シリア:クルド民族主義勢力が北東部のアサド政権支配地域を包囲、抗議デモを通じた政権側の抵抗を弾圧
シリアでは敵の敵は味方ではない。味方であるはずの敵とは、シリア政府(バッシャール・アサド政権)とクルド民族主義勢力の民主統一党(PYD)だ。
共通の敵トルコ
「アラブの春」が波及してから10年が経とうとしているシリアでは、昨年末からトルコによる北部一帯への軍事圧力が強まっている。トルコは、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)を主体とする反体制派が支配し、「シリア革命」最後の牙城と目されている北西部の「解放区」において、アレッポ市とラタキア市を結ぶM4高速道路沿線、シリア政府(バッシャール・アサド政権)支配地との接触線一帯に100カ所あまりの拠点、監視所を設置している。同地での停戦を監視するという名目のもと、シリア・ロシア軍の進軍を阻止するのが目的だ。
トルコはまた、北部の国境地帯を占領下に置いている。「オリーブの枝」地域、「ユーフラテスの盾」地域、「平和の泉」地域などと呼ばれる地域だ。このうち「平和の泉」地域では、シリア政府と、PYDが主導する自治政体の北・東シリア自治局によって共同統治されているラッカ県アイン・イーサー市近郊の3カ所に新たな基地を設置、シリア国民軍(Turkish-backed Free Syrian Army、TFSA)とともに、アレッポ市とイラク国境を結ぶM4高速道路沿線への砲撃を続けている。トルコ政府が「分離主義テロリスト」とみなすクルディスタン労働者党(PKK)の系譜を汲むPYD、そしてクルド民族主義民兵組織の人民防衛隊(YPG)を主体とする北・東シリア自治局の武装部隊であるシリア民主軍の影響力を排除(ないしは弱化)させるのが狙いだ。
アサーイシュとシリア民主軍の行き過ぎた対抗措置
しかし、シリア政府と北・東シリア自治局の関係は今年に入って対立を深めている。
北・東シリア自治局の内務治安部隊(アサーイシュ)とシリア民主軍が1月3日、ハサカ県カーミシュリー市内のシリア政府支配地区を封鎖、包囲したのがきっかけだ。
カーミシュリー市は、ハラクー地区、タイ地区といった市の中心部とカーミシュリー国際空港がシリア政府によって、それ以外の地区と周辺地域が北・東シリア自治局によって支配されている。アサーイシュとシリア民主軍は、ハラクー地区とタイ地区に通じる道路を封鎖、徒歩以外による住民の往来を禁止するとともに、食料品などの生活必需品の搬入を禁止したのである。これにより、両地区の1,300棟以上の住居に住む住民が孤立状態に陥った。
PYDに近いハーワール・ニュース(ANHA)や英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団によると、封鎖はシリア軍、あるいは親政権民兵の国防隊が3日、市内でアサーイシュ隊員1人を含む2人を拘束、釈放を拒否したことへの対抗措置として始められた。だが、アサーイシュはこれに対する報復として国防隊の隊員複数人を拘束しており、封鎖は明らかに行き過ぎだった。
深まる対立
シリア民主軍・アサーイシュとシリア軍・国防隊は対立を深めていった。
1月5日、シリア軍部隊がハルクー地区に設置されているアサーイシュの検問所に向けて発砲、アサーイシュがこれに応戦し、シリア軍兵士4人を負傷させた。また1月7日には、国防隊がハラクー地区南で住民1人に向けて発砲、脚を負傷させた。
こうしたなか、シリア政府当局の呼びかけに応じるかたちで、住民による抗議デモが繰り返されるようになった。国営のシリア・アラブ通信(SANA)によると、カーミシュリー市で1月9日、最初のデモが行われた。抗議デモは1月10日にも行われた。
しかし、アサーイシュとシリア民主軍は強硬な姿勢で臨み、1月14日にハサカ市のシリア政府支配地区にも封鎖を拡大した。カーミシュリー市と同様、ハサカ市も中心部のいわゆる治安厳戒地区がシリア政府の支配下にとどまっていたが、同地に至る道路が封鎖され、物資の搬入が禁じられたのである。
シリア政府の対抗措置、ロシアの仲介失敗
対するシリア政府も対抗措置に出た。
シリア人権監視団や反体制系サイトのドゥラル・シャーミーヤなどによると、シリア軍は1月14日、政府と北・東シリア自治局が共同統治を行っているアレッポ県タッル・リフアト市一帯のシリア民主軍展開地区、アレッポ市内のシャイフ・マクスード地区とアシュラフィーヤ地区を封鎖、食料品や燃料の供給を停止したのだ。
事態悪化を受けて、ハサカ県内の主要都市や国境地帯に部隊を展開させているロシアが仲裁を試みた。反体制系サイトのジスル・プレスは1月20日、シリア政府と北・東シリア自治局がロシアの提案に応じて封鎖解除に応じると伝えた。だが、双方の封鎖合戦は続いた。
アサーイシュとシリア民主軍は1月19日、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるハサカ県タッル・タムル町で、シリア政府が所轄する水利局や裁判所などを封鎖し、職員の出入りを禁じた。また、同県ダルバースィーヤ市では、シリア政府が定めるカリキュラムに沿って授業を行っていたとする教師7人を逮捕した。7人は、地元名士の仲介によって、1月23日に釈放されたが、20日に住民が行った抗議デモに対して、シリア民主軍は躊躇なく実弾を使用し、これを強制排除した。
犠牲者が出る事態に
シリア民主軍・アサーイシュとシリア軍・国防隊の小競り合いは続いた。
1月23日、カーミシュリー市南の南部ベルト地区で、国防隊がアサーイシュを挑発し、撃ち合いとなり、国防隊員6人が負傷した。また、1月26日には、カーミシュリー国際空港に設置されているシリア軍の検問所からバースィル交差点近くを走行中の旅客マイクロバスに向けて発砲があった。シリア民主軍とアサーイシュはこうした事件が起きるたびに検問所を増設、封鎖を強化、それが抗議デモの規模を拡大させ、暴力の応酬を煽っていった。
1月27日、ハサカ市とカーミシュリー市で、地元の名士、部族長、バアス党、職能組合などの呼びかけで、大規模デモが行われ、数百人が参加した。これに対して、シリア民主軍は実弾などを使用して、強制排除を試み、政府系のシリア・テレビのカメラマンが暴行を受けて負傷した。
そしてついに犠牲者が出た。
SANAによると、1月31日、ハサカ市中心に位置する裁判所前で行われた大規模抗議デモに対して、シリア民主軍が実弾を発射、参加者1人が死亡、4人が負傷したのである。
SANAは2月1日、死亡したムハンマド・ラヒール氏の葬儀が行われたと大きく伝えた。
これに対して、ANHAは、デモ参加者の死亡を否定するかのように、国防隊がハサカ市のマルシュー地区にある内務治安部隊(アサーイシュ)の検問所複数カ所に対して発砲したため、アサーイシュが応戦し、国防隊の隊員1人を殺害、3人を負傷させたと伝えた。シリア民主軍とアサーイシュはまた2月1日、ハサカ市中心部のヒクマ病院からシャーブー病院、クドス公園に至る街区の各所に検問所を増設し、住民多数を拘束、連行した。
事態が収束しない理由
武力衝突を伴ったシリア政府と北・東シリア自治局の対立はこれまでにもあった。だが、それは、いずれも今回のような事態の悪化をもたらすことはなかった。
対立が長期化する背景には、シリアをめぐる不確実なパワー・バランスが作用していると考えられる。
PYDは、米主導の有志連合のイスラーム国に対する「テロとの戦い」への協力を通じて、バラク・オバマ元政権、ドナルド・トランプ前政権下の米国を軍事的後ろ盾とすることに成功、ユーフラテス川以東の広範な地域に勢力を拡大した。
1月に正式就任したジョー・バイデン大統領が、前政権の政策を踏襲し、北・東シリア自治局支配地域の各所に、「テロとの戦い」や「油田防衛」を口実として部隊を駐留させ、PYDへの支援を続けることは既定路線だと思われる。だが、どの程度の支援を続けるかが定かではない。
シリア政府は、シリア民主軍やアサーイシュの封鎖に対して強硬な措置に踏み切ることが、バイデン政権内で対シリア政策の優先順位を高め、これまで以上の介入を招くことを懸念している。軍・国防隊の実力行使ではなく、抗議デモという「ソフトな手段」を駆使しているのはそのためだ。
一方、北・東シリア自治局は、トランプ前政権と同程度、ないしはそれ以上の後ろ盾をバイデン政権に期待している。行き過ぎとも言える封鎖を通じてシリア政府を挑発しているのは、シリア軍・国防隊を暴発させ、米国の介入を誘発しようとしているからである。
バイデン政権の中東政策が軌道に乗るまで、シリア政府、北・東シリア自治局は緊張状態が続くことが懸念される。
追記(2月3日)
アサーイシュは2月2日、カーミシュリー市とハサカ市のシリア政府支配地区への封鎖を解除すると発表、これを受け検問所の撤去が開始され、物資の搬入が再開した。
また、シリア軍もタッル・リフアト市一帯への封鎖を解除した。