは全30球団本拠地制覇、NBAは29球団、NFLも24球団の本拠地を訪れた。Sportsshooter、全米野球写真家協会、全米バスケットボール記者協会、全米スポーツメディア協会会員、米国大手写真通信社契約フォトグラファー。

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