韓国総選挙終了...どう見るか、何が変わるか5つのポイント
投票から一晩明け、開票結果が出そろった韓国総選挙。結果は与党の歴史的な圧勝だった。専門家と共に選挙結果の読み方と韓国政治の今後を見通した。
(1) 歴史的な高投票率
まず特筆されるのは、66.2%という総選挙としては28年ぶりの高投票率だ。
この背景について韓国メディアは「進歩・保守両陣営が互いに危機感を感じ結集した」、「新型コロナウイルス拡散の中で政治の重要性を感じた」、「期日前投票制度が定着し投票しやすくなった」などと分析している。
いずれも説得力がある内容だ。特に、新型コロナウイルス感染症の拡散は大きな政治的に大きな影響をもたらした。
韓国で初の感染者が確認されたのが1月20日。その後、2月20日から3月中旬まで大邱市・慶尚北道地域では7000人を超える感染爆発があり、混乱する姿が全国に報道された。
だが、文在寅政権は透明な情報公開により市民との間に信頼を築くなど、積極的な姿勢でこれを乗り切った。新型コロナ対策に成功したと7割近い市民に評価され、さらに「国際的な模範」として海外メディアに相次いで称賛された点はプラス評価となった。
そして今なお世界中で文字通り大流行が起き、先進国でも数万人が命を落とす状況が続いている。これらの過程を見ながら「政治家を選ぶことは生命に関わることだ」との認識が生まれる素地は充分だった。
「自分自身よりも国民を先に考える候補が、国会議員になってほしい」(聯合ニュース)という23歳の有権者のコメントがこうした思いを集約している。有権者が明確な意識を持って投票所に向かったと見るのが妥当だろう。
また、韓国の進歩紙『京郷新聞』は「次善・次悪まで悩んでまで投票を放棄しなかった民心の前に(政治は)謙虚であるべき」と、高い投票率の背景を読み込んだ。いずれも重要な指摘だ。
(2) 与党の勝因、野党の敗因は
選挙結果は、与党・共に民主党系が全300議席のうち6割の180議席を獲得する「大勝」だった。当初は過半数を超えれば「勝利」とされていたことを考えると、予想を遙かに上回る結果だった。
一方の第一野党・未来統合党系は比例政党まで合わせて103議席と、前回選挙から約20議席を減らす惨敗だった。
こうした結果が出た理由は何か。
韓国政治、とくに進歩派内の動きに詳しい慶南発展研究所の李官厚(イ・グァヌ)研究員(政治学博士)は16日、筆者との電話インタビューで「未来統合党は自分たちが審判の対象になっているという民心を、全く読めなかった」と語った。
実際、未来統合党は選挙戦のほとんどの期間で「文在寅政権を審判する」としていた。劣勢を感じてからは「政権をけん制する」とトーンを弱めたが、あくまでその対象は政府与党に向いていた。李研究員はこう続ける。
「キャンドルデモ以降、未来統合党は朴槿惠の陰から抜け出せず、保守陣営の改革に失敗した」。
確かに、同党の黄教安代表は過去、朴槿惠政権下で法務部長官と国務総理を務めた同政権の「顔」と言える存在の一人だった。さらに黄代表は昨年夏以降、「朴槿惠弾劾無効」を叫ぶ極右への接近を隠さなくなった。
日本では「デモで政権を倒した」と評され一部誤解があるようだが、2016年10月から翌年3月まで続いた100万人単位の「キャンドルデモ」はあくまで、憲法上の措置である「大統領弾劾」を後押しする役割を担ったに過ぎない。
国会での議決から憲法裁判所での審判まで、全ての手続きは法に則ったものだった。
そうした過程を無視した黄教安代表は、チョ・グク前法務部長官を批判するデモではキリスト教極右の牧師に心酔した姿も見せ、昨年12月には国会敷地内に極右派のデモを引き入れ、国会が無秩序となる危機を招くなど強硬な姿が目立った。
黄教安代表は国会経験に乏しく、政治家というよりも牧師に近い原理的な人物で、与党と交渉し妥協するといったことができなかった。保守の革新と最も遠い人物だったと言ってよい。
李研究員は今回の選挙結果の民意を問う筆者に「保守野党の審判とキャンドルの前進」と答えた。黄教安代表は15日夜遅く、敗北の責任を取って辞任することを明かした。
(3) 与党の勝利により何が変わるか
一方、与党が180議席を取ったことで、国会には大きな変化が予想される。
李研究員は「今回、与党は『国会先進化法』を超える議席を手に入れた。事実上、改憲を除けば何でもできるようになった。野党には物理的な阻止以外に反対する手段がない」と説明した。
「国会先進化法」とは2012年に制定されたものだ。議会の過半数を超える政権与党による無分別な法案成立を防ぐため国会議長の職権上呈条件を制限する一方、180議席以上の賛成がある場合には法案を「ファストトラック(迅速処理案件)」に指定できるようになった。
指定された法案は、従来の手続きに従い各常任委員会の審査を受けるものの、その期間は270日以内に限定され、その後自動的に本会議での票決に移ることになる。そして60日以内に票決をすることになるが、180議席があればどんな法案も可決できる。
つまり、与党は今回の選挙結果を通じて、いかなる法案も最長330日以内に成立させられるようになったということだ。この変化は、政権の様々な改革案にロケットを装着させるようなものだ。
例えば、2018年4月に南北首脳が交わした歴史的な『板門店宣言』。国会で批准されず、必要な予算も策定されないまま今日に至るが、今後は南北関係改善により積極的に乗り出せるようになるだろう。
同様に、2年にわたり国会で審査すらされていない「済州4.3事件」犠牲者への賠償と補償を含む「済州4.3特別法」などの成立も見込まれる。また、経済面では政府がこれまで野党の反対にあってきた規制緩和法案などの成立もあり得る。
そうでなくとも2016年から4年続いた韓国の国会は、朴槿惠大統領の弾劾を挟むことで左右の対立がピークに達し、議席数も「与小野大」が続いたことで混乱が続いた。
法案通過(成立)率も3割を切り動かない様から「植物国会」と呼ばれ、対立の激しさから「動物国会」との異名もついた。韓国メディアが「史上最低の国会」と口を揃えるほどだった。
だからこそ責任も重大だ。
李研究員は「与党が国会運営の主導権を一方的に持つことになったということだ。権限も責任もすべて負うことになる。与党が傲慢な姿を見せる場合、過去の『開かれたウリ党』の時のように国民が先に背を向けるだろう」と述べた。
これは盧武鉉政権時の2004年総選挙で、盧大統領の弾劾案可決に奮起した進歩層が結集し当時の少数与党・開かれたウリ党が152議席を獲得した出来事を指す。
この時に当選した議員152人のうち108人が初当選だった。この議員たちは勝手な行動を取ることも多く、青瓦台(大統領府)と官僚の間で軋轢を呼び次第に支持を失っていった。
そして2006年の地方選挙、2007年の大統領選挙、2008年の総選挙と進歩陣営は3連敗を喫することになる。李研究員は当時を「あっという間に崩壊した」と振り返る。
韓国の有権者の視線は厳しいということだろう。
(4) 二大政党で95%以上独占、少数の声が届くか
筆者が今回の選挙結果を前に、最も憂慮するのは勢力に差がついたとはいえ、二大政党(与党系・第一野党系、無所属)合わせて290議席を占めている点だ。
これはここ数年の韓国政治が志向してきた多党性の流れと逆行するものだ。
事実、昨年12月に「少数政党の国会進出拡大による政治の発展」を打ち出し改定された選挙制度「準連動型(準併用型)比例代表制」は、議席減少を恐れた二大政党が「抜け道」の比例専門政党を作ることで(先に作ったのは未来統合党)骨抜きとなった。
そして、恩恵を受けるはずだった正義党は逆に大きなダメージを受けた。
このように、二大政党の国会独占からは、過去に大統領を交替で出してきた両党による「権力総取り」の恐れもちらつく。
少数者の声が無視される危険性もある。例えば今回、180議席を獲得した与党には、他の党のように外国にルーツを持つ候補や性的少数者、北朝鮮出身の候補などが存在しない。
3月には衛星政党の「共に市民党」を結成する過程で、与党のユン・ホジュン事務総長による「理念の問題や性的少数者の問題など、不必要で消耗的な論争を起こす政党との聯合には困難があると判断する」との発言もあった。
また、政府は新型コロナ支援案から外国人を除外するなど、狭量な姿勢が目立つ。
こうした指摘に対し李研究員は「だからこそ正義党の役割が重要になる。正義党は過去、無償給食を推進した時のようにアジェンダ(政治課題)を先に提示する必要がある」と説明した。
だが前述したように今回、正義党は躍進どころかなんとか現状維持の6議席確保にとどまった。李研究員は正義党の現状をこう分析する。
「今回、正義党から当選した候補は(所属する)アイデンティティの政治や当事者としての政治には強いが、政策の力量は非常に足りないように見える。沈相ジョン(女偏に丁、シム・サンジョン)代表がどのように党を運営していくのかが大切だ」。
なお、投開票から一晩明けた16日、沈代表は国会内で行った会見で「国会の壁を乗り越えられなかった女性、青年、緑の党、少数者の生活を献身的に代弁する。与党が既得権の前で躊躇するときに改革の方向と速度をけん引していく」と述べている。
(5) 「主流交替」「国民の水準」選挙の評価
それでは最後に、今回の選挙全体をどう評価すれば良いのかを見ていきたい。焦点は二つある。
まずは、過去本欄でも繰り返し書いてきた通り「韓国政治の主流が進歩派に移ったのか」という点である。
今回の選挙の勝利により、進歩派(現与党)は2016年の総選挙、17年の大統領選挙、18年の地方選挙に続く国政選挙4連勝となった。
こうした結果を踏まえ李研究員は「保守勢力が今後、みずから再編するのは容易ではない」と指摘する。
そして「今回の保守の103議席というのは単純なものではなく、最大限結集したものと見る必要がある。今後もこの水準の議席は続くだろう。それでも過去常に過半数近くを維持した保守が3分の1まで減ったというのは、韓国政治の主流が交替したもの」と見立てた。
その上で、何よりも大事なのは与党の姿勢だとした。
「180議席の与党がしっかりとやれるかによって状況は変わる。今の与党には、2004年のように傲慢な姿勢を取る可能性が大いにある」と警鐘を鳴らした。
もう一つの評価は選挙全体の評価だ。
すでに多くのメディアが指摘する通り、今回の韓国総選挙は新型コロナウイルスが猖獗を極める中、世界で初めて行われた大規模な国政選挙だった。
選挙期間中は、候補者がマスクをせずに肩を組んで支持者と写真撮影をしたり、素手で握手を繰り返すなど「ソーシャル・ディスタンシング(社会的距離戦略)」とはかけ離れたシーンも多く、ヒヤヒヤした。
今のところ選挙のせいで感染者が増えたという話はないが、それでも予断を許さないだろう。選挙により新型コロナ対策が緩むことがあってはならない。
李研究員は今回の選挙を「政治は60点、国民は90点」と評価する。
60点の理由については「与党が褒められて勝ったというよりも、保守野党の傲慢さに対し国民が審判したというもの」と持論を述べた。
そして90点については「新型コロナへの防疫態勢が維持される中、高い投票率を実現しながら選挙を円滑に進められたのは国民の水準を見せるものだ」と説明した。
確かに、選挙の成功に保守も進歩もないだろう。選挙から一晩明けた16日、国会はせわしなく動き始めていた。